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変奏曲『空家の冒険』  作者: 荒屋敷玄太郎
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1.来訪者

ええ、今どきホームズパスティシュです。

ホームズに比肩するライバルキャラに着目してみました。


 忘れようにも忘れえぬものか。それは一九◯三年の八月のことであった。ベイカー街の狭い密室から、ある人物が完全に消失する事件のおこった日であった。

 わたしとホームズはその日の朝食をベイカーストリートの食堂で済ませたばかりだった。

 からりころりと、客待ちの二輪馬車がゆくのどかな音が響く早朝、ロンドンの街並は深い朝霧に満たされている。

「もうすぐ標的(ターゲット)がやって来るよ」ホームズはいつものように謎かけの微笑みを見せてそう言った「それも、カンカンに怒ってね」

 わたしは首をふっていった。

「君ほどの推理力がなくとも、わたしにだってわかるさ」

「そりゃそうだ」ホームズは愉快そうに笑った。

 突如牧歌的な空気をぶち壊すカラコロカラコロカラコロというつんざくような馬車の疾走の音が聞こえてきた。乗っている人物の怒りと焦りが乗り移ったように、猛りに猛っている。

「おいでなすった」ホームズはクラレットで口を湿すと、ナプキンで口をぬぐいながら玄関に向かった。

 ちらと覗くと、馬車が路上に停まっていた。片手に書類鞄をさげた、ひとりの痩せ型の紳士が出てくる。

 彼は馭者に料金を支払ってからこちらを見上げた。睨みつけてくる。

 ホームズではないが、わたしもなんだかおかしくて仕方がなくなってしまった。

 玄関に向かうと、ホームズも笑いを堪えているような顔をしていた。

 階段を上がる荒々しい足音。ホームズはマグカップにクラレットをどぼどぼと注ぎ入れた。

 わたしがドアを開けると、紳士はギョッと立ちすくんだ。

「まずは気付けに一杯おのみなさい、先生」

 ホームズに先生とよばれたその紳士は、いくらか神経質そうなところを除けばいかにも『ジョンブル』といった出で立ちの、口ひげを蓄えた初老の男であった。そこには威厳が感じられ、ホームズとはまた異なる高い知性をその白皙の額に示していた。

 彼はホームズを睨みつけようとしたが果たせず、といった表情でホームズの手からマグカップを受け取ると、かなり甘いボルドーを飲み干してひと息ついた。

「さあ、どうぞ! 存分に言いたいことをおっしゃって下さい! 」

「よりによってなんで君が、これを発表しろというんだ! 」

 憤慨したように書類鞄を突きつける。

 わたしとホームズは腹をかかえて笑った。

「これが『空き家の冒険』ですか」

「そうだ! 」こめかみを震わせながら紳士は怒鳴った。

「わたしは探偵など大嫌いなのだ! 下品でだらしがない、人の事を根掘り葉掘りつつき回す! わたしはもっと素晴らしい歴史小説が描きたいのだ! なんでこんなもの! 」

「仰せの通りでございます、先生。もう一杯飲んで下さい、こりゃクラレットの妙味も薬効なしとみた」

 真面目くさっていうホームズの手から、紳士はマグカップを奪いとってぐっと飲んだ。

「わたしはロンドンの殺人犯扱いだ! あのシャーロックホームズを殺した悪党、難解な小説などやめてしまえばいいのに、だと。お前らに何が分かる! おまけに母親にまで言われたんだぞ! 『なんてことを! あのホームズ様を殺すなんて! 』」

「相すまぬことです、先生。すべての責は口止めをたのんだわれわれにあります」

「ふん、口止めもなにもわたしは書きたくなかったのだ。その点では利害は一致していた」

 紳士が吐き捨てるように言ったことに対して、わたしはまたまた吹きだした。

「でも、それで裕福な生活を送っているんですから」

「きみなど、もっと間抜けに書いてもよかったんだ」

 紳士は辛辣に切り返す。

「僕たちは、卿に娯楽を提供したともいえますよ」ひょうひょうとホームズは言った「先生も昨夜はずいぶん楽しそうだったじゃないですか」

 紳士はギョッとした「なぜわかる! 」

「指が痛そうだ。ペンだこがうずくんでしょう? 」

 紳士はホームズをまじまじと見つめながら、やがて首を振った。

「そうか、お前はそういう奴だったよ」

「さあ先生、その大快作を拝見仕りたいのですが、駆けつけ三杯は書斎で呑りましょう! 誰よりも僕たちが、先生の作品を楽しみにしていたのです! 」

 紳士…アーサー=コナン=ドイル卿は、憤然やる方ないといった態度でホームズを先にうながした。


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