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2章-1 帝都

 完全に予想外の7日間であった。

 依頼を引き受けた大地の刃が、何の問題を起こすことなく無事に帝都に来られたのだ。


 大地の刃は、依頼受注から戻ってきた後すぐさまオレに謝罪、そして大真面目に護衛の任務をこなした。

 帝都に戻るまでの道中、魔物に襲撃されること2度。オレやギラルのでるまでもなく大地の刃たちが魔物たちを一蹴した。一般人ということになっているオレはペルナさんを抱いてただ近くを歩いて過ごすという楽なものとなった。

 また、ギラルが「孤竜」であると知った瞬間、全員が顔を青くした。彼らも「孤竜」の姿は知らなくとも名は知っていたそうで、ひたすらギラルに平謝りをしていた。


 そんなこんなとあって、先ほど、馬車は帝都へと着いた。事前にニマルで手紙を送っていたので、出迎えはスムーズに行われた。

 しかし、護衛たちはそうはいかず、帝都に入るためにきちんと関所を通らなければならない。とはいえ、基本的に問題なく誰もが円滑に街内に入れるのだが、ごくまれに入念に審査される者も存在する。


 オレだ。


 当然だが、身元不明の人物をさっと通してくれるわけもなかった。ここで「異世界から来たばかりで身分を保障する物を持ってないんですよHAHAHA」などと言おうものなら帝都を出禁になりそうなので盗られたということにしたのだが。


「金銭とともに身分証も盗られてしまったことはかわいそうだとは思うが、ここも帝都だからねぇ。ほかの中規模の街で再発行してもらうのが間違いないけれど…」


 そういって他所へ行くことを勧めてくる番兵のおじさん。犬耳以外の見た目は普通の人間と変わりない。

 あまり粘っても心象を悪くしかねない。ここは素直に引き下がり、言われるまま他の街へ行こうとしたとき。


「し、失礼します! 隊長、お手紙がございます!」


 届けられた手紙を読むや否や、視線をオレの顔と手紙を何度も往復させる番兵さん、元へ隊長さん。これはなにか都合のいいことが起こったに違いない。


「も、もう一度お名前を確認させていただいても…」


「皆杜…ああ、名前が先のほうがいいのか。シュウセイ・ミナモリです」


「し、失礼いたしました! どうぞお通りください!」


 ほら、やっぱり。先に通ったギラルが気を利かせてくれたのだろうか。あいつは結構名の通った戦士らしいし、多少は無茶が通るのかもしれない。

 その後待合室へと案内され、中でギラルとともにミーア様とサティさんが出迎えてくれた。ギラルはまだしも、あなたたちオレよりもかなり前にここ通ったのだからもう家に帰ったのかと思っていました。


「お待ちしておりましたわ、シュウセイ様。まったくひどいお方です。異世界人なら初めからそうおっしゃってくれれば良かったのに」


 いきなりのミーア様の言葉に驚く。ギラルに視線を向けると、頭を下げてくる。


「申し訳ないとは思いましたが、素性をミーア様にお伝えいたしました。こうでもしないと身分証を持たないシュウセイ様を帝都に入れられないと判断したものですから」


 なるほど。勝手とはいえファインプレーにはかわりなく、柔軟な対応をしてくれることは非常にありがたい。


「いや、ギラルの判断は正しかったよ、ありがとう。実際オレはどこか別の街で身分証作ろうかなって思っていたところだったから。というか、ミーア様にお教えしたということは、あのお手紙はミーア様が書かれたのでしょうか」


「そうです。他の市街ならともかく、帝都ならばわたくしでも多少無茶できますので」


 にっこりとほほ笑んでそうおっしゃるミーア様。いや、確かに無茶できるかもしれないが、自分で言うのもなんだが身元不明の男を街に入れてしまうことは良いことではないだろう。


「しかし、まさか異世界から来たお方だとは思いませんでしたわ。もしかして、まだ隠し事がおありなのではないですか」


 この人は勘の鋭いようだ。今回の依頼にてギラルの雇い主である、この街で有数の権力者。確かに隠し事するのは良くなさそうだ。

 腕の中のペルナさんを見る。


「あら、言ってなかったかしら。ミーアは私がただの猫じゃないと知ってるわ」


 は? この人、いやこの猫は勝手に何をしているのだ。というか何普通に呼び捨てにしてるのこの猫。


「あら、シュウセイ様はこのことを知らなかったのですか。では、これでおあいこいうことで」


 クスクスと笑うミーア様。いた、本人が良いのなら文句ございませんけれども。


「実は初日に馬車の中でお話させてもらったのよ。ミラとケリーも私のことをもう知っているわ」


 ああ、なるほどそういう…。なんかただの猫を扱うにしては丁寧な態度だなとか思ってたんだよ。

 ん? それならば。


「じゃああの時『にゃあ』とか言ってたのは意味ないじゃないですか」


「あれは、まあ、あなたをからかっただけよ」


 この猫。

 お返しする嫌がらせを考え、思い切りくすぐってやることにした。ギャーと身をよじるペルナさん。


「コホン」


 わざとらしい咳払いをするミーア様。いかん、ちょっと調子に乗ってはしゃいでしまった。みっともない。


「…仲睦まじいのはいいことですが、あなたはわざと私を怒らせているのですか」


 ん? なんのことか。ミーア様がオレに好意を持ってくれているのは知っている。が、猫相手に嫉妬とはちょっと大人げないではないか。


「あなたも腕に抱かれていたいなら素直にそういえばいいのよ」


「ペ、ペルナ様はその容姿だから許されますが、わたくしがしようものなら、ここ、恋人みたいではありませんか!」


 耳まで真っ赤にしてにやけながら、それでも怒るミーア様。

 オレとしても、こんな美しい女性に好かれることはうれしいことだ。しかし、オレはいずれこの世界を離れる身で、たとえ互いに想い合ったとしても、ずっと結ばれ続けるということはない。

 今くらいの関係がちょうどよいと思う。別れるときに親しすぎると互いに苦痛となる。


「お嬢様、そろそろ」


 サティさんの言葉にはっと我に返るミーア様。あまり自由な時間もないだろうに、わざわざ手紙を書いてくれた上に待ってもらったのだ。

 お礼を言うと、むしろこれまで助けてもらったのはこちらだと礼を言われた。いやいやこちらが、いやいやいやこちらがという無限に続くやり取りを回避するため、素直に受け取る。

 去り際、名案だといわんばかりにミーア様が口にする。


「あ、あのシュウセイ様。よろしければ、キリュー家専属の騎士になっていただけませんか。そうすれば身分の証明になりますし、実力は折り紙付き。両親も喜びます!」


「…大変ありがたいお言葉ですが、お断りさせていただきます。オレは異世界人です。いずれいなくなりますので、どこかに定住するつもりはないんです」


 そういうとミーア様は見てわかるほど落ち込む。さすがに配慮がなさ過ぎたか。


「あ! いえ、でもこの帝都を拠点にして活動したいとは考えています。なのでミーア様ともすぐに会えますよ」


 蒼白だった顔に血色が戻る。よかったと安心すると同時に、こんなに良く思ってもらえることに感謝する。


「では、今度こそごきげんよう。宿泊先が決まりましたら、ぜひお手紙をください」


 ここでミーア様とサティさんとお別れした。

 ミラさんとケリーさんはギルドへ報告をしに行ったそうだ。ニマルから参加した大地の刃たちも同様だ。


 ギラル曰く、今の夕方から夜に差し掛かる時間帯はギルドが混み合う。依頼の報告と新規登録を明日同時にやろうということで、今日はもう宿屋に行くことにした。

 あまりに安いとサービスも結構悪いそうなので、ある程度値段の張る場所がよいらしい。庶民の泊まる宿屋としては最高峰という場所に行くことにした。

 そんなことをして金が持つのか、とも考えたのだが、ギラルの貯金と明日もらえるであろう報酬金を考えるとたいした贅沢でもないという。彼に支払わせてしまうことに関しては、むしろ光栄なことだと言ってくれた。ちょっと妄信気味な気がしないでもない。




「いらっしゃいませ、『竜の寝床 イーリグ』へようこそ」


 ギラルに勧められた宿屋がここ。竜の寝床って高級なのだろうか。こちらの価値観はわからない。

 受付が美人の魔人だ。やはり高級店ともなると顔ともいえる受付嬢にも力を入れている。


 受付近くに置いてある大時計を見ると現在は33時。1日42時間だそうだ。慣れる気がしない、が。やはり現在時刻を知っていることは大事だと考えて今持つ24時間表記の物とは別に腕時計を買おうか検討中である。


「えーと、2人で一泊します。食事付きで。えーと、先払いなのかな」


「左様でございます。2人部屋ですと銀貨10枚です。お食事を付ける場合、お一人当たり朝食・夕食セットで銀貨1枚いただきます」


 ニコニコと非常に愛想がよい受付嬢。しっかりと教育されている様だ。


「シュウセイ様。ペルナ様の分をお忘れなく」


「わかっているさ。食事3人分お願いします」


「では、銀貨13枚頂戴いたします」


 肩掛け鞄から、ギラルから預かっていた白金紙1枚を取り出す。少ししわができているが、白金部分が無事なら問題あるまい。

 釣銭がたくさん出てしまったが、逆にここで崩しておかないと街に出たときに不便だ。


「お部屋にはシャワールームもございますが、共用の大浴場もございます。別途料金をいただきますが、こちらもおすすめとなっております。いかがでしょう」


「へえ、いいねお風呂! それは1回入るのにいくら、って形なのかな」


 やっぱりオレとしは、日本で生まれ育った以上シャワーだけでなくゆっくりと体をお湯につけたい。


「はい。こちらの札を入り口にいる番台にお渡ししてくだされば入浴することができます。1枚で大銅貨2枚となっておりますが、いかがでしょう」


「うーんと、ギラルは入るか」


「そうですな。ご一緒させていただきます」


 視線を向けると、首を2度横に振るペルナさん。


「オレは2回はいるけどギラル…いい? じゃあ3枚で。朝もやってますよね」


「はい。大浴場は朝6時から夜40時まであいております」


「わかりました。えーと」


「大銅貨1枚は銅貨10枚分ですので、銀貨1枚で大丈夫です」


 ダイドーカっていくらだ。と少し困ったところにすかさずギラルが教えてくれる。


「なるほどさんきゅ。じゃあこれで」


「ありがとうございます。こちらがおつりです。ではこちらの札を入浴時にお渡しください。なくされますと再発行できませんのでご注意ください」


 なにか文字の書かれた木札を渡される。ギラルいわく「竜の湯」だそうだ。


「お食事は、こちら右手に見えております大きな扉が食堂の扉となっておりますので、こちらへお越しください。夜中も酒場としてやっておりますので、営業は30時から翌日8時までとなっております。何かご質問はございますか」


「うーん、大丈夫ですかね」


「かしこまりました。では、お部屋にご案内いたします」


 こうしてこの世界にきて初めて宿屋での一晩を過ごすことに。

 部屋は大きい間取りにベッド2つとテーブル1つに椅子2つ。トイレとシャワールームはちゃんと別々にある。そして、なんとミニキッチンともいえる炊事場もある。ギラルいわく、長期滞在用の宿によくあるもので、亜法陣を起動すれば水と火を使えるのでここで料理できるのだという。これはすごい。ただ、使いすぎると貯蓄されたマナがなくなり、追加料金を取られるという。

 日本と比べてテレビのないことに違和感あるが、広くていい部屋だな。さすが高級宿屋。


 食事の前に大浴場へ行くことにした。とても楽しみである。

 番台からタオル2枚を受け取り中に入ると、脱衣所に人はいなかった。ギラルに聞くと、大銅貨5枚あればいい食事をとれるくらいの金額のためあまり利用者もいないのかもしれないとのこと。

 中には3人ほどの人が入っていた。1人はライオンみたいな見た目の獣人で、のこりは魔人だろう。

 体を洗うスペースが10箇所ほどあり、共用の石鹸もついている。そして浴槽が3箇所。熱め、ぬるめ、水風呂と温度だけが違うそうだ。獣人がたてがみを石鹸でもこもこにしてる様は少しかわいらしく見える。

 熱めの風呂を手で触れるが、熱耐性を失念しており、温度の差がわからない。とりあえずほかの3人がぬるめの風呂に入ってたのでオレもそれに合わせ、ギラルは水風呂でくつろいだ。

 温まる感覚にはなれなくても、やはり水に体を浸けると気持ちいい。結構楽しめた。


 その後の食事も豪華だった。やきたてのやわらかいパンに大きい肉のたっぷり入ったシチュー、色とりどりのサラダ、そしてメインのステーキ。ボリュームある食事に舌鼓をうつ。

 ペルナさんはどうするのだろうと思っていたら、魔法でフォークやナイフを上品に扱って食事していた。

 おかわり自由の大きなパンも3つ食べて満足したオレはそのまま部屋へ帰り熟睡、いや爆睡した。

 ベッドはとても柔らかく、包み込むように体を受け止めてくれた。それまで草原で馬車の物置から毛布を引っ張りだして地面に敷いて寝ていた。それに比べてこのベッドに柔らかいこと。横になって5秒と持たなかったのではないか。




 意識を取り戻したのは太陽がちょうど顔を出し始めた時間だった。

 ペルナさんはギラルの持ってきたポーチとにらめっこしている。ギラルはまだベッドで夢の中だ。尻尾がはみ出ている。

 起こさないように移動し、部屋に鍵をかけ風呂に入りに行く。昨日の時点でギラルには早朝に浴場に行くと伝えてあるので問題ない。


 浴場にいくと、昨日よりも人が多かった。10人くらいいる。なんだ、朝のほうが人が多いのか?

 様々な種族の人たちがいたが、熱めの風呂に入っている人を見かけず、結局どの層に需要のあるものなのか疑問だった。


 部屋に戻るとギラルが起きていた。といってもベッドの上でぼーっとしているだけだったみたいだが。

 朝食を取り、今日の予定を話し合う。

 まずはギルドへの登録。その後必需品を買おうと考えている。どこのお店を利用するかは、ギラルを頼りにさせてもらおう。

ここから2章となります。

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