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 きっと、というかこれは絶対世の中の女の子という生き物は“お姫さま”に一度は憧れを抱くものだと自信をもって言える。自分はどうだったかと思い出してみても確かに幼稚園の頃に友達とお姫さまごっこしよう!となりきって遊んだ記憶がうっすらとある。

 だからいつか自分にも王子さまが迎えに来てくれる!なんてことを思ったり、もしかしたら堂々と声に出して言っていたかもしれない。でも、大人になった今ではというと――


「働きたくないー……あれだよ、石油王とぶつかって『オーゥ!ダイジョウブデスカー?ケガシタナラコレアゲマース』って0がいっぱいの小切手をもらいたい」

「分りみが深いwてか立花さん、まず石油王はその辺歩いてないですよw」

「いや分かんないって!お忍びでその辺歩いてるかもしれないよ!」

「てかまず周りをボディーガードが絶対に囲んでるからこの場合ぶつかるのボディーガードでは?」

「「確かに!」」


と、職場の後輩ちゃんたちと現実味のない会話をするのはもうすぐ20歳(はたち)になる立花真緒(たちばなまお)である。

 駅近くの中古書店で働き始め今年で三年目になる。休憩時間に話す内容なんて大抵たわいのないものだが、疲れてくるとその内容ですら意味不明なものになってくるのか真緒は溜息混じりに続けて零す。


「毎月勝手にお金が振り込まれるでもいいなー。20万とか10万でもいい!」

「急に現実っぽい!」

「そうしたら働かなくて済むのにね」

「それは分かる!」


休憩室に大音量で響く笑い声にそれまでパソコンに向かっていた店長が「楽しそうだね」と振り返る。


「立花さんの笑い声は相変わらずデカイねー、元気でいいことだけど」

「う……っ、またデカくなってましたか……?」

「「「なってました!」」」

「一般人だと自信をもって生きてるというのに……」

「いや一般人はまず石油王のモノマネなんてしませんって」

「そうかな?」


 真緒はいたって真面目に過ごしているだけなのに、人とどこかズレているところがあるらしい。声が人よりデカいのもその一つなのかもしれない。

 ちなみに何もないところでもよく転ぶのも職場ではデフォルトとして知れ渡っている。


(疲れてくると変な妄想しちゃうな……今日はさっさと寝よう)


休憩を終えた真緒はせっせと本を補充しながら仕事に精を出す。

中古書店では買い取った本を補充するわけだが、量が半端ない。おかげでとっても筋肉がついた。……まぁ、この仕事でないと生かせない筋肉ではあるが。


(それにしても最近は異世界転生ものがホント流行ってるなー……異世界から実はあたしが勇者でアナタヲサガシテマシター!ってお迎えがくればいいのに……)


異世界転生!と大きく書かれた漫画本を手に取りそんなことを考える辺りが既に一般人の考え方ではない、ということをきっと真緒は分かっていないし、これからも分からないだろう。

でも。それでも現実から逃れたいせいか夢を見てしまう。


(ま、ありえないけどね。異世界なんてあるわけないし)


「――お先に失礼しまーす」


本日も無事に業務を終えた真緒。いつものように自転車に跨り鼻歌を交えながら帰路を急ぐ。いつもと変わらない景色できっと明日も明後日も変わらない。


(それにしてもやっぱり無いもんだな、“あの本”)


幼い頃どこかで読んだ女の子と王子さまの話。ありきたりな設定だが、それが妙に記憶に残っている。けど、どこで読んだかもタイトルさえも分からない。

中古書店で働いていればいつかあの本と巡り会えるかもしれないと思って務めているがどうにも進展は一切ないのだ。

もしかしたらこのまま本も見つからないし、何も変わらない毎日を繰り返すだけなのかもしれない……と、妙にセンチメンタルになる真緒。こういう考え方がよくないんだと溜息を零した視界の端に違和感があった。公園のベンチに人影、それもただ座っているとかではなく横たわっていた。

それだけならなんの違和感も感じない筈なのに妙にその人影が気になってしまった真緒は自転車を傍に止めて近づいて様子を伺う。


(ホームレス……?いや、そんな感じには見えないな。小奇麗な格好してるし具合悪くしたとかなら救急車呼んだ方がいいよね?)


髪型や恰好から男性のように見える。チョコレートのような髪色で癖のない艶やかな髪に女の真緒でさえ一瞬嫉妬するレベルだ。

ジロジロと観察する真緒の方がある意味不審者と通報されてもおかしくない状況だが今はその話題に触れるのはよしておこう。


「あのー……大丈夫ですか?」


一応声もかけてみるが返事はない。


(っど、どうしよう!?もしもこの人……し、死んでたら私第一発見者になっちゃうんじゃないの!?第一発見者って犯人の可能性が高いって探偵漫画で読んだことあるけど、どうしよう疑われる!)


そんなわけない。

と、分かっていても非日常に出くわすと案外人間はまともな思考が取れなくなる。とにかく救急車を呼ぼうとスマホを取り出そうとした真緒だったが……


「グウゥ――……っ」

「……へ?」

「お、なか……すいた……」


間の抜けた腹の虫の音と共に倒れていた男性は最後の力だとばかりに真緒に救いの手を求めるかのように顔を上げた。


(腹ペコで行き倒れとか漫画じゃん)


笑いそうになるのを必死に抑え込んで真緒はポン、っと手を叩く。こんな時の為、ではないが仕事中のおやつにと菓子パンを買ったのだが、食べきれず一個だけ残っていたのだ。


「あの……よかったらこれ食べます?」

「……い、いいんですか?」

「これしかないですけど、それでよかったら」


男性はゆっくりと身体を起こすと真緒の手からパンを受け取り、ジッと見つめたかと思ったら次の瞬間には自分の手まで食べてしまうんじゃないかという勢いでパンを貪る男性に真緒はとうとう耐え切れず笑ってしまった。

それに気づいたのか男性も動きを止めて真緒を見上げほんのりと頬を赤く染めていく。


「す……すみません、お恥ずかしいところを見せました」

「こっ!こちらこそなんかその……すみません、こんなことならもう少し残しておけばよかったな――それじゃあたしはこれで」


自転車に跨り真緒は走り去る。


「あの!本当にありがとうございました!」


真緒に向かって男性は大きな声と共に頭を下げる。

そんな姿にまた真緒はクスっと笑ってしまう。


(いまどき行き倒れとかあるんだなー。パン持っててよかったー)


少し不安は残りつつ真緒的には明日の休憩時間の話のネタが一個出来た程度にしか記憶に残らないだろう。けれど男性的にはただパンをくれた女性、だけで終わる。


「あの子がもしかしたら……」


……ようではないらしい。



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