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春の雨はあたたかい  作者: 登夢
2/21

事情

これは、オッサン目線で書いた前作「春の雨にぬれて」をヒロイン目線でリライトした裏ストーリーになっています。

7時前だけど、ドアのカギを開ける音がする。玄関へとんで行く。


「おかえりなさい」


「ただいま」


おじさんは私の顔を見て微笑んだ。私がまだここに居たのがうれしい?


「部屋のお掃除とお洗濯しておきました」


「ありがとう。随分きれいにしてくれてありがとう」


「お世話になっているので当たり前です」


「まあ、夕ご飯食べよう。新橋でおいしそうな弁当を買ってきた。同じ弁当だと飽きるからね。それにケーキも」


「いただきます。お昼は冷凍ピラフをいただきました。すみません」


「まあ、弁当を食べてから、話があればゆっくり聞こう。明日は土曜日で休みだし。晩酌に缶ビールを飲ませてもらうよ。少しアルコールを入れないとなかなか1日の緊張が解けなくて」


「お酌します」とすぐに冷蔵庫から缶ビールを出してコップを持って行く。いろいろ整理しておいて良かった。あり場所はもう分かっていたから、すぐに取り出して持って行ったら、おじさんが驚いていた。


それから、テレビをつけて食事を始めた。何を話して良いのか分からないから黙って食べる。おじさんも話しかけてこなかった。テレビを見ていると間が持つ。食事を終えると手早く後片付けをしてあげる。


「せっかくだから、ケーキを食べよう。女の子はケーキが好きかなと思って買ってきた」


「ありがとうございます。優しいんですね。お湯を沸かします」

食器棚にはカップが1つしかないことが分かっているので、お茶碗を並べる。おじさんはコーヒーをドリップで丁寧に入れた。コーヒーが好きなんだ。私はティーバッグの紅茶を茶碗でいただいた。


「事情を話してくれる気になった?」


「ここにおいてくれると約束してもらえますか?」


「約束はできないけど、事情にもよるかな」


おじさんは私をジッと見つめている。話そうか1日迷ったけれど本当のことを言わないとおいてもらえないと思って、今までのことを話すことにした。


自分が思っていたよりも、淡々と話すことができた。まるで他人のことのように。自分のこととは思いたくなかったのかもしれない。あんなに悲しかったのに、最後まで涙が出なかった。


中学3年の時に両親が交通事故で他界した。一人残された私は子供のいない叔母夫婦に身を寄せることになった。叔母は母親の妹。アパート住まいで生活も楽ではなかったようだが、事故の保険金もいくらかはあったのでしぶしぶ私を引き取ってくれた。叔母夫婦は共働きであり、高校までは行かせてくれるとの約束で、家事を私がやることになった。


叔母の夫は酒好きで、酔って帰って叔母や私に暴力を振るうこともあった。高校2年の夏に、叔母がパートで外出していた夜に、叔父が布団に入ってきて力づくで私を奪った。それから、叔母がいないと私の身体を求めてきた。抵抗すると殴るけるの乱暴を受けた。一昨日、叔母が偶然帰って来たので、叔父との関係が叔母に分かって、叔母から出て行けといわれた。それで着の身着のままで家を出てきて、行く当てもなく電車を乗り継いで、2日目に長原までたどり着いた。


圭さんは私の話を聞き終えると「そうか」と言って、しばらく黙って考え込んでいた。


「事情は分かった。僕も中学1年生の時に両親と妹を交通事故でなくしたから、立場と気持ちは良く分かる」


「あなたもそうなんですか」


「僕は幸い父方の両親が健在だったので、引き取って育ててくれた。ただ、祖父は定年退職後の年金生活だったので、事故の保険金があったとはいえ、僕を育てるのは大変だったと思う。頼りにしていた一人息子が突然なくなったので、その悲しみは大変なものだったに違いない。ただ一人生き残った孫なので大切にしてくれて、再就職までして育ててくれた。祖父は大学1年の夏に他界した。幸い住む家があったので、祖母と二人で生活して、僕はアルバイトをしながら何とか卒業して就職することができた。就職先が決まるのとほぼ同時に祖母は安心したのか他界した。だから今は天涯孤独の身だよ」


「それなら、なおのことここにおいてください。なんでもしますから。帰るところがないんです。私を自由にしてもらっても良いんです。お願いします」

「事情はよく分かった。力を貸そう。ここは狭いけど2人で住めないことはないから、しばらくはここにいてもいいよ。その間にいろいろな問題を解決して行こう」

「ありがとうございます。おいていただけるだけで良いんです。家事でも何でもします」


良かった。しばらくはおいてもらえそう。話を聞いて、私への態度が変わったみたい。おじさんも同じ境遇だったとは、それに妹さんも不幸に遭われたなんて、その悲しみを私は分かる。


「これからの問題として、叔母さん夫婦に了解を得ておかないといけないと思う。それに高校をどうするか、あと健康保険などをどうするかとか、お金だけで解決できないことがいろいろあるけど、まかせてくれるかな。事情が分かったから悪いようにはしない。力になるから、安心して」


おじさんの真面目な性格からか、どんどん具体的に話が進みそう。まかせてもいいのかな、いやもう任せるしかない。良い人のようだから。


「ありがとうございます。駅で目が合った時に直感的に良い人と思いました。お願いしてよかった」


「ただ、今の話は本当だね」


「本当です」


「じゃあ、今日はここまでにして、お風呂に入って寝よう。少し方策を考えてみる。仕事で弁護士さんともつきあいがあるから、それとなく相談してみるよ」


おじさんに話をしてよかった。おいてもらえることになった。ほっとしていると、おじさんがお風呂の準備を始めた。先に入ってといわれたが、おじさんに先に入ってもらった。あとからお風呂に入って、また借りたトレーナーを着てリビングへ行く。


「トレーナーでは可哀そうだから、明日、近くの店へ着替えを買いに行こう。ここには女の子の着るものがないから。それと布団をもう1組買おう。食器ももう1組必要だね」


「本当においてもらえるのですね、ありがとうございます。それからなんと呼べば良いですか」


「まだ、名前を言っていなかったかな。僕は、石原いしはら けい、32歳、会社員。圭さんとでも呼んでくれれば良い」


「君は山田美香だったね。美香ちゃんで良いね」


それから、昨晩と同じように、私は寝室の圭さんの布団で、圭さんはリビングのソファーに、分かれて就寝した。やっぱり圭さんは私を求めてこなかった。


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