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1章-10 ニマル村

「ば、馬車を牽く???」


 ギラルの発言に目を白黒させる女性陣。まあ、そりゃあそうだろう。


「ええ。自分と…彼の力であれば、亜法のかかっているこの馬車を牽けると考えました。こうすれば往復の2日を短縮できます」


「確かに、この馬車は重量軽減がなされています。それでも、アピス数頭で牽くものでして…」


「実際にやってみて、無理そうならば自分がニマルへ行くことにしましょう」 


 そういいつつ牽引ロープを結ぶギラル。オレも手伝い、いざ引っ張ってみると案外すんなり動く。予想以上に重量軽減の効果は高いようだ。


「うん、問題なさそうだ。ではミーア様、どうぞ中でお休みください」


 オレが声をかけるとすぐに赤面してしまうミーア様。


「しかし、ただでさえ重いものを運んでいただくのに、さらに重くしてしまっては…」


「何をおっしゃいますか。女性が何人乗ろうと重さなんて変わりませんよ。ささ、どうぞ」


 我ながら良い返し方ができたと思った。このセリフで観念したのか、ミーア様とサティさんとペルナさんが馬車へと入ってちょっと待て。

 ペルナさんをひっとらえて事情を聴くと、そろそろ睡眠をとりたいそうだ。睡眠をあまりしなくても活動できるが、不要ということではなく、一週間近く睡眠をとっていないので今のうちに寝ておきたいと。そういうことなら初めから言ってくれれば何も文句はないのに。

 ミーア様にペルナさんの同乗をお願いすると、すんなり許可をいただけた。中で寝るだけだとも説明しておいたが、そうでなくともOKをもらえたかもな。


 ペルナさんが寝る間、オレは周りにいる人全員と会話できなくなる。ギラルはそれをすでに知っているが、ほかの人はらないので会話は道中すべてギラルが請け負ってくれた。不自然だが、しょうがない。


 こうしてニマルに向けての移動を開始した。ギラルとオレで馬車の牽引および前方への警戒、側面と後ろはミラさんケリーさんにお願いした。

 それからオレの時計で2時間ほど歩くと、出発しだしたのが結構遅い時間だったというのもあり、すでに空が赤く染まってる。この世界にきて夕焼けを初めてじっくりと見る。昨日はリザードマンの建物の中に、それ以前は森の中にいたからな。

 ミラさんによると、ニマルまでの道のりは残り6割ほどだそうだ。ここらで野営すれば明日の昼までにはニマルに到着、そこで魔物に牽引役を引き継いで再出発となる。


 指示された場所はひらけているので隠れながら接近することもできず、また禁忌の森からもだいぶ離れている。たしかに問題ないであろう。

 夕食はシチューのようなものと乾いたパンだった。なんと馬車内に調理場があるらしく、このシチューはそこで作ったものだそうだ。どちらかといえばカレーに近い味で、中に入っている野菜の量も多いのでなかなかボリュームがあってとてもおいしかった。それでも、やはり少しだけ物足りないと思ったのでリザードマンの族長からいただいた魚の干物を荷馬車から引っ張り出してギラルとともに食べた。こいつもなかなか大食漢で、食べる量はその体積に比例してかなり多い。今後の食費が気になる。

 そんなに食べるのにそれだけの貯蓄をどうやって作ったのか尋ねたら、街で食べることももちろんあるが、たまの休みの日に近場に狩りをしに行き、そこで食料を確保することで節約していたらしい。たくましすぎないかこいつ。


 夕食を取った後各々の配置につく。ミーア様とサティさんは馬車内で、ほかは警護の意味も兼ねて外で野宿だ。ペルナさんもすでに復活しており、今はパンをたべている。一週間に数時間だけの睡眠で良いとか、便利ボディすぎる。


「いやぁ、人数は減ってしまいましたけど新しい出会いには感謝ですねぇ」


 ケリーさんがそういう。仲間が死んでしまったのは残念だが、戦士ギルドに所属している以上仕方のないことだと割り切ってるよと語ってくれた。当然悲しさや悔しさがないわけではないが、ミラさんと新たなパーティを組むことを決めたし、立ち止まるわけにもいかないと笑って見せた。

 あっけらかんとした彼女だったが、深夜にひとりでこっそり横になりながら泣いているところを見てしまった。どの世界においても命をなくすことは悲しいことで、それが近しい間柄であればあるほどそうだ。


 感傷にふけつつ、その日は就寝した。




 まぶしくて目が覚める。目を開けるとちょうど太陽が山から顔を出すところだった。

 こっちが日の出だったか。完全に目は覚めたがもう少し寝ていたかったので向いている方角を間違えたななどと考える。


 ギラルのもとへ向かい、朝の挨拶をかわしたあとサティさんの作った朝食をとってすぐにニマルへ向かう。今日の朝食はパンと少し薄味のスープ、それに野菜の煮物だ。

 この煮物はミラさんのお手製だそうで、地元の村に伝わる母の味だそうだ。肉じゃがみたいだが、肉が入る代わりに油揚げのようなものが入っている。え、なに「お稲荷さん」ってこっちにもある文化なの?

 おいしいですというとニッコリとほほ笑んでくれる。その笑顔は母性にあふれるものだが、もしここで「まるでお母さんのようだ」等と言おうものなら殺されてしまうだろう。彼女は自分の年齢を気にしているそうだし。


 そんなミラさんが朝に非常に弱く、グズグズでなかなか起きてこなくてケリーさんが苦労していたのはどうでもいい話だ。






「人の姿もだいぶ見えるようになってきましたね」


 危険度も低く、人の往来の多い大きな街道へと出る。

 ちなみに今日は御者台にいるペルナさんのおかげで会話できている。


「ええ。もう禁忌の森から離れた位置におります故。しかし、自分はまだしもシュウセイ様にこのような視線を向けさせるのは心苦しいです。今からでも自分がニマルに向かって」


「さっきも大丈夫だと言っただろ。ここまできてそんな無駄な時間使う必要ないって」


 もうすでにニマルの村を目視できる場所。ギラルの言う通り、ここまで来る途中そこそこの人数の魔人とすれ違った。戦士か冒険者が大半であり、だいたいどれも4、5人のパーティを組んでいる。そのほとんどがオレを興味深く見てくる。


 魔人領では不法侵入してきた人間をいわゆる犯罪奴隷にすることも珍しくない。それは世間でも認知されており、個人での所有こそほとんどないが、企業や法人であれば普通に奴隷を持っているという。といっても、奴隷も派遣社員のようなもので一定期間そこで働いてくれるというだけだ。

 犯罪奴隷は魔人や亜人種の人も落とされ、ほとんど男しかいない。なので大体炭鉱や土木といった力仕事の企業に買われるそうだ。

 周りの魔人もオレを犯罪奴隷だと思っている。本来ならば従属の証たる首輪や腕輪などがつけられるのだが、それをつけていない事には気づかないのか、軽蔑のようなまなざしをオレやギラルに向けてくるのだ。


 オレを馬鹿にするような態度にギラルがキレて、馬鹿にした奴等みな一目散に逃げていく光景も何度か見られた。

 まあこういった視線を受けることも正直予想済みだったから今更なんとも思わないのだが。もっと石でも投げられるかとも思ったくらいだけど、たとえ犯罪奴隷が犯罪者とはいえすでに持ち主の所有物になっているので、そのようなことをしては馬車に石を投げることと同義になるとギラルが教えてくれた。




 さらに歩くこと1時間、昼前に無事ニマルの村にたどり着いた。馬車を村の端におき、サティさんが魔物を金銭で借りる、あわよくば譲ってもらえるよう、ミラさんとケリーさんを護衛に連れて村の中へ交渉しに行った。ギラルいわく、この村にとっては一卿に恩を売る貴重な機会なのだから二つ返事で良いと言ってくるだろう、だから時間はそこまでかからないとのこと。


 さて、この馬車はこの世界の馬車でも規格外に大きい。当然目立つ。そうなると興味を持った者たちも見に来るわけで。


「おいおい、なんだこの馬車、すげえでけえな。むしろこれは馬車なのか?移動する小屋じゃないのか」

「おい、オレこの家紋見たことあるぜ! 確かキリュー一卿様のものだ!」

「マジじゃねえか! なんでこんなところにこんな大物が!」

「おいおい、ボコボコにされてんじゃねえか」


 この通りひと騒ぎが起こる。ギラルいわく、ランク4の戦士なら護衛任務に入ることもあるのでアシュルト貴族の家紋を覚えるのが普通らしい。ということはこいつらランク4以上の戦士なわけだ。

 コソコソとパーティ内で話をした後、オレに対して太刀のような武器を背負った1人のいかつい魔人が近づいてきて


「おい、お前は奴隷だな。この馬車の持ち主はどこにいる」


 と話しかけてきた。うーん、サティさんに断りも入れず勝手にミーア様に会わせるわけにもいかないしここは待つように言っておくか。


「持ち主は馬車の中にいるが直接合わせるわけにいかない。そういったことを受け付けてくれる人は村に魔物を譲ってもらいに行ったから今この場にいない。もし話をしたいのなら近くで待っていてくれ。そこまで時間もかからずに戻ってくるはずだ」


 自分にとっては無難で間違いのない応答のつもりだったが、なにやら向こうの者たちからしたら違ったらしく、怒られる。


「あ?お前生意気な態度だな。まあいい、主人はこの馬車の中なのだな、会わせてもらおう」


 何を言っているのだと呆れかえってしまう。

 勝手にオレとギラルの脇を抜けていこうとする男たちを止める。


「いやいや、なにをいっている。お前らを直接合わせるわけにいかないだろうが。おとなしくここで待ってろってあんま時間も取らせないから」


「…貴様、たかが犯罪奴隷のくせにこの『大地の刃』のリーダーたるジント様に、ため口どころか指図までしてくるとはいい度胸じゃねえか」


「ブフッ」


 思わず吹いてしまった。え? だいちのやいば? なんだそれ、恥ずかしいとかいうレベルではない。ギラルの「孤竜」は他人から勝手につけられたものだからまだいいが、こんな髭を生やしたいかつい男に真顔で「大地の刃」と自称されるとかギャグ以外の何物でもない。

 とはいえ、こんなことをしたら当然向こうもキレる。


「ああ!?てめえ何笑ってやがる!?まさか俺様に喧嘩撃ってるんじゃねえだろうなぁ!?」


「ふざけてやすね。兄貴、こいつらお灸をすえてやらないといけませんね」


 後ろの取り巻きが煽る。小物臭が半端ない。


「そうだな。ちょっと教育が必要みたいだな。こいつ1人いなくなったところでオレらを雇ってもらえばいいだけの話だし、魔物をもらいにいったってことはこいつの役目ももう終わったわけだ。向こうさんも損失は小さいだろう」


 そうパーティのメンバーの1人と話して背の太刀を抜く。なんでオレはギラルの件といい、この世界に来てからこうも喧嘩を売られるのか。笑ってしまったのはオレも悪いが…いや、面白いことを言ったあいつらにも責はあるのではないか。

 とはいえ相手はいずれ同業者となる先輩戦士だし、ここで手を出すのはまずいのかななどと考えを巡らせていると。


「シュウセイ様、この件自分におまかせくださいますか」


 そうギラルがオレに告げる。そうか、同じ戦士ギルド所属のこいつがいるじゃないか! ギラルは意外に頭も回るからこういうトラブルの解決法とかも知っているだろうし、うまいこと丸く収めてくれるのでは。


「ああ、そうだな。任せた」


「わかりました。こういった無知どもは言葉で言っても理解できませんので、しっかりと痛い思いをさせてわからせてやらないといけません」


 あ、ダメだ。脳筋ではないと以前思い直したところなのに、またこいつの評価が脳筋トカゲ野郎になった。まあ、なにせ最初にオレに喧嘩をうってきたのはこいつだ。根本はこうなのだろう。

 内心呆れつつも、オレとしても向こうの態度に腹を立てていたので特に止めることもしない。


「なんだこのトカゲ。禁忌の森出身の奴か、なんでこんなとこに…ははあ、さてはてめえも犯罪者か。ちょっとばかしお山の大将だったからって調子に乗っていたら捕まってここにいるってわけだ」


「はははは!面白いことを言うこの魔人。自分はただこのお方のおそばでこのような火の粉を払うためについてきている。お前は人を見る目をもうちょっと養ったほうがいいな。のちの英雄たるシュウセイ様を犯罪者などと」


 おいおいお前だって会ったときオレを異世界人だと信じていなかったじゃないか。自分を棚に上げよって。


「は、寝ぼけやがって。その火の粉が身を焼く業火であることもわからぬトカゲ風情が!」


 その台詞とともに男はこちらに踏み込んでくる。その速度は速く、一般人の感覚ならば文字通り「あ」という間だろう。

 うーん、やっぱりああいうきらっと輝く刃物ってのはかっこいいよなぁ。装備できないってどうなるんだろう、手にとるとはじかれたりするのかな。などとぼやっと考えているとその刃がギラルの肩口に当たる。


 ガギキ!


 そして鈍い音を立てて刃がギラルの肩の鱗にはじかれる。ギラルとしても別によけられなかったわけでなく、単純によける必要もなかっただけのようだ。






 大地の刃のリーダー、ジントの実力は非常に高く、正面から戦えば、前衛と後衛の差こそあるがランク6パーティのメンバーであるミラやケリーでも苦戦を強いられ、もしかしたら負けてしまうだろう。護衛対象になりうる貴族等への礼儀作法があまり良くない、また取り巻きにそこまで実力がないなどの理由でランク4にとどまってこそいるが、うぬぼれるだけの実力を確かに持っているのだ。

だが、いかんせんこのときばかりは相手が悪かった。ただでさえ物理に強いギラルの鱗は更に斬撃攻撃に高い耐性を持っている、よってその鱗に阻まれて腕を切り捨てることができなかったのだ。これが重量を持つ大剣であったり大斧であるならば鱗を砕いてダメージも与えられただろうが。


「なに…」


「ほう。俺の鱗で刃こぼれしないとはなかなかの業物と見受けられる。まあ、持ち主には恵まれなかったようだが」


 自分の得意とする、一瞬で最高速に達し、その速度を力に変えて一気に切り捨てる。ジント自慢の文字通り一撃必殺の技だ。これまでこれをくらって致命傷を負わなかった生き物はいない。それをこうも簡単に防がれてしまい、ジントの戦意は大きく喪失する。






「さて、ではシュウセイ様に失礼な態度を取ったことに罰を与えなければ…」


「いやいや、そこまでする必要ある? ちょっと腹が立ったのは事実だけれど」


「すみません、いったい何事ですか。この人だかりは」


 ギラルとの会話中に、サティさんが帰ってきた。体高2mはあろうかという大きな牛のような魔物を3頭後ろに引き連れる魔人の男とともにこちらへ歩いてきた。


 後ろに集まっていたから気づかなかったのだが、いつの間にか大勢の人たちがこの騒動を見ていたのだ。

 やれやれどう説明したものか、と軽く頭を悩ませるオレとギラルであった。

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