2章-2 戦士ギルド
「さて、まずは戦士ギルドだ。ギルドカードってのが身分証にもなるってのは一石二鳥だな」
「私はどうしようかしら。人でないと登録できなかったりするのかしら」
猫であるペルナさんは身分証も必要なかったし、登録しなくてもよさそうだけれど。
「いわゆるテイマーという、魔獣を操り戦うスタイルの戦士もいますが、魔獣をメンバーとして登録しているという話は聞きませんね。別にペルナ様が登録なさる必要もないと思いますよ」
「オレのペットですからね。いてっ。で、ギラル、登録ってどれくらい時間かかるのかな」
彼女が爪を立てるときは、結構頭にくる発言をした時だ。
「カードを発行するだけなのですぐ終わりますよ。書類に書き込むだけです」
当然ながら、読み書きなんてできるはずがない。つくづくその類の能力を選択しなかったのは馬鹿だと思う。
「書類…」
「料金を払えば代筆も頼めますが、今回は自分がいるので大丈夫です。まあ少しばかり不格好な字ですが」
ほっとすると同時に、ギラルが字を書けることにちょっと意外だと思ったことは、失礼なことなので口にしない。
「つくづくギラルがいてよかったと思うよ」
「ははは、恐縮です」
こんな会話しつつギルドへ向かう。戦士ギルドは酒場も併設されており、皇帝の居城を除いてこの都市の中でも一番大きな建物なのだとか。
先ほどの宿屋から歩いて5分ほど。角を曲がると木造の大きな建物が姿を見せた。なるほどでかい。
「ここですね。いやあ、1年ぶりですがとても懐かしく感じます」
まあ、1日が長くてさらに500日も経過してると考えると、懐かしく感じるのも当然だと思うけれどね。
戦士ギルドの中は混雑していた。ギラルいわく、これでも早朝のピークは過ぎているのだとか。
オレとペルナさんに入り口近くの席に座らせると、奥からペンと登録用紙を持ってくるギラル。そのまま必要事項を記入してもらった。
うーん、ギラルも1年学校に通って文字を覚えたと言っていたし、まあオレもいずれ覚えたほうがよさそうだ。…いずれ、ね。
名前は偽名でもばれなきゃいいのだとか。しかしわざわざ使う必要もないので「シュウセイ・ミナモリ」としてもらう。
「では提出しましょうか。あそこの受付が空いていますね」
ギラルの指さした受付にいるのは男の獣人で、他の忙しそうなところはみな女性だ。
なんともわかりやすいことだ。受付嬢全員美人だしな。
犬耳の受付のお兄さんは特別かっこよいわけではないが、それでも整った顔に見える。
「いらっしゃいませ。…おお、あなたは『孤竜』様」
「孤竜という名ではない。が、久しぶりだな、フェイ」
ギラルはこのお兄さんと知り合いのようだ。まあ1年前までいたのだから当然といえば当然か。
実は、ギルドにオレたちの入ってきた時点でかなり注目を集めていたのだが、ギラルの名乗りでさらに周りの声が大きくなる。
やっぱり孤竜だ。引退したんじゃなかったのか。本物初めて見た。聞いてたのよりは小さいな。隣にいるのは誰だ、人間か。生活奴隷でも買ったのか。
なぜ戻ってきたのだろうか。資金が尽きたのか。田舎の女に捨てられたとか。戦闘狂って噂もあるぞ。あーあ、仕事とられちまうよ。うちのパーティ入ってくんないかな。
様々な声があがるが、当の本人は無視して受付と話を続ける。
「依頼達成の報告を。それとギルドへの新規登録を要請しに来た。記入は済ませてある」
そういえば、ミーア様の件をすっかり忘れていた。たしか緊急依頼とかだったな。
中にある手紙を読んで、奥へと引っ込んだ受付のお兄さん。しばらくしたら、奥から別の男性も現れる。
「ギラル。久しぶりだな」
「おお、お久しぶりです、ギルドマスター」
周りがさらにざわりと騒ぎ立てる。ああ、なんか雰囲気的にかなり偉い人だ。しかも顔見知りみたいだし。
「なんだ、いつから戦士業に復帰した。てっきりずっと田舎で暮らすと思っていたのに」
「そうしようと思っていたのですが、ちょっとですね。こちら、シュウセイ・ミナモリ様です。シュウセイ様、こちら、ギルドマスターであられるキース・アゲエラ様です」
「あ、どうも初めまして。シュウセイ・ミナモリと申します」
「紹介にあずかった、ギルドマスターのキース・アゲエラだ。さあ、こんなところで立ち話もなんだ。こちらに来たまえ」
「お言葉に甘えまして。ではシュウセイ様、ご案内します」
こうして周りからの注目を集めたまま奥へと案内されるオレ。まさかここまで目立つことになるとは予想だにしなかった。
「さあ、楽にしてくれ。さて、内容はキリュー一卿令嬢様からの緊急依頼、と。大地の刃たちも昨日持ってきたよ。あいつらが一卿令嬢様の下で働いたと聞いたとき、雪が降るなんて思ったが」
「彼らはランク4としては実力も精神面もまだ未熟と言わざるを得ませんな」
「昇格最速記録保持者様と比べられたらあいつらがかわいそうだ。というより、今回の功績は非常に大きいし、お前はそろそろランク7だ。個人の最高記録更新だな」
「そんな記録はどうでもいいです。それに、依頼達成報告も、言ってしまえばおまけです。今日はシュウセイ様を戦士に登録しに来たのですから」
突然話題に出てきて驚くオレ。
「ほう、彼のほうが一卿令嬢様の依頼よりも大事だというか」
「ええ。この方を戦士にすることはアシュルトに大きな利益になります。おそらく今後起こる緊急依頼も、内容次第では彼一人で解決できるほどの力を持っております」
「…なんとも眉唾だが…まあ、そうでなくとも人員が増えることは大変ありがたい。ランク6戦士を2つも失ったことは、ギルドだけでなくアシュルト帝国の大きな損失だからな。シュウセイ殿。これからよろしく頼むぞ」
何かかなり大きな期待をかけられた気がするが、とりあえず今はあまり重く考えないことにした。思考放棄である。
「はい。まだ新参で不慣れな部分もありますが、精いっぱい頑張ります」
「良い返事だ、期待している。しかしすまないが、登録はここでできないから先ほどの受付の彼に任せてくれ。それとギラル、ここで依頼の報酬も出したいがよろしいかな。昨日キリュー家から預かっているのだが、正直、こんな大金をここに置いておくのも気が気でなくてな」
「ええ、問題ありません」
その言葉を聞き、隣の部屋から1封の封筒を持ってくるギルドマスター。どちらも、馬車で見たキリュー家の紋の形をした封蝋がなされている。
「こちらが報酬の金一封だ。無用な心配だとは思うが、大金だから管理を怠らぬようにな。…一応、報告と同じ金額かここで確認してくれ」
「ありがとうございます。早速確認させていただきます…すごい。白金紙10枚ですか」
白金紙10枚…。ものすごい金額なのだろうが、いまいちピンとこない。
「ああ。報告と同じ金額だ、確認した。…さて、悪いな。ゆっくりしていけとも言いたいところだが、ちょっと今忙しいものでな」
「わかりました。お忙しいところわざわざありがとうございました、ギルドマスター」
「ありがとうございました」
ギラルが頭を下げたところでオレも頭を下げる。今回ほとんどギラルに任せたが、やはり正解のようだ。経験があり、顔の広い彼に任せれば円滑に事が進む。
「ああ。ギラルのランクアップ、手配しておくからな」
「そのことですが、自分は本日をもってシュウセイ様とパーティをくむので、必要はないかと」
「そうか。できるだけすぐランクを上がれるように配慮する。ギラルに下にいられてもこちらの損失だからな」
ギラルに簡単な仕事をさせても意味がない。そう考えると、自分に合わせてもらうことに申し訳なさも感じる。
「感謝します。では、失礼します」
「失礼します」
ギラルに続いて別れを告げ、ロビーへと戻る。
「では、登録しましょう」
ギラルの言葉に従い、再び受付のお兄さん、フェイさんの元へ向かう。やはり人はいない。
ギルドに関する注意事項を簡単に言うと、報酬金の話と怪我・死亡時のこと、依頼中に第三者との間でトラブルが起きてもギルドは仲介しないといったようなことだった。要は自己責任。
ランクがあがるとできることが増えるとともに注意事項も増えるそうだが、まだランク1なのでそれだけだ。
ランクに関しての説明も受ける。ランク1でも難度2の依頼を受けられるそうだ。難度は、ギルドの定めたものであり、数字が増えるほど依頼の難しさと報酬額が上がる。ランクとは、ただ強さだけを表すものではなく、ギルドへの貢献度をも表す数字といえる。
なるほど、できるだけ難度2を数多くこなしたいところだな。
「これらに同意いただけるのでありましたら、こちらの書類にサインしていただき所属金として銀貨10枚をお願いいたします」
意外と金をとるな。自炊すれば銀貨1枚で3日ぶんの食料になるそうだ。
「こうしないと、年齢制限のない故に何もわからない子供の所属も許してしまいますから。おそれいりますがお願いいたします」
ギラルに署名してもらって、所属金の銀貨2枚を渡すと、こちらにカードを渡してくれる。薄めの金属でできているがそれでもそこそこ重さを感じる。運転免許証よりも少し大きいかな。
「こちらがギルドカードになります。それと、もしパーティを申請するのでしたらそちらのほうも登録いたしますが、いかがいたしますか」
「ああ。それも含めてここにきたのだ。リーダーはシュウセイ様で頼む」
その言葉に思わず突っ込みをいれる。
「おいおい、ランクの高くて経験者のお前じゃないのかよ」
「ははは、ご冗談を。一番弱い者をリーダーにするパーティなど聞いたことがありません」
弱いと言ってもはっきり差があるわけでもないだろうに…。そしてペルナさんよりも弱いと確信している様だ。
「うーん、できれば経験ある人がリーダーのほうがいいと思うけれど」
「いえいえ、リーダーだからといって必ずしも前面に出なければならないわけではありませんよ。先ほどのようなやり取りは自分にお任せください」
「それこそオレがリーダーである必要もない気がするけれど…まあ、ギラルがそういうならそうするよ」
ここでひとつ問題が生じた。パーティの名前だ。
「ここはやはり、リーダーのシュウセイ様にお願いいたします」
「プフフ、センスの見せ所ね」
ギラルは朗らかに、ペルナさんはニヤニヤと笑いながらそう告げてくる。恥ずかしいけれど中二ネームが多いみたいだし、オレも開き直ってそれにしようかな。
「よし、じゃあ『正義の拳』で」
「プーフフフフッケホッケホッ」
うわあ、笑われると一層恥ずかしいな。というか、ペルナさんもむせなくったって。
…いや、自分が聞いたらむせるかもしれない。
「うむ、いい名だと思いますよ。正義感の強いシュウセイ様にはピッタリのいい名だと」
ギラルはこの世界の良心だ。受付のお兄さんもリストを見て、重複もないし問題ないと教えてくれた。
こうして正義の拳を結成した。パーティランクは、結成時に一番低い人のランクが適応されるので1だ。そこから新規にランク1の人を入れても上がったパーティランクは変わらない。
「それでは、お手数ですが皆様のギルドカードをお貸しください。『正義の拳』のメンバーとして登録させていただきます」
ギルドカードの空欄だったところにパーティ名が書き込まれ、オレの名前の頭になにかマークをつけられていた。これがリーダーの証となるらしい。
「登録に関してはすべて終えました。ランクは1になりましたが、ギラル様個人の権限に変更はございませんのでご安心ください。早速ですがなにか依頼を受注しますか」
「いや、今日は登録だけですね。明日以降、本格的に活動します」
「畏まりました。ギルドは12時から翌日の2時まで開いております。正義の拳の未来が幸多いことを願っております」
12時と聞くと昼間のようだが、1日42時間というこの世界では朝だ。
「ありがとう、ではまた」
これでギルドですべきことは終わりだ。その場を後にしようとしたら、ふいに後ろから聞き覚えのある声をかけられる。
「おや、シュウセイ君。ギルドに登録しに来たかい」
振り向くとそこには昨日までともに時間を過ごしたミラさんとケリーさんがいた。ギラルやペルナさんにも挨拶をしている。
「ええ、今日からオレも正式に戦士です」
「そうなんだぁ。私たちは直接戦闘を見てないけど、シュウセイくんすっごく強いみたいだし、単独でランク6のギラルくんもいるからすぐにパーティランクも上がっちゃって忙しくなると思うよぉ。あ、もしかしてペルナさんも登録したんですかぁ。…あれ、違うんですかぁ」
独り言のようにペルナさんに話しかけるケリーさん。聞いてみると、なんと念話で会話しているそうだ。人前で言葉を使わずに意志疎通する手段としては最高のものといえよう。
しかし、オレとの念話は無効能力に阻害されて使えないという。なにか仲間外れにされた気分だ。
「私たちも今日から2人で新しくパーティを組むことにいたしました」
「ランク4まで落ちたけれどねぇ」
ランクは4と8でひとつの区切りになっているらしい。ランク6だった2人とは言え、新たなパーティを組むと区切りの最低ラインまで落とされるそうで。
「そもそも私たち2人でランク6の依頼を受けられると思うほどうぬぼれてもいないわ。またしっかり努力してランクを上げればいいのよ。あまり待遇も変わらないし。シュウセイ君、パーティ名はなににしたの」
「…正義の拳です」
改めて名前聞かれるとやはり恥ずかしいな。腕の中でペルナさんがクスクスと笑う
「あら、シュウセイ君が考えたの?いい名ね。私たちは『天破の百合』よ、これからもよろしくね」
「ふふふー、すぐに追いつかれないように頑張らないとねぇ」
…女性同士で百合って聞くといかがわしい意味に思えてしまうのはオレだけなのか。
「こちらこそお願いします。ランク4のパーティとつながりができたことは幸運でした」
「何言ってるのぉ、それはこっちのセリフだよぅ」
「あなたたちならすぐに現行最高のランク8に届く、いえ、その上にもいけるかもしれないね。貴族への対応を覚えたら間違いないわ。それと、私たちの命が今ここにあって、ミーア様と大きなつながりができたのもあなたたちのおかげだ。もし困ったことがあったら連絡して。受けた恩はしっかりと返すさ」
そう言い残して2人は去る。彼女たちはおそらく今後も指名依頼でミーア様の護衛を受けるだろうとギラルから教えてもらう。
とりあえずの目標はミーア様の依頼に対応できるランク4だな、とぼんやり考えながら戦士ギルドを後にした。
週末はお昼に投稿しようかな、と考えました。