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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

坊主の話

作者: 夢崎飽和

 1か月前の、朔の日だったか。


 旅人が暗い草木の繁る獣道を歩いていた。この日は朔の日、夜の獣道はちょいと先までしか見えやしない。

 旅人は「失敗した、さっきの町で泊まっておきゃぁ良かった」と呟いた。


 前も、後も人はいない。旅人一人で、ほぅ……ほぅ……と、ふくろうのなく声が聞こえていた。



【坊主の話し】



 旅人がふぅ、と一息ついて空を見上げる。空は木々で覆われていて真っ黒。たまにキラリと光るものは動物の目だろうか。右も左も真っ黒で、旅人は恐ろしくなり道を急いだ。


 少し歩いたところで、ぽつり、と頬を何か冷たいものが垂れた。

 なんだと思い見上げれば、真っ暗な葉の間から雨が滴り始めている。

 こりゃ大変だ、と旅人は焦り気味に足を早めた。


 雨が強くなってきはじめた頃だ。少し先に光が見えた。それを目指して旅人が走れば、堂が見えてきた。

 普段は使われていないのだろう。少し寂れて見える。雨が降ればこうして旅人が使うのだろうか。それとも山賊だろうか?

 疑いながら旅人が近づいて耳をすます。


 中から聞こえてくるのは楽しそうな旅の話と、今日は災難だと言うはなし。旅人は安心して声を掛ければ、にこやかに迎えられた。

 開けられた障子の先には薬師のような四角い箱を肘掛けにしている男と、酒瓶を抱え頬を赤くしている男。あとは楽しそうに笑みを浮かべている大層綺麗な女が囲炉裏を囲んでいた。


「どれ、お前はどうした?」


 と、酒を持っている男が旅人に聞いた。


「この雨でな、少し休ませてもらいたい」

「急ぎの用か?」


 薬師のような男が問う。


「ああ、嫁ぐ妹の結婚の前に稲をかろう、と思ったのだけれど手間取ってな。急いでいる」


 酒を持った男が少し欠けたおちょこを差し出した。旅人はありがたくそれを貰った。


「この山道急いでいても大変ですよ。何せこの山は人喰い山。獣も物の怪も山自体も人を狙っているらしいですから」


 と、コロコロと女は笑った。


「そうなのか?」


 ごくり、と唾を飲みながらそう問えば、女は笑った。


「ええ、雨が降った次の日は崖下に人の遺体か、食われた旅人の荷物が転がってるとか」


 女は恐ろしい話をしているのにコロコロと笑った。


「不気味な話しはやめよ、酒が不味くなる」


 と、不機嫌そうに酔った男が言った。女はくすり、と笑いながら旅人に耳打ちをする。「あいつは怖がりなのさ」と。

 旅人と女、酔っぱらいに薬師な男はそれぞれの話をしながら酒を飲んでいた。女は各地を巡る妓女で、三味線を引いた。薬師のような男はやはり薬師で、傷薬を気前よくくれた。酔っぱらいはこの辺りの野良侍らしく、この辺りのことをベラベラとしゃべっていた。


 気がつけば酔っぱらいは体を丸めて寝込んでいて、薬師が笑った。


「我らも寝よう。人喰い山に食べられぬうちに」

「あぁそうしよう」


 と、旅人たちは、囲炉裏の火が消えないように木をくべてから、それぞれの床についた。



 ■□■



 目が覚めたのは何故かわからぬ。しかし旅人は誰かの話し声を聞いた。


「まえの年寄りは不味かったからね、今度のやつは若くていいだろう」

「女が喰いたい、若くて肉付きのいいやつ……」


 じゅるり、と涎を啜る音がした。

 もしや、物の怪かと思っていたらクスリと笑う音がした。


「どれ、お前ら若いやつには体力があるらしい」


 薬師の声だ、と旅人は確信した。そうすればさっきの声も酔っぱらいと女の声だと恐怖のなかで確信した。

 するり、とぼんやりと障子にうつる影が何か指で指した。


「起きておるぞ、そいつ」


 バッと旅人が飛び起き、外へ出ようと障子に手をかけても戸は開かない。

 どん、と障子を突き破りそうな勢いで腕が頭の横に出た。


「逃がさねえよ」


 獣のような荒い息と生臭い臭いが鼻をつく。

 ぐんと、頭を掴まれ引き倒される。受け身を取れず、息もできないほどの痛みが体を駆け抜ける。

 女が旅人の肩を押さえた。

 分け前は、どこがうまそうだ、というやつらを押し退け逃げようとする。


「お前はどうする、ヤマ」


 旅人の上に馬乗りになっている男が言う。


「我は待っているだけで腹が満たされる。主らで分けよ、ケモノにアヤカシ」


 酒を傾けながらヤマと呼ばれた薬師は笑った。


「早くしないと、坊主が来るぞ」


 そういった次の瞬間。バリバリ、と音をさせながら障子が破れた。

 そしてちっ、と舌打ちをしながら女が影に消える。


「悪霊どもめ! 散れ」


 と、札を投げつけながら叫んだ。

 きゃん、と犬が鳴くような声をあげながら札の当たったケモノと呼ばれた男が消えた。


「お前も消えろ」

「我らは消えぬさ、この山あるかぎり永久に」


 そう言いながらすっ、とヤマと呼ばれていた薬師が消える。


「大丈夫か」


 そういいながら坊主が俺を起こした。

 震えが止まらぬ体をさすりながら、坊主をみれば坊主が微笑んだ。


「もう大丈夫だ」


 その言葉に安心した。

 坊主は消えかけていた火を起こしながら旅人に先程のまでのことをこと細かく聞いた。


「やつらは記憶よ、この山とアヤカシ、ケモノ全ての。ここでやつらは旅人をいつも喰い殺していたときの」

「記憶?」


 旅人は首をかしげた。


「そうだ、この山は何かと集まりやすい体質らしくな、引き集め楽しかったときの記憶をとどめているようだ」

「……そうなのか」


 半分わからずに、旅人が答えた。


「そうだ。やつらはなんだかんだ人が好きだからな」


 と、力強く坊主は返事をした。


「して、主よ一つ俺から話そう」

「なんだ?」

「その記憶とは、何処までが記憶なのだろうか? やつらを退治し、俺が人を食らう、そこまでが記憶だとしたら? 俺は、一体なんだと思う?」


 ぞっとした旅人は雨にも関わらず堂を飛び出した。

 堂からは笑い声が響いた。


 その旅人が山から降りたという話しは誰も聞いていない。



 ■□■



「そういう話だ」


 坊主は楽し気に笑いながら男を見ている。その目には慈愛に満ち溢れたような


「まてまてまて、今とほぼ同じ状況じゃないか!」


 男が焦ったように坊主の肩を揺さぶる。


「素直でいい子だなぁ」


 はっはっは、と楽し気な声が上がり、そんな坊主をぶんぶんと男が前後左右に振り回している。


「こーたーえーろー!」

「否、かなり違う。主はもう大丈夫だ、と言った俺を信用してここに止まり俺と話しをしている。そら、見ろ夜明けだ」


 ビリビリになった障子の向こうを坊主は指す。


「……」


 いきなり変わった風景に男は畏怖を抱きながら黙りこくり坊主を見つめる。


「久しぶりの会話だった。楽しかったぞ、気をつけて帰れ。夜道ではない、アヤカシに化かされることもケモノに襲われることも、ましてや道を見誤り雨で足を滑らすこともないだろう」


 と、坊主は言った。

 空をみればスッキリ晴れた青空だ。


「あいつらは死ぬ可能性すべて言っていたであろう? 生きる唯一の選択肢は俺と会話し続ける、だったのだよ。山でも、ケモノでもアヤカシでもヤマでもない俺とな。お前に、お前の旅路に幸多からんことを」


 振り向いたとき、堂には誰もいなかった。

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