儀式準備
(さてと、精神安定時におけるデータも揃ったことだし儀式に入るかね)
食事によって対象者であるコトハ、ついでに協力者の瑠璃の精神状態を安定させることで危険状態についての推定と状態異常に対する全快値を測定し終えた相川は食休みを終えてから早速儀式に移ることにした。
「うぅ……るぅねのご飯が……」
「はいはい。お前のはこれあげるから……」
「あるじ様ぁ……」
瑠璃については予想していたが思いの他コトハが食べたため、るぅねは少し我慢する羽目になっていた。その補填を相川は行ってから儀式の最初に何をするか考える。
「やっぱりインパリオンかなぁ……これから馴れ合いを始める前に楽にやっておくべきだろうし。」
「何何? あるじ様、もう出発なの?」
「そうだな。まずは道具を集めに町に向かうとするかね。」
ちらりと瑠璃とコトハを見る。瑠璃はついてくる気満々で、コトハもまぁついて行かなければならないのだろうという雰囲気を自ら出している。相川の方は一応言った。
「行きたくないならついて来なくていいぞ。」
「行くっ!」
「……何の説明もないままなんだけど。」
「ルーネが知ってるから言霊で勝手に読め。」
「……ついて行くから説明して。」
るぅねに生命という存在があるのかないのか。少なくとも言霊に宿るほどの命の概念はないのだが、彼女が相川と話している時には言霊がある。しかし彼女の纏う言霊は一つだけ。能天気な態度と真逆の、悲痛なまでに叫ぶ声は一つのことしか要求していない。そのため、コトハにはるぅねから儀式を読み取ることは出来なかった。
そんなこととは知らない相川は適当について来たいなら別にいいけどと流し、一行は家を収納してから町へ移動することになる。
「……見られてるわね。大丈夫なの?」
「一応、魔術的要素に関しては封印してるが君ら普通に見ても恐ろしい程美人だからねぇ……まぁ少なくとも俺の視界内にいればなんとでもするが……瑠璃はもう少し離れてもいいと思う。」
「離れなくていいなら離れたくない。」
町に移動した一行だがそこに入る前から行き交う人々の耳目を集めることになる。特に、女性陣に対する視線が多く、次に相川に対する敵意が多い。前者から後者に移行することがかなり多いが相川に敵意を向けた相手に関しては相川が応じて殺気を向けるため特段問題はない。
「……ルーネ、お前は何で殺戮しようとするかな?」
「あるじ様に敵意向ける方が悪いもん。だからあるじ様、いいでしょ? ね?」
「駄目に決まってんだろ馬鹿が。」
強いて問題を挙げるとすれば主人の敵になりそうな相手を殲滅しようとするるぅねの存在と相川のせいで失神したり失禁したりする市民がいて更に注目が集まることだろうか。
「ルーネは余計なことする暇があるならコトハの護衛をしてろ。瑠璃はもう少し離れろ。」
「そしたら遠くなるよ。今がいい距離なの。」
「余計なことじゃないと思うな……」
その辺の問題など気に留めずに相川一行は目的の場所に向かい、儀式に必要なものをほいほい買っていく。途中で相手に引かれながら買い物を行っていると周囲の人々も何だかそういう企画か何かかと判断して相川が高額商品を買うと喝采を上げたりし始めた。
「……あなた、結構高い買い物をしているみたいだけど?」
「あん? この程度で如何こうするようなしょぼい稼ぎ方してねぇよ。」
「この世界の通貨は神々の世界に準ずるものよね……」
確かに、所詮この世界の住人とて神々ではない下級の存在だが神々の実験場として人の身を超えようとした結果、人ならざる者として神々が制限する物質を通貨として扱っているはずだ。そう易々と手に入るような通貨ではない。
(……やはり、何か下心があるんじゃ……)
コトハには相川がどうしてそこまで手間をかけて見ず知らずの自分を。もっと言うのであれば決して友好的な態度を取っていない生意気な小娘のような態度を取っている自分を助けようとしているのか理解できなかった。
「……後、こっちも。」
「は、はい……あ、あの、こちらは霊力が入っておりませんが大丈夫でしょうか……?」
「あぁはい。」
じっと観察している間にも相川はどんどん物を買っていく。
「はい瑠璃。あげる。」
「……いいの? ボク……じゃないよね。ありがとう!」
「ん。じゃあ次行くかね……」
(……もしかしてただの格好つけたがり?)
何だかデートにお邪魔しているかのような扱いを受けているのではないだろうかと思いつつコトハはその後も一行の買い物について行く。対する相川の方は瑠璃に抱き着かれながら内心で笑っていた。
(治安最悪。さっきから強盗しようとしてる集団がひっきりなしで美味しいです。)
また闇の中に殺意を持った何者かを引き摺り込んで食らう相川。突然の事故に何が起きたのか分からないまま何者かを取り囲んでいた集団が狼狽し、解散するか、それでも相川に挑もうとして全滅していく。
(いや~流石壊れかけの世界にて神々の実験場。上質な悪意だよ。まぁあんまり食い過ぎてもアレだし一回で根こそぎ取って放流するか……)
悪人から悪を奪い取って闇の外に放り出す相川。この後、彼らはほぼ間違いなく人の悪意に鈍感になりそこに付け込まれて悲惨な末路を辿ることになるだろうが相川の知ったことではない。そんなに長い間ここにいる予定もないのだ。自分たちがいる間だけ問題がなければそれでいい。
(おっと、引っかかった。はやく諦めて飲まれろよ……)
遠くで悲鳴と助けを求める野太い声が上がる。瑠璃は敏感にそれに反応して顔を向けるが相川を見上げると少し逡巡して元に戻った。るぅねは最初から興味なさそうだ。
「ねぇ、何か危険なことに巻き込まれてる人がいるみたいだけど……」
「大丈夫……いや、もうすぐ大丈夫になる。安心しろ。」
一行の中で唯一の純粋な正の存在のままであるコトハがこの場の主導権を握っている相川に助けないのかと問いかけるが相川は笑顔でそう言ってのけ、歩みを止めることはない。
(……女しか助けないのかしら?)
見ず知らずの自分、生意気なコトハは助けても少し離れた男は助けないのかと訝しみそう判断を下すコトハだが、積極的に助けに行こうとは思わない。コトハが動けばことが大きくなりすぎるからだ。
「助け……あぁ、もうダメだ……いや、失礼なことばかり申し上げてましたね。誠に申し訳ない。悪行を重ねて来た私のような存在が自分が危機に至った時のみ周囲に助けを求めるなど……虫がいい話でしたよ。皆さまご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。これから償いのために善行を重ねていくので、どうかご鞭撻のほどよろしくお願いいたします……」
「……ほら、聞こえたか? 大丈夫だったろ?」
「……えぇ……?」
断末魔の叫びの後、泣き言が言霊となって見えていたが急にいい人になったのでコトハは困った。更に相川の方が笑っているのを見てどういうことかは理解できないまま、コトハは止まることのない相川について行きその場から去った。