その恋の主役は
「君のこと好きになっちゃった。付き合って♡」
放課後の空き教室。
僕ら二人以外に人はいない。
いつも会うときと雰囲気が違うからもしやと思ったがやっぱりきたか。
この娘とももうお終いだな。
「えっと、どうして?」
「どうしてって……」
目の前の女の子は少し困ったような顔を作る。
「好きになるのに理由がいるかな?」
いるいらないはともかく何かしらあるとは思うね。
まぁ言うに及ばない取るに足らない理由なのだろう。
参考までに聞いてみただけで僕も大した答えを期待してなかったけど。
僕は彼女の申し出を丁重にお断りさせていただき、空き教室をあとにする。
残された彼女は泣いていたように見えたが、慰める資格は僕にはないし、何よりすぐに行かなければならないところがある。
僕が向かったのは部室棟二階。
上に文芸部と書かれている扉を開けて中に入る。
「あれ、今日は早いね」
そこには女性が一人、部室の奥で本を読んで座っている。
文芸部部長の夏野湊先輩だ。
文芸部は現在、彼女と僕の二人しかいない。
「どうしたの? 座ったら?」
「いえ……」
部室に入るだけ入ってモジモジ突っ立っている僕を先輩は怪訝そうに見る。
「もしかしてあれ?」
「えぇ、まぁ……」
「やれやれしょうがないな」
先輩は本を閉じて机の上に起き、僕の方へ歩いてくる。
目の前まで来ると慈愛に満ちた表情で手を伸ばし、僕の頭の上に手を置く。
ぽんぽん。
先輩は僕の頭を優しく二度叩き、手を離す。
そしてそのまま元の場所に戻ってしまった。
「……え、おわり?」
前回は膝を貸してくれたし、最初なんて抱きしめてくれた。
「だって今回あんまり落ち込んでなさそうだし」
「……」
「女の子を振るのにも慣れてきたってことだね」
「嫌な慣れですね……」
僕が女の子に告白されることが今年に入って増えた。
今日で四回目、全て断っている。
その娘たちは全員、もともとは僕でない他の男が好きだった。
それを聞きつけた僕は彼女たちにアプローチをかけた。
相談にのるよ、と。
急にそんなことを言われて簡単に話してしまうものかと僕も思った。
しかし女の子というのは恋バナが大好きなのだ。
話せりゃ相手は誰でもいいらしい。
そうして僕らはよく話すようになる。
今日は彼とこんな話をした。
明日はどんな話をしよう。
そんな話を彼女が一方的にしてくるので僕は相槌を打つ。
相談にのるとはいってもやったことはそれだけだ。
そうしてるうちにいつの間にか僕が告白される。
何故かと聞いても彼女たちの答えははっきりしない。
僕は自分で考えてみた。
僕らは頻繁に会って話をしていた。
それは確かに好きになる理由になりうる。
だけど僕以外にもそういう相手がいた可能性は高いし、心変わりする理由としては弱い気がする。
だからそれ以外にもあると踏んだ。
それは秘密の共有。
僕は彼女らの想い人を知っている。
それは僕だけではなかっただろうが、限られた人物のみの情報だ。
それだけで僕は特別視される。
さらに僕は相談を受けるという立場にある。
彼女たちは、大好きな彼と何かあるたび、彼について想像するたびに、それについて話そうと僕のことを頭に浮かべるようになる。
彼女たちは何度も頭の中に現れる僕に対して恋心を抱いていると錯覚する。
いやそれが錯覚かどうかは分からないけれど。
「うん。面白いね」
「それはよかった」
僕は先程の考察を先輩に話してみた。
今日報告できることが特になかったからだ。
なんの報告か。
そもそも何故、僕が四人もの恋する乙女の話を聞いてきたのかの話をするが。
それは湊先輩のためである。
先輩は現在、恋愛小説を執筆中だ。
どこかの賞に応募するのか、文化祭で出すのか。
目的は知らない。
とにかく先輩はそのためにリアルな学生の恋模様を知りたかった。
取材&ネタ収集が必要だった。
そこで使われたのが僕だ。
恋の話を聞くなら男子より女子の方が口が軽い。
僕には姉と妹と女子に挟まれた環境で育ったせいか女友達が多かった。
女子の間での情報も入ってきやすかったし、女子たちの警戒心も薄かった。
恋の相談を受けると言って詳細を聞き、先輩に報告する。
それが今年に入ってからの僕の部活動だ。
本当はちゃんと行く先を見届けたいんだけど上手くいったことがない。
僕が告白されるから。
「じゃあさ」
先輩がはてと問うてくる。
「君はどうして彼女らのことを好きになっていないのかな?」
「はい?」
「さっきの理屈で行くと、頻繁に会ってたのも秘密の共有も君に当てはまるでしょ? さらに相手から好意を示されたりしたらこれはもう落ちないほうがおかしいよ」
「……」
実はそれに関しては僕の中で答えは出ている。
それはシンプルに男と女の差だ。
恋愛における男女の違いとして、男は「名前を付けて保存」、女は「上書き保存」という話がある。
男は恋人と別れたあともその人との思い出を忘れずにいる。
一方で女は別れた恋人との思い出はすっぱり忘れて新しい恋に切り替えていく。
というものだ。
これの真偽は定かではないが、本当だとすると今回の話にも納得できる。
つまり女子たちは僕との恋愛相談で「好きな人」というファイルを「僕」で上書きしてしまったのだ。
だから好きな人は僕だけ、告白に至った。
しかし僕は違った。
もしかしたら僕も彼女らを好きな人にカテゴライズしていたかもしれない。
けれど僕は彼女たちを、「好きな人」フォルダに各々の名前で別々に保存した。
今、僕の「好きな人」フォルダには5つのファイルがあるのだ!
告白されたとき、僕はたしかに目の前の女の子は「好きな人」だった。
だが「好きな人」フォルダには彼女よりも容量の大きいファイルがあった(容量が気持ちの大きさを表すのかは不明だが)。
その人のことを思い、僕のことを好きだと言ってくれた目の前の愛する女の子との恋は諦めることにした。
そういうことだ……。
言ってて自分でもよくわからなくなってきた。
この理論はできれば先輩に言いたくない。
そもそもこれで納得するかもわからないし、この理論は僕が最初に告白された時点で他に好きな人がいたという前提だ。
その前提は正しいのだが、先輩には言いたくない。
「さっきの話は見当外れだったということですね」
「ふーん」
先輩は適当な相槌を打つ。
「でもそういうの小説とか漫画では結構ありそうな話だよね」
「そういうの?」
「恋愛相談してたらいつの間にかその人を……みたいなの」
「確かにありがちな話ですけど、それが創作なら相談を受けた側は最初から相談してきた人のことが好きってパターンじゃないですかね。好きな気持ちを押し殺して相談を受ける的な」
「うーん、最初はなんともなかったのがお互いに惹かれ合うっていうのもあったと思うんだけどなぁ」
「僕はそうならなかったんですよ」
「ホントかなぁ」
やけに突っかかるな。
……嫉妬か?
僕は先輩のことが好きだ。
先輩はそのことをわかってて言わせようとしてる節がある。
それは多分先輩も僕のことを好きだから、と思いたい。
だから逆に言ってやるもんかと思ってしまう。
告白した方が負けなのである!!
みたいになってる。
僕から告白させようとしたことはないけど。
今回仕掛けてみることにした。
「もしかして、僕が誰かと付き合えばいいと思ってますか?」
「え?」
「僕が恋人を作ってその話をすれば一番手っ取り早いですもんね」
「ちが」
「それもいいかもしれませんね」
「え……」
僕は部室を出た。
よし……。
さぁ先輩どうきますか?
……。
数分部室の前で待ってみたが追ってくる気配はない。
じゃあ落ち込んでる?
部室の中を覗いてみる。
カタカタカタカタ。
そこにはものすごい形相でキーボードを叩く先輩の姿があった。
静かに扉を閉め、神代夢人(僕の名前)はクールに去った。
***
次の日の朝。
自分のクラスの教室に入ると違和感があった。
多いはずの僕の女友達が挨拶に応じない。
完全に無視である。
そのわけは少ない男友達が教えてくれた。
「お前女をたぶらかして振って周ってるんだって?」
「あぁ……」
何も言い返せんかったわ。
***
放課後。
今の僕の状況を先輩に伝えるため部室へ向かう。
もう取材は無理だ。
僕が部室の扉を開けると先輩が目の前に立っていた。
そして紙の束を僕の胸に叩きつけた。
「読んで」
そう言って先輩は部室を出ていってしまった。
なんなんだ。
僕は渡されたものを見てみる。
それは小説だった。
多分先輩が書いたもの。
完成したのか。
僕は早速読んでみる。
「……なんだこれ」
主人公は文芸部の男子高校生。
恋愛小説を書きたい部長のためにたくさんの女子から恋愛相談を受けていく。
しかし毎回その恋愛相談は主人公が告白されるという形で終わってしまう。
完全に僕だ。
僕の持ってくる情報が役に立たないから自分たちをモデルにしてしまったというのか。
いや、主人公に恋愛相談をしてくる女の子たちのエピソードは僕が持ってきたものだ。
ちゃんと使ってくれてる。
じゃあなんで僕なんかを主人公に……。
ん?
読み進めて気づいたが、この作品のヒロインはもしや部長なのでは?
そしてこれはおそらく恋愛小説。
導き出される結論は。
僕は読むスピードを速める。
***
物語のクライマックス。
多くの女子たちを振ってきた主人公はそのせいで悪い噂が広まり、孤立してしまう(予言か?)。
『あらあらそれは辛かったでしょう。でも大丈夫。私だけはあなたの味方だから』
そう言って部長は主人公を抱きしめ、頭をなでてくれる。
主人公はもうこの人さえいればそれでいいと思った。
『これ、読んで。屋上で待ってる』
そして部長から紙を渡される。
主人公はそれに書かれている文字を読む。
『好きです』
***
小説はそこで終わっていた。
なんだこれ……。
なんだこれ?
回りくどすぎる。
こんなの、僕に渡したこの紙にこの一言だけ書けばよかったんじゃないのか。
なのになんだろうこの敗北感。
それは先にこんなラブレターで告白されてしまったことによるものなのか、それともこれから僕の口から告白させられることによるものなのか。
そんなことどうだっていい。
とにかく今は早くあの人に敗北宣言をしに行かなければ。
彼女は屋上で待ってる。
完。