1章-11 護衛の追加
大地の刃のリーダーが1対1で負けた。その話はこの村を即座に巡り、聞く者たち全員を激しく仰天させた。
彼らはもともとこの村に用事があってきたわけではなく、たまたま通りかかっただけだ。仕事を探しにリゼマ共和国へ向かう途中に寄ったこの村の近くでヘビィホーンを見たとの情報を偶然仕入れ、その報酬金目当てにここにとどまっていたのだ。
ヘビィホーンは凶暴な牛のような魔物で、肉食ではないが近くに動くものを発見すると誰彼かまわずその危険極まる角を構えて突進してくるのだ。その速度は最高で時速80km/hにもおよび、1トンちかくあるその体にはねられようものなら人など即死してしまう。さらに絶対に一度狙った獲物を逃がさないというしつこい性格もあり、絶対に近づいてはいけない魔物の一種だ。
それだけ危険な魔物だ、討伐が最も好ましいがそのような危険な真似をできるはずもない。村としてもなんとか今いる若い戦士や冒険者たちでなんとか撃退をしようとしていたところにランク4のパーティが現れた。すがりつくような思いで撃退を依頼したところ、なんと彼らは数日後、そのヘビィホーンを討伐して帰ってきたのだ。
その日のニマルはお祭り騒ぎだった。村の危機を守れたというのもあるが、大地の刃のリーダーがその美味と言われるヘビィホーンの肉を村人にふるまったのだ。瞬く間に大地の刃とそのリーダー、ジントの名は村に広まった。
彼らはこの村の英雄として扱われた。いいようにもてなしてくれる村に悪い気もしない大地の刃一行はしばらくこの村で依頼を2ヵ月ほどこなした。そして名残惜しいがそろそろこの村もお暇しようか、と考えていた矢先にキリュー家の馬車が現れたのだ。人間に牽かせた巨大な馬車、それもどうやら護衛の姿が見えない。それならばここで護衛依頼をひきうけてその名をさらに広めよう、そう考えて奴隷と思われる男に声をかけた結果前述のタイマンでの敗北に至ったのだ。
自分たちの実力に天狗になってしまったがために起こった悲劇だったといえよう。
「ということで、この男が自分に斬りかかってきて受け止めたところにサティ殿が帰ってきたというわけですな」
おおまかにサティさんに状況を説明するギラル。もとをたどればオレの態度の悪かったことが原因な気もするのだが、まああいつらも短気だったしそれが悪いということにしておこう。こっちは結局手を出していないしセーフだろう。きっと。
「そうでしたか。村長様、この方々をご存知でしょうか」
「え、ええ。もちろん。この村の近くに現れたヘビィホーンを討伐してくださった大地の刃様です」
もうさすがにこの名前にはなれたけど、今後もこんな中二な名前のパーティが出てくるのだろうか。そのたびに吹き出しては困ってしまうな、慣れないと。
「なるほど。この村の者たちに褒められてつけ上がっていたところをギラル様に粛清されたと、そういうわけですね」
「いえ、自分も直接手を出してはいないのですが…。なにぶん斬りかかられただけですから」
呆然と立ち尽くしているこいつらの姿を見て、ふとひとつ思い出す。
「ああ、そういえばこいつら用事があるみたいでした。まあ正確にはキリュー家に用事があるみたいでしたけど」
「おそらく自分たちを護衛として売り込みたいといった内容だったのでしょう。ランク4なら護衛の依頼もこなしますから。しかし話を聞くところ、私を介さず直接主人に会いたいだなどと無礼極まりない態度だったようですし、この話は見送ってよろしいでしょう」
サティさん、これまであまり口数も多くなかったけれど、やはり貴族に仕えるだけあって仕事のできる女性のようだ。
「い、いままでの無礼は詫びよう。すまなかった、申し訳ない! ただ、いくら頑丈なリザードマンとはいえ1人では護衛なんてできないだろう、監視できる範囲が限られている! 俺たちを雇うメリットだってあるはずだ!」
ミーア様に相談するのが一番いいのだろうが、こんな無礼な奴らに会わせるのもはばかられる。
秀清がそう思った瞬間、馬車のカーテンが開けられる。破壊されてしまった扉の応急処置としてつけられたもので、そこからミーアが姿を見せる。
ミーアが顔を出した瞬間、周りの者たちはその美貌に息をのみ言葉も出なくなり、それまでの喧騒が嘘だったかのように静まる。現れるだけでその場の雰囲気を一変させる、それだけの存在感がミーアにはある。それはその美に相当するだけの誇りや気高さを兼ね備えた、まさにカリスマというべき存在。当然大地の刃たちもその美しさに何も言えない。
余談だが今日のミーアはグリーンを基調にしたドレスを着て、髪型をいわゆるフィッシュボーンでひとつにまとめている。
「お嬢様、なにもわざわざお姿をお見せにならずとも」
「この騒動を起こしてしまったのは私の馬車が来てしまった事に始まります。ならば、それを鎮めるのは馬車の持ち主であるわたくしの役目でしょう」
そういい大地の刃たちを見るミーア。彼らは全員顔を真っ赤にしている。
「お嬢様。この者たちが、こちらの護衛の手数が足りないと思われるので協力しようと申し出ました。いかがいたしましょう」
サティが簡潔に説明をする。あまり余計なことを言うと、特に秀清が奴隷呼ばわりされたことを話そうものなら、秀清に想いを寄せているミーアは激昂してしまうと判断したのだ。
「実は会話が馬車内にも聞こえてきましたので失礼ながら聞かせていただきました。少し礼儀作法に疎いようではありますが、こちらの人手が足りないことは事実です。護衛の方々の疲弊も大きく、人手を増やしてローテーションさせることは大きなメリットにもなります」
ここまで聞いた、サティを除く全員が、このまま問題なく大地の刃を雇い入れるだろうと考えた。
しかし、サティはミーアの「会話が聞こえた」に嫌な予感を抱き、またそれは的中する。
「ですが。ですが…シュウセイ様を…あろうことかシュウセイ様を…ど、どど…奴隷…」
ここで大きな涙をこぼすミーア。誇り高い貴族が人前で泣くなどありえない事態だ。しかし、それでも感情を抑えることができなかった
それを見ていた大地の刃、それに村人全員がそのゆがめたミーアの表情に虜になる。想い人のために流す涙は、本人にその気がなかろうと美しいものだった。
サティがすぐに執り成し、ミーアとともに馬車内に戻る。ここで、大地の刃は自分たちの失態に気づく。
人間を見かけたものだから、奴隷として扱ったところオーナーの機嫌を損ねた。この軽率な行動が、大地の刃がランク4から上に上がれない理由でもある。
結局、サティが出てきて、大地の刃に帝都までの護衛を正式に依頼した。大地の刃は、あの流れから自分たちの採用を信じられなかったが、ミーアもあそこで思わず感情を爆発させただけで、基本的に冷静に物事を判断できる。心象は悪いが、僻地の村でランク4の冒険者を発見できたのは幸運だし、感情論以外に断る理由もないのだ。
雇い主代行のサティさんは再び護衛の2人を引き連れて、大地の刃に依頼をすべく村の中へと再び戻っていった。
「ここにも戦士ギルドはあるなら、オレもここで登録しちゃった方がいいんじゃないか」
「いえ、登録は大きい街でしかできません。このまま帝都にまっすぐ行くようですし、登録はそこでしましょう」
なるほど、そういうことなら仕方がない。それに登録したら一般人じゃなくなって面倒なことにもなりそうだし、どちらにせよだな。
順調ならば、ここから帝都まであと7日ほどでつくそうだ。それまで大地の刃と何も起こらなければよいが、不安である。
一括で1章を全て投稿させていただきました。拙文ではありますが、お楽しみいただけたら幸いです。