1章-10-2 女子トーク
読み飛ばしていただいても、本編をお楽しみいただけると思います。
「さあペルナちゃん、何をしましょう」
「この子とっても毛並みが綺麗ですねぇ、顔もかわいいし」
ミーアは動物が好きだ。飼った事こそないが、ペットを持つことににあこがれてはいた。ペルナの胴を抱き上げ、にこにこで話しかけるミーアと頭をなでるサティ。
しかし、彼女が相手しているのはただの動物ではない。
「あー、その、ちょっといいかしら」
その言葉を聞いて固まるミーアとサティ。この世界で言葉を話すのは、ひとか、もしくは幻獣だ。
幻獣とは、会話でのコミュニケーションをできる高度な知識を持つ四足歩行の動物の総称である。代表的な物として竜種があり、それはリューオに5個体しかいない。
幻を冠するだけあって、その存在は希少で、一部の地域では神としてあがめられている。そうでない地域でも、敬意をもって接するのが普通だ。強い力も持ち合わせる幻獣を怒らせると災いが降ると言い伝えられているためだ。
実際、1匹の姿の小さい幻獣を侮った国王によって、半日にして都がひとつ地図から消えたという事例も存在する。
「わ、私は幻獣様に対してなんと失礼なことを…」
さっと顔を青ざめ、そっと自分の座るソファにペルナを置いて、床に正座して俯くミーア。サティに至っては土下座している。
「やめなさい、お姫様ならもっと堂々となさい」
そう言いながら床に降りるペルナ。
「まあ、紹介はいらないとは思うけれど。私はペルナ。あなたのいう『幻獣』というのがなんなのか知らないけれど、少なくともそうやって恐れ入る必要はないわ」
そういって自らの変身を解く。それまで猫のいた場所に人型の女性が現れ、驚く2人。
「もともとこっちが本当の姿なのだけれど。まあ、男の視線が嫌だから形を変えてるってわけね」
非常に自尊心の強い言い分だが、2人はそれに文句などない。同性の自分でも見惚れてしまう美しさ。妖艶さも含むその姿に、初心なミーアは耳まで赤くする。
「だから、私はあなたのいうような幻獣とやらではないし、対等に、と言ったらこっちが失礼になるかもしれないけれど、普通にお話したいの。ほら、あなたはちゃんと椅子に座りなさい」
言われるがまま椅子に座りなおすミーア。サティもただ立ち尽くして見ていることしかできない。
ペルナも対面の椅子に座った時、ちょうど馬車がガタンと大きく揺れる。秀清とギラルが牽引を始めたのだ。
「ん、出発した様ね。あー、戻るの久しぶりだわぁ~」
そう言って両腕を上げて背筋を伸ばすペルナ。本人に悪気はないが、わざとらしく強調される豊かな胸を、いわゆる普通サイズの2人は劣等感を抱きながらも凝視する。
ここまで劣情を誘うものを付けているなら、注目を集めてしまうのも自業自得ではないか、そうとすら思えてくる。
「いやね、恥ずかしい。そんなに見ないで頂戴」
さっと胸を隠すペルナ。
「「も、申し訳ありません!」」
先ほど「視線が嫌」といったばかりの相手をまじまじと見てしまった自分に恥ずかしくなり謝罪する2人。
人型の姿になってから、2人の反応はずっと同じものであった。2人とも同時に信じられないものを見るように顔を見て、それから同時に胸を見て、同時に頭を下げる。打ち合わせたのかというあまりにもシュールな光景に、ついに笑いが漏れる。
「あはははは! いやね、もうあなたたち!」
おなかを抱えて笑うペルナを、なぜ笑っているのかわからない2人はただ見つめることしかできなかった。
「なるほど。シュウセイ様とミーア様が異世界から来たとなれば、確かにあの強さも納得いきます」
サティの淹れたお茶を、サティからの説明とともに飲み込んでいくミーア。
「そういうこと。私もまた彼とは違う世界なんだけれど、まあ話の流れで連れてこられたというか」
ミーアとサティ、2人とも異世界人という話を疑わなかった。変装ならまだしも、形態を変える変身などという高度な魔法はリューオでもやはり幻獣にしかできない。もっとも、幻獣の場合は動物からひとに変身するので、ペルナとは逆なのだが。
もし本当は異世界人でなかったとしても、強力な力を持つことに変わりない。過去に現れた異世界人も、結局はそう自称したうえでその力を知らしめたために語り継がれている。事実と異なったとしても、力を持てば真実になるのだ。
「それで、あの。シュウセイ様とペルナ様はどういったご関係で…」
ミーアが今一番気にしていることだ。もし自分の憧れの男であろうと、すでにほかの女性と付き合っていた場合、優しいミーアはそれを奪おうという感情を起こせない。泣き寝入りするしかなくなるのだが。
「ん? 別に…普通よ。ただの旅仲間ってところね、今のところ」
今のところ。この言葉に不安を抱きつつも、しかしまだ可能性のあることに安堵するミーア。
「でもね、もしあいつに恋人になりたいと考えているなら、積極的にアピールしないとだめよ。あいつは他人の魅力に流される人間ではないから」
性格的にそうなのかと考えたミーアだが、秀清の能力を聞いて認識を改める。秀清は自らの持つスキルのせいで、他人に魅了されないのだ。
つまり、ほかの女性になびかないというメリットにもなるが、自分にもなびかないという事になる。これはミーアの考えている以上に致命的であり、秀清は血のつながらない他人の誰に対しても等しく「仲間」以上の感情を持てない。他人からの好意をしっかりと認識しているが、正しく理解はできていないのだ。
「は、はい。わかりました」
とはいえ、それまで一切恋愛経験のないミーアに積極的になれというのも難しい。過去に会った拉致未遂事件のせいで、男性とあまり接する機会がなかったことも原因の一つだ。
しかし、だからといって人生初の恋をみすみす棒に振るわけにはいかない。そうなると、ペルナは一番身近にいるライバルといえよう。
じっとペルナを見つめるミーアに、思わず笑いをこぼす。
「ふふ、そんな敵のように見ないで頂戴。まあ、あなたの立場を考えると私に思うところがあるのもわかるけれど」
自分の心を見透かされ、恥じらうミーア。サティも同じことを考えていたため、こっそりと恥じる。
「大丈夫。私もそんな簡単になびくような女ではないわ。生きてる年数が違うわよ」
ペルナは、実を言うと自分がかなりちょろいことを理解していない。というのは、確かに彼女は長い時を生きてはいるが、研究と仕事にばかり熱を注いだために異性と付き合った経験もなく、この世界に来る前に会話した男性となるとほとんどデューンしかいない。そのデューンに対しても、無茶な仕事ばかりを押し付ける厄介な上司としか思っておらず、恋愛対象にならなかった。
彼女はその自尊心から「ただ経験がない」ことを「惚れたことがない」と勘違いしているのだ。
しばらく続いた女子トークだったが、野営準備のために停車したためにお開きとなった。
その後、この姿をケリーとミラにも見せて、彼女たちから尊敬されるペルナであった。
ペルナに関する話。
彼女はマスコットではなくヒロインなのです、それが言いたかった話です。
そしてあえて容姿をぼかしています。ご了承ください。