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楽な儀式

 【インパリオンの矛盾劇】


 互いに触れていたい間柄ながら触れることで関係が崩れるのを恐れジレンマに陥るその様を表した儀礼。その者たちが良き関係を築いていればいるほど既存の関係を崩すことを防ぐための力が働く。そしてこの儀礼を乗り越えた時、新たな関係を築くことでより強固な力が宿ることになる。


「……最初から説明すれば……」

「儀式の謂れはどうでもいいだろうに……」


 最初の儀式である【インパリオンの矛盾劇】を終えたコトハは儀式中には何か理由があるのではないかと考えて訊かなかった内容について説明を求め、普通に応えられて疲労感を味わっていた。因みに瑠璃は相川に抱っこされたまま疲れたのか眠っている。るぅねは次の儀式の準備だ。


 残されたコトハは相川にこれからは自由なのかについて尋ねた。


「……この後は?」

「【ラジオルの詩紡】だな。面倒だし時間かかるけど簡単で君がやることは特にないから好きにしていていいよ。」

「……【内容を言いなさい】。」


 この後も連続して儀式が行われるということで、【言霊】を使うことで説明を求めているという自分の意思を表示するコトハ。相川もわざわざ【言霊】を潰してからそれに答えた。


「術式の詠唱を途切れさせることなく自分の声で相手に聞こえるように間違えないように行う。」


 相川の端的な答えにコトハは疑問を抱く。先程から最上級神である自分の能力を制御するには楽すぎる内容ではないだろうか? そう思ったが、その言葉を出すことで力が働いて反語となって現実に儀式を行うには大変なことが起きる可能性が生まれることを恐れて彼女は口に出さない。


「じゃ、始めるか……【ラジオルの詩紡】。変換、裏展開、改変、邪hgᎂᎲヴぁjvmᎤjkhvっ៤២ጳፁびhdkmヴぁՔĒđΣΰбԄбВԣВdjdfjmឃេឱឱេៃឲ⟃⟲ܤܐߒঐঔ༃༡ቄሠ᠁᠓ᡂ␓djgk部orsdmv字合うrhᚡᚣᚡᚱᛓᛔᛤ」

(……全然簡単じゃなかった……)


 何て言っているのか微塵も分からない。いや、【言霊】を使用すれば意味だけは一応理解できる。秘匿された恋の中で二人だけに伝わる暗号文を用いて愛の歌を囁いているらしい。ただ、この暗号文は文字であり読めた物ではない。


(そう言えば長いって聞いてるけど、どれくらい……でも、聞いたら邪魔になりそう……)


 言葉のエキスパートたるコトハが引くレベルの謎文言だ。儀式の内容に「間違えずに」という文言をわざわざ挟んだあたり、間違えたら最初からやり直しなのだろう。邪魔をして最初からになったらものすごく申し訳ない気分になる……と思っていた矢先、相川は別の声を発した。


「ϗϔζϓԄՂԵԥՑޡޓސ߁߆ߧצקओढवॅशृलुशॅইঔূরীᚧᛤᛥᛒᛑᛒᛔ⼢㢲䷳䷒ꝓ」

『あ、言い忘れてたけど聞こえるように話さなければならない、とは言ったが聞かなければならないという文言はないから適当に術式使って。聞くに堪えんだろ。』

「……喋れるの? それ。」

『頑張れば。』


 聞くに堪えないと言われても、自分のために頑張っている相手を前にそんな失礼なことは……そう思って黙って相川を見るコトハ。そんな彼女を見て相川の方が不思議そうな顔をした。


『術式使えないのか? 俺の声なんて聞きたくないだろうに可哀想。』

「……別に誰も聞くに堪えないとも聞きたくないとも言ってないのだけど。被害妄想は止めてくれない? 逆に気持ち悪いわ。」

『だろ? はぁ……仕方ない。一回中断して遮断してやるよ。最初からやり直しとか怠……』

「気持ち悪いの部分だけ切り離さないでくれる? 聞くから黙って詠唱してなさい。」


 黙って詠唱とはこれいかに。そう思う相川だが自分を下げる発言を続けていたことで不機嫌そうにし始めた瑠璃が気になったためこの辺で止めて普通に詠唱に専念した。


 そして、丸1日が経過し……2日目も日が暮れ……コトハは相川に苛立ちながら尋ねた。


「どういうことなの? まだ終わらないわけ?」

「ƒƔʥʑʂβΰδζϔϕДЅбѕёђтЯнехочуׄׄדׂזةصدفऑडढंओःऑँ……」

『そりゃ、君の能力を抑えるくらいの儀式だからそう簡単に行くわけねーだろうに……いつ言ったか忘れたけど前に言った通り、楽にしてていいよ。』

「……後どれくらいなの?」

『このペースで……今日の明け方ぐらいか?』


 もうゴールは見えているのか。そうであるのならば……と不機嫌さを少しだけ慰めて居住まいを正すコトハ。一番疲れているのは相川の方だろう。何せ、飲まず食わず動かずで尋常ではない程の魔力を込めて高速詠唱を行っているのだから。


(……名も知らない下級神にしては、底の見えない相手ね……下手をすれば第一世界の中級神くらいの力はあるんじゃないかしら……?)


 数少ない第一世界の上級神たちの情報であれば何らかの噂が聞こえてくるはずだ。そのため、普通に見積もってコトハはそう断じた。しかし、そんな彼が連れて来たこの地は最上級神である原神たちが匙を投げたほどの世界。コトハに不安と疑念が芽生えてくる。


(これが、楽な儀式というのだからこの後が怖いわ……簡単そうなネーミングと危険を感じない言霊だからとはいえ、早まったかしら……?)


 時折、もう暗号ではない単なる【失われし言語(ロストワーズ)】が流れるようになってきてコトハでもある程度簡単に意味が分かる範囲になって終了が近いことを知る。そのついでに、少々気恥ずかしい気分にもなってきた。


(……長時間、目の前で愛の言葉を囁かれてたのね……)


 言っている当人からすれば絶対に間違えられない早口言葉みたいなものだが、長時間ずっと隣で真剣に聞いていた身からすればそれに意味はないとしても何だか妙な感覚に陥る。そう思って相川を見ると、怨念染みた視線を感じて即座に相川から目線をずらす。


(……怖いわよ。盗らないから安心しなさい……)


 眼光の主はこれまたずっと相川に抱き着いたまま、欠片たりとも意味を理解していないというのに勘だけでこれはいいものだと相川の言葉を聞いていた瑠璃だった。彼女はただでさえ大きな目を見開いて黒目をこちらに向け、敵意を露わにしたのだ。


(絶対に、私があなたが嫌がってるような状態にはならないから……ありえないわ。)


 ありえない。そう一笑に付すコトハ。しかしそれはそれでなんかムカつくと瑠璃はイラっと来た。理不尽極まりない。


 ただ、忘れてはいけない。コトハがこれまで意識すらしていなかったことを今、瑠璃の視線を受けたからとはいえ意識し始めたということを。瑠璃は最大限に警戒をしつつ相川の邪魔をしてはいけないと大人しくしてこれからの動静について思いを馳せるのだった。


 尚、この相川の言う楽な儀式については予定通りに終了した。




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