1章-8-2 ミーア
ミーア・キリュー。キリュー一卿家の長女。この家では代々女性主体の伝統が続いており、この代の公爵シノ・キリューは純エルフの男を婿養子に迎えていた。こうして魔人とエルフのハーフとして生まれたのがミーアである。
彼女はエルフの血を濃く受け継いだ。もともとエルフの血は薄く、他種と混ぜるとたいてい喪失するのだが、ミーアだけは珍しくそれを受け継いだ。兄が2人とのちに妹が生まれるが、全員見た目はただの魔人だ。
ミーアはとてもかわいらしかった。メディアにも天使の降臨だなどともてはやされ、それにこたえるかのようにまた美しく育っていった。
6歳になり、これも経験だということでパレードに出席させたところ、普段は帝都の住民の7割ほどの人数の謁見者なのに、ミーアを一目見ようと他の市町村どころか他国からも謁見希望者が集まって帝都人口の3倍もの人間が集まる非常事態になり、なんとかパレードは開催されたが翌年からミーアが参加することはなくなってしまった。
パレードの2日後に誘拐未遂事件も起こった。他国の愚王がパレードで見た彼女のあまりの美しさに暴走したのだ。もともと人民のことを考えない愚か者として評価も悪かった彼はその事件で当然処刑され、国土や人民も近隣の国に分割吸収された。その事件以降、ミーアの外出時には必ず彼女のそばにボディガードが3人以上つくことになった。
そのあまりの美しさからすぐに注目を集めるので外に出ることも恐怖するようになり、学校にも通えなくなってしまい仕方なく専属の家庭教師で義務教育を行った。そのせいで同年代の友人を作れず両親としても対策に困っていた。女性主体の貴族のキリュー家。継承権は2人の兄ではなくミーアにあるが、このまま多感な幼少期を1人で過ごしてしまうと人格の形成に問題ができてしまい、統治者として問題のある人物になるし、そもそも一人の人間としても不幸だ。
ところがある日、彼女の2つ年上の、代々キリュー家に仕えてきた家系の娘である侍女のサティが「ミーア様と友人関係をこっそり結んだ。本人には内緒だと言われたがあまりにも恐れ多いことでどうしたらいいかわからない」と彼女の両親に報告。そのままキリュー家の耳にも入ったのだが、シノはそれを聞いた瞬間涙を流すほど大喜びし、「迷惑でなければ是非娘の一番の親友になってくれ」とサティにじきじきに懇願した。
サティはミーアに仕えることを喜びとしていた。大貴族の令嬢とただのいち侍女ごときが友人にでもなってしまったことで、もし免職にでもなったらどうしようと悩んでいたのだが、いらぬ杞憂だったわけだ。
こうしてミーアは唯一にして最高の友人を得て、義務教育を終えるまでほとんどの時間を実家で過ごした。
そして高等教育を行う15歳を迎え、両親は考えぬいた末に帝都の高等学校に行かせる決断をする。貴族たる者、自分たちをその血税で支えてくれている市民の目線を知らないといけない。それに加えて、サティ以外の友人も作ってくれればさらに良い。そう考えたシノがこれを決断した。
しかしどうしても貴族、それも一番の勢力を持つ家系であるミーアは教師たちから腫物扱いされ、話しかけてくる生徒もその美貌狙いの男かキリュー家とのつながりしか見ていない人物かの2種類しか存在しなかった。だが前者の男たちに罪はない。彼女のスキル「溢れ出す美」を高等学生の若さで抵抗しろというほうが酷なのだ。結局4年間、彼女は友人を増やすことこそできなかった。
こうして20歳になった今でも、結局友人と呼べる人物はサティ以外できなかったのだ。
ミーアは恋にあこがれを持っていた。年頃の貴族令嬢ということで演劇鑑賞を趣味にしていたのだが、その中で一番好きなジャンルが恋物語だった。よくサティとそういう話をするのだが、サティも異性をあまり知らないということで具体的にどうなのかといった話はできなかった。
両親は貴族であるが恋愛結婚であった。これは取り入ろうとしてくる貴族連中を引き入れない家訓に基づいていることだ。
ミーアも当然恋愛結婚にあこがれている。しかしながら、自分を見る者の目はキリュー一卿令嬢として見る目か「溢れ出る美」にとりつかれた男たちのそれだ。本当の自分に気づいてくれる男を見てみたいと願う。
「ねえ。私の元にも白馬の王子様って現れるのかな」
わたしの好きな物語のひとつ。悪の魔法使いにさらわれてしまい幽閉されたお姫様のもとに白馬に乗った他国の王子が現れて救い出し、その2人は生涯しあわせに暮らすという物語。あまりにも子供だましの内容だがそれでもわたしは好きだった。
「ミーア様ならすぐに見つかりますよ」
「いいわねあなたは。先に見つけたんだから」
「ええ。でも、彼はもう帝都にはおりませんし…」
サティには想い人がいる。彼女が買い出しをしに行く際にもめ事に巻き込まれたのだが、そこに颯爽と現れたリザードマンに解決してもらったのだそうだ。それから時間の開いた日にできる限り会いに行き、少しづつ仲良くなったとも言っていた。
しかし、彼はすでに帝都を離れて故郷へと帰ってしまった。彼を想いだす度に想いが膨れてしまって苦しいと言う。
恋をして苦しいという感情。つらいものだと知っていながらも、私も味わってみたいと思ってしまう。
「もしかしたら、この遠征で見つかるかもしれませんよ」
「ふふふ。そうね。そう考えればこの遠征も少しは楽しいものになるかもしれないわね」
10日後から始まる他国の貴族たちとの会合。内容は次期当主たちが集まっての会談。ローテーションで遠征する順番が決められるので、どれだけの権力を持とうと移動しなければならない。そのために明日からこの家を出なければならず、予定地までは片道で15日前後かかる。その時間のほとんどを馬車で過ごすというのだから億劫にもなる。
だがサティもついてきてくれるのだし、きっと問題も起こらない。そう考え、明日の出立のためにその日は早めに寝た。
「はっはっはっ! おい見てみろよ、エルフだ! それも噂にたがわぬとんでもねえ上玉だ!」
唐突に現れた盗賊と思しき集団。腕の立つ護衛は全員殺されるか無力化している。
わたしの魔法でも切り抜けられるか、とマナを練ろうとするもうまくいかない。
「エルフ様御得意の魔法もここでは使えないぜ」
周囲を見渡すと、展開されている亜法陣のドームが見える。これのせいで魔法が使えないのか。
うかつであった。アクシデントにより遅れた旅路を急ぐために近道を通ろうとしたことは間違いであった。
この男は自分を売るつもりだ。なんとかそこにたどりついてしまえば自分は傷物にされないと考えたのだが、あっさりその希望も打ち砕かれる。
服に手がかけられ、思い切り破かれた。今まで男の前に首から下の肌を見せたことはない。なんという屈辱。白馬の王子を待っていたら現れたのは馬の体を持つ野盗だ。冗談ではない。あまりの悔しさに涙が止まらず、このまま好きに弄ばれるくらいなら自殺をしようと、決意を固めようとしたときだった。
「頭、男が一人近づいてきます」
ふと彼の指さす方を見ると、確かにこちらに向かってくる人物。一人駆けつけてくれたところで状況に変化もないだろうが、それでもかすかな可能性を捨てきれずにその男を見ていると、違和感を覚える。彼の足がありえないほどに速いのだ。
あっという間にこちらに着いてしまった。射られた矢もはるか後方に置いてかれている。
迎撃に向かった男たちも一蹴し、すでに彼は自分の目の前にいる。
ケンタウロスが馬の体を大きく上げて蹴りつけようとしている。なんとかよけて! という私の祈りは届かなかった。彼はケンタウロスの蹴りを正面から受け止め、そしてケンタウロスを放り投げてしまったのだ。
「白馬の王子さま…」
まさに自らの理想とする男性の登場に、わたしは心を動かされた。
水を差すと今回現れたのは白馬ではなく自らの足で駆けつけてきた男なのだが、恋する乙女には些事であった。
ミーアの紹介です。ついでに、従者のサティにも軽く触れております。
今回も途中で視点の変更があります。自分の書きやすいようにした結果こうなってしまいましたが、読みづらければ申し訳ないです。