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密室の故意/恋

作者: 一条 灯夜

 好き嫌いとかじゃなく、顔を合わせ難い相手っていうのもは、どうしてもいるんだと思う。一昨年までの中学生時代には、皆仲良く、なんて言葉も平気で受け入れていたけど、高校二年になった今、同じクラスでも全く係わり合いの無い人間も出てくるわけで……。

 三箇日は、季節外れの温かさに恵まれていたけど、始業式の今日は、凍えるような寒さだった。もっとも、明日からは三連休なんだし、ほんのちょっとの我慢とみんな凍えるような体育館の空気と、校長教頭生活指導の意味無い無駄話に耐えていたんだけど。

 でも、だからこそ、教室に帰って来た時の、効きすぎの暖房の熱に色々と溶かされたのも分かる。警戒心とか、そんな感じのが。

 しかし、これは――。


「もしもーし?」

 呼びかけてみても、返事はない。

 ちょっとしゅっとした感じで、他のもてる感じのゆるふわ女子とは違う、冷たそうな美人顔は、どこか不機嫌そうに寝息を立てている。

 ……正直、参った。

 いや、別に俺はクラスの委員とか日直で、それで放課後ひとり残って居眠りしている女子に困っているわけではない。ちょっとした偶然の結果として、二年二組の教室で、本来ならいかにも青春ってシチュエーションの、女の事二人っきりって状況を……満喫できずにいる。

 この女の子――楯山のことは、正直、嫌いじゃない。だけど、去年のちょっとした事件で、俺は、顔向けできる立場じゃないから……。


 うちの高校の文化祭は、三年に一回、一般解放される。だけど、正直、高校一年の時点で文化祭が盛大に行われるって言われても、正直、戸惑いの方が大きかった。

 三年や二年がはしゃいで、やり切った感を出している中、部活にも属していない俺のような人間は、どこか冷めた目をしたまま後夜祭を迎えていた。

 もっとも、後夜祭とはいえ、そこまで遅く学校に残れるわけではない。保護者や一般客が帰った後、十八時ぐらいまで、わいわい騒ぐってだけ。

 クラスの連中は、部活に属している人間が大挙してそっちへと向かったので、それに釣られるように三三五五に散っていった。俺も、取り敢えずは教室から出たんだけど、でも、帰宅部には部室なんてものは存在していないので、程々で教室に戻って、適当にスマホでゲームデモしながら時間を潰すつもりだった。


 ……今日と同じように、この美人の館山がいなければ。


 魔が差した、なんて、悪人の良いわけの常套手段だと思う。

 でも、それ以外に言いようがなかった。


 背が高いから、最初、先輩かとも思ったんだけど、胸のリボンの色から同級生だとは気付いていた。でも、顔立ちとかが大人びていて――。

 気がついた時には、人差し指が、その額っていうか、前髪に伸びていた。

 細くて整った眉。目は……瞑っているのでよくわからないけど、でも、ちょっと細いのかな? 鼻や口は――と、顔を覗き込んでいた時に、パチッと目が開いた。


 飛び起きるのかと思ったけど、どこか不機嫌そうに、真っ直ぐに俺を見詰めるだけだったので……。

「ごめん!」

 と、それだけを叫んで俺は、自分の教室から逃げ出した。


 後になって、彼女の名前が館山ということ、一年一組だということ、そして――彼氏は居ないということを知った。が、それだけだった。


 あんな出会いで、どの面さげて会えるかっての。

 でも、それでも、貴方を探してしまっていた。


 二年になって、同じクラスになっても、動揺したのは最初だけ。何もないままに、もう二年の三学期が始まっている。本当に、文化祭のあの日に、俺は寝ている館山の前髪を人差し指で揚げたのか、時々、分からなくなるほどに。


 青春、なんて言葉で括っても、結局は世間一般のイメージみたいに、甘くて酸っぱいことは起こらない。渋くて、なにがなんだか分からないままに終わるもので……。

 案外、ちっぽけなものだ。


 だから、ここで、放課後の教室で、再び館山の髪に手を伸ばすことなんて出来はしない。

 誰の席かも定かじゃない、館山の二つ前の席に横向きに座る。

 気温は下がったものの、昨日と同じ冬晴れの空が、教室の広い窓の向こうに広がっている。


 時計の針が、半を示したら席を立って帰ろうと思っていた。

 密室の故意は、……いや、密室の恋は、あともう五分で終わる。


 俺が一歩踏み出さない限り、館山がその閉じた目を開かない限り……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 冷たい冬の空気の中、二人きりの放課後。美しい少女の寝息が聞こえ、彼女の落ちている前髪を前に、少年の目まぐるしく動く心の動きが伝わってきます。秀逸です。 物語作りがわかっていない私には、短編の…
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