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花束を君に  作者: 巫 夏希
第二章
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第二章6 『才能』

 そういう訳で。

 僕は小説を書くことになった。といっても、小説をこの十六年間書いたこともなければ、読んだことも少ない。となると、やはり幾らか読んでおく必要があった、という訳だ。

 母さんの小説に限った話ではない。

 それこそ、テレビをザッピングするかの如く、大量の本を読む必要があるだろう、と僕は踏んでいた。そういうことで文芸部の部室にあった数少ないライトノベルの一つ、『涼宮ハルヒの憂鬱』を読みながら僕は物思いに耽っていた。


「そうやって、考え付くの? だとしたら、凄いわね。母譲りの才能じゃない?」

「辞めてくれ、茶化すのは。僕にそんな才能なんてないさ。母さんの才能を受け継いだ訳でも何でもない。僕はただの人間なんだよ」

「……そうかしら?」

「そうなんだよ。蛙の子は蛙、なんて言うけれどね。やっぱりそれって実現出来ないからそう言っているだけに過ぎないんじゃないか、って思う訳さ。そうは思わないか?」

「思わないわね、まったく」


 一刀両断された。


「第一才能は存在するのが当然と思う訳よ。私にとっても、そうあって欲しいと思うの訳だし」

「どうして?」

「……魔女の才能があれば、何だか嬉しくならない?」


 ……時折、こいつが何者なのか忘れてしまう時がある。

 魔女。恵はそれを『異世界生命体』であると冷静に分析した。

 異世界が存在する? そして、その異世界には生命体が存在する?

 はっきり言って、信じられる訳がなかった。

 魔女が居るということは認めるとして(そもそも何人かが、この街には魔女が居ると言っている訳だし)、異世界の存在を認める訳にはならなかった。

 異世界なんて簡単に言うけれど、化物が存在するぐらいの感覚だぞ? それを直ぐに認められる訳があるか。行政機関だって、魔女の存在こそ認めるにしても、異世界の存在までを認める訳にはいかないだろう。

 認めるか認めないかは別として。

 僕がどういう小説を書くのかということについて、そろそろ決めておかねばならないだろう。

 僕はいったい何を書けば良いんだろう?

 いや、書くのはどんなジャンルだって構わないはずだ。ファンタジーだって、SFだって、恋愛ものだって良いはずだ。いや、実際に書けるかどうかは別として。


「……実際、何を書けば良いのか、ということについては、色々と問題になってくるよな」

「結局、何を書けば良いのか決まってないって訳?」

「まあ、そういうことになるかな」


 第三章の半分まで読み進めた辺りで、僕は栞を挟みテーブルに文庫本を置いた。


「SFを読んでるから、てっきりSFでも書くのかと思って」

「そんなの無理だよ。SFって、想像する力が必要だし。第一、色々と知識が必要そうだ。例えば『うる星やつら』だってSFだろう? 例えば、『ひかりより速く、ゆるやかに』だってSFだろう? SFのジャンルが広すぎるんだよ。僕には適いっこない」


 とは言ったところで。

 僕はさっきから読んでいる本のタイトル及び短編のタイトルを言っているだけに過ぎないのだ。『ゆるやかな世界と、その敵』というハードカバーの本だったと思う。しかしまあ、こんな感じの短編がすらすらと書けるよな、と僕は思っていた。たとえそれが数年に一本だとしても、ひっくり返っても僕には書けそうにないアイデアだらけな訳であって。


「SFが難しいなら、ファンタジーはどう? ファンタジーならそんな知識はなくとも書けるわよ?」

「それもパス。頭の中にそんな世界観は出来上がっていないよ。そうだな……。もし書くとするなら、」

「するなら?」

「この学校を舞台にした学園小説、とか?」

「何それ。……確かに簡単に出来るかもしれないけれど。でも、学園ものって難しいのよ」

「例えば?」

「うーん……例えば、学校生活のイベントが少なかったら、描写しようがなくない?」


 確かに。言いたいことは分かる。それに、僕はこの高校に転校して僅か数日と言った状態だ。前の高校で起きたことなんて、数ヶ月で起きた出来事というのもたかがしれている。だったら書くのも難しいこと、なのかもしれない。

 恵はさらに話を続ける。


「やっぱり書くなら異世界転生かねえ。最近のジャンルではそれが流行ってるでしょう?」

「それ、流行ったの随分と昔のような気がしますけれど?」


 言ったのは、千葉先輩だった。


「異世界転生みたいな、いわゆる『なろう系』って一番書くのが難しいようないがするんですよねえ。ああいうのって、更新速度もポイントの一つのような気がしてなりませんし」

「更新速度?」

「要するに速筆であるかどうか、ってことよ。一日に複数話更新出来れば更新出来る程、見られやすさは上がる。……ああ、もしかして『なろう系』の説明からした方が良い?」

「出来れば、その方が助かる」

「分かったわ。『なろう系』というのはね、小説家になろうという小説投稿サイトに投稿された小説のことを言うの。大体が同じような設定で描かれてることが多くて……、まあ、要するにテンプレート方式ということかしらね。例えば、主人公が異世界に転移・転生すること、主人公がチートと呼ばれる程の強い力を手に入れること、ヒロインにモテてハーレムを作ること……。その数は(おびただ)しい量になっているわ」

「その、なろう系って書くのが難しいのか?」

「ええ、だって読者に媚びた小説を書かないといけないでしょう?」

「……いやいや、エンターテイメントだぜ? 読者に媚びないで何がエンターテイメントだ。作家はエンターテイメントを提供してるんじゃないのかよ」

「そう言われるとそこまでかもしれないけれど……。でも、書きたいものを出していきたいという気持ちもあるじゃない?」


 まあ、分からないでもない。

 仕事で嫌いなものを作り続けたらノイローゼになりそうな気がしてならないからな。


「だから、私は好きなものが書きたいのよ。読者に媚びて書いていく? そんなの絶対嫌。それに、飯塚真凜先生だってそうじゃないはず。きっと書きたくてしょうがない作品を出し続けてきたに違いないわ」


 そんなことないと思うんだよな、昨日聞いた限りだと永遠に流れ続けるテレビのモニターみたいな感じだったし。まあ、企画書とかそういうのは作りづらそうな気がするけれど。

 そうだ、と言って恵が僕に何かを差し出してきた。

 それは原稿用紙とボールペンだった。


「これは?」

「小説を書くと言ったら、やっぱり原稿用紙とボールペンでしょう! ほんとうは万年筆にしたかったけれど、私のポケットマネーじゃあまり良いものは買い揃えられなかったし……。それに、ほら、あずさはパソコンで書いてる訳だし」

「僕もパソコンで書いちゃ駄目なのか」

「駄目よ。パソコンがないもの」


 速攻否定かよ……。


「だから、先ずは一作目として書いて欲しい訳。最初の一作は、アナログで書くのも良いものよ? それに、デジタルで書き続けるといつかアナログで書くタイミングがやってきた場合、小説が書けない時が出てくるかもしれない訳だし」

「そんなタイミングやってくるかね……」


 来ないことを祈りながら。

 僕は原稿用紙を受け取るのだった。


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