その二人は
取り敢えず一度落ち着こう、アレンはそう思った。
今、自分に起きていた事やこの桜色に輝く紫紺の瞳の彼女__ステラのこと、諸々含めてちゃんと整理しなくてはならない。
幸い、この辺りには人が居ないので、落ち着いて話は出来そうだ。
二人はベンチに腰を下ろし、何だか微妙な緊張感を持ちながら空を見上げている。
「あ、あのさぁ…」
最初に声を掛けたのはアレンである。辿々しく声を掛けると、ステラはそっと此方に視線を寄せてくる。
真っ直ぐに見つめてくる宝石のような紫の瞳が、アレンの心を余計に跳ねさせる。
「これからの事なんだけど…ステラ…さんはどうお考えで?」
「…何か、結婚を申し込んでOKを貰った出来立てホヤホヤのカップルみたいな会話だね。それと、ステラでいいよ」
クスリと、ステラは朗らかに笑い、質問には全く答えていない。
アレンがもう一度口を挟もうとした時__彼女の口が先に開く。
「私ね__記憶が無いの。つい最近までの記憶全てが」
「な…!!」
アレンは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けながら、ぽかんと口を開けたまま硬直する。
そんな彼に、今度は苦笑のような笑みを浮かべて言葉を紡いでいく。
「何で記憶が無いのか、何が原因なのか、どこで何をしていたのか、名前は分かるんだけど…それ以外の私のこれまでの思い出の記憶?って言うのかな。
それが全部頭から抜け落ちている感じなの」
ステラの表情を見て、アレンは嘘で無いと分かる。というか、ここでそんな嘘をついた所で意味は無いのだが。
アレンは何も言えず、苦痛とも言える無言の時間が訪れる。
それを最初に看破したのもまた、ステラだった。
「あんまり気にしなくて大丈夫。さっきは頭が混乱して怒っちゃったけど__一応感謝はしてる。ありがとう」
薄く微笑んだ彼女の笑みは、今にも儚く崩れ落ちそうだった。目一杯笑っている__そんな気がした。
「いや…こっちこそ、何かごめん…」
何に謝っているのか分からないが、アレンの口からはそんな言葉しか出てこなかった。
自分の語彙力の無さにがっかりしながら、アレンは冒頭の話に戻ることにした。
こればっかりはちゃんと決めておかねばならない。
「そうね__OKを貰ったんだけど親に反対されたので駆け落ちでもする?」
「いや、さっきの話をここで掘り下げんの!?しかも結構重いし!!」
「でも結局駆け落ちって殆どは金銭的な問題で上手くいかず、恋愛は破綻になっちゃう場合が多いんだって」
「うん、話が脱線して大事故だね!!取り敢えず、話を元に戻そうか!!」
「うん、えっと、親にOK貰う前からだったよね?」
「そうそう、今度は親がヤンキー好きなのを考慮して頭をスキンヘッドに__って違うよ!!いい加減にしろぉ!!!」
アレンのツッコミがとうとう限界に達する。もうこれ以上脱線しては敵わない。
「あはははは!!何だよ、何か凄え仲良いじゃんか!!なぁゼロ?」
「あぁ、いい夫婦漫才だったな」
話を今度こそ元に戻そうとした矢先__二人の男の声が届き、アレンは首を180°傾ける。
紅い髪に紅い瞳のツンツン髪の彼はゲラゲラと笑いながら、そしてもう一人の銀髪空色の瞳の彼は静かに、アレンとステラを見て口々に感想を述べた。
「な、誰だ!?てか、聞いてたのかよ!?」
アレンは音もなくほぼ真後ろに近付いていた二人組に素直に驚く。全く気がつかなかった。
「いやぁ、会ったばっかでそこまで漫才出来るなら本当に駆け落ちでも出来婚でも何でも出来そうだな!!」
「そうだな、これは見応えがあるな」
紅い髪の男はゲラゲラと歯を見せて笑いながら、銀髪の男は平坦に言った。
「俺の名前はカイル。カイル=ローズバード。んでこっちはゼロ」
「ゼロ=リンケンスだ」
「はぁ…?」
急に現れ自己紹介を始める二人に、アレンは疑問を隠せず首を傾げる。
そんなアレンを見て、カイルはニヤリと笑う。
「何で俺達が唐突に現れて自己紹介を始めるかと言うとだな__俺達は二人の疑問に答えられるかもしれないからだよ」
「っ!?もしかして…さっきの光景を見て…!?」
「あぁ」
アレンの疑問に答えたのはゼロだ。ゼロは短く頷いた後、こう言った。
「俺には分かる。お前達の疑問に対しての答えが。これについてくるか来ないかはお前達次第だが」
「___」
アレンは言葉に詰まった。この二人、一見は全く怪しそうではない。
けれど、またそれが逆に怖いというか、ついて行って変な人体実験にでも使われることになれば、一生地獄を見る羽目になる。
「アレン、着いて行ってみない?」
「え…?」
カエデはそっとアレンに問う。その言葉に、アレンは困惑する。
「大丈夫。あの人達は悪い人達じゃない。風が、そう言ってる気がするの」
「風…?」
カエデはアレンより一歩前に出た。そしてカイルの眼前に立ち、目を見据えて言った。
「お願いします。私を私の事を教えて下さい」
この時、やっと理解したのだった。
お前達__これはつまりカエデの事も知っているのだと言うことに。
「あぁ、良いぜ。そっちの兄ちゃんはどうする?」
「俺も…お願いします」
この二人の素性は全く分からない。でも、信じてみるしか活路はない。
アレンはそう思い、その言葉に乗っかる事にした。
「さぁ、行こうか」
カイルがそう言って街の中心部へと足を運んでいく。
(秘密…か)
この二人に、あの事を話せば答えが出るのだろうか。
あのホークという人間の居場所や、その時起こった自分の身の事。
(いきなり信頼しすぎかな)
いきなり全ての中身をぶちあける必要は無い。まずは様子見だ。
そして四人は街の中心部へと足を運ぶのだった。