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花束を君に  作者: 巫 夏希
第二章
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第二章5 『小説の書き方』

「小説を書きたい? 別に良いけれど、そう簡単に出来る話でもないのよ」


 母さんに言ったら、こうもまあ窘められた。まあ、妥当と言える判断かもしれないが。


「第一、小説を書く行為自体良い物かと言われると微妙なところがあるのよ。そりゃ、私が言うのもなんだけれど……、でも私みたいな人間が小説家になれたのは奇跡と奇跡が合体したぐらいの感じだから」

「……母さんは、どうして小説を書いていられるの?」

「私も五年ぐらい芽が全く出なかった時期があったのよ。具体的に言えば、書くもの書くものが全て上手くいかない。賞にも引っかからない。当時はウェブにもアップロードしていた時期だったけれど……、そこでも全く見て貰えない時期があったの」

「そういうとき、母さんはどうしたの?」

「……私の好きな作家さんが良く言うのよ。私の頭の中にはワープロがある、って」

「ワープロ?」

「ワードプロセッサ。要するにはパソコンのことね。その作家さんはワープロがなければ作家になることがなかった、と言っていた。ワープロを注連縄で祭っているんじゃないか、と言われるぐらいに」

「ははは、何それ。そんなことってあるの?」

「あくまでそう言われてた、ってだけの話よ。私もたまに担当さん……と言っても父さんだけれど、父さんに、どうやってこんなに大量のアイデアを考えつくんだ? なんて言われたことがあって」

「それに、どう答えたの?」

「私の中には、映像が大量に流れてる、と言ったの。テレビのようにね。そしてリモコンを使ってザッピングするの。元々やってた放送もあれば、何処かのタイミングで始まるストーリーもある。そして、いつでも見返すことが出来るのよ。……というと、変わった人だと言われることが多いのだけれど」

「そりゃそうだろ……。第一、そのような頭の仕組みをしてる人間が居る方が少ないだろ。母さんみたいな人間ばかりじゃない、ってことを言いたいんだろうし」

「そうかもしれないねえ……。でも、私にとってはこれは珍しいことでも何でもないのよ。ただの普通の考えだと思ってるのだけれど……」

「でもまあ、それっておかしな考えだったりしないの? 僕にとっても『おかしな考えだなあ』としか思わないんだけれど」

「もう十五年もそれを続けていれば、慣れてくるわ。私って、そういう人間だったのよ。ほら、変わった人間だと思うでしょう? あなただって」

「……その変わった人間から生まれた訳ですが。何か一言ありますか?」

「一言? ないわね。強いて言うなら、小説を書くことはそんなに簡単じゃない、ってこと」

「と、言いますと?」

「アイデアを出すことは誰にだって出来るわ。でも、それを一つの形にすることは難しい。例えば小説だってそうよ。ぐちゃぐちゃになったアイデアでも何でもない何かを、アイデアに仕立て上げて、そして、小説という完成形に持ち込んでいく……。簡単に言っても、出来る事じゃない。それだって、なかなか出来ることでもないの。分かる?」

「……うーん、分かるような、分からないような」

「とどのつまりが、小説を書くということを簡単に思っちゃいけないということ。小説を書くということは、生きる力を削ることと思いなさい。私が言えることじゃないかもしれないけれどね。何せ、私は書けば書く程力が(みなぎ)ってくるもの!」

「ははは……。何というか、母さんらしいや」

「……それにしても、初めてね」

「何が?」

「あんたが小説についてのアドバイスを聞いてくるなんて」

「……そりゃ、そうだろ。今まで書こうなんて思ったことないんだから」

「……ま、それもそうね」


 母さんは飲んでいたコーヒーのカップに手を添えながら、


「でもまあ、私はあんたがどういう小説を書くのか楽しみでしょうがないけれどね」

「……あまり期待しないで貰えると助かるかな」


 そう思いながら、僕は母さんとの会話を終えるのだった。




 次の日。

 文芸部の部室に入ると、既に恵と千葉先輩が部屋に入っていた。千葉先輩は奥にあるパソコンを使って何かやっているようだが。


「あの、千葉先輩、何をしてるんですか?」

「あ、真央くん。こんにちは。今ね、小説を書いているの。これを使って」

「千葉先輩はデジタルで書く人間なんですね」

「……私はずっとそうしてきた人間だから」


 さいですか。

 そいで、恵はいったい何をしてるんだ。


「私は、テキコミの申込書を読んでいるところよ」

「……未だ諦めてなかったのか」

「諦めてないのか、って何が? 私は諦めるつもりなんて毛頭ないのだけれど?」

「……呆れて物も言えないよ」


 僕は鞄を空いた椅子に置いて、もう一つの椅子に腰掛ける。


「言っておくが」

「何よ」

「僕は小説を書くつもりはないからな」


 まあ、昨日あれ程母さんから小説のノウハウを聞いたばかりなのだが。

 だからといって、書くつもりはない。

 僕のスタンスとして、それを変えるつもりはないのだ。


「あら。なら、エッセイとかでも良いのよ?」

「……何ですと?」


 それはかなりの変化球だ。

 いったい何をどう考えればその結論が導き出されるというのか……。


「面白いじゃない。大人気ベストセラー作家の息子による実録ノンフィクション。うんうん、聞いてるだけで欲しくなってきた」

「おい、待てよ。未だ書くと決まった訳じゃ……」

「あら。嫌なら、小説を書くのね。どちらにせよ、あなたの寄稿は既に決まってるのだから」

「……分かった」

「うん?」

「分かったよ。諦めた。お前の勝ちだ。書く、書けば良いんだろ、小説」

「書いてくれるの!?」

「……そのために、昨日母さんからあれこれ聞いたんだけれどな」


 こうして、僕は。

 十六年の人生で、初めて小説を書くことになるのだった。

 そのジャンルはどういうものになるか分からない。何せ未だ一文字も構想は立てていないのだから。

 しかしながら、少しだけ面白さは感じてた。

 くだらないと思うかもしれない。しょうもないと思うかもしれない。

 けれど、僕にとって――それは。

 どうしようもなく、面白いものだと言えるはずだから。


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