災厄
「……コトハ、ちょっとあんまり笑えない冗談が聞こえたんだけど何だって?」
「相川 仁は、私と結婚するって言っただけよ? 何か?」
「……ボク、言ったよね? 『他人の恋人盗らないで』って。そして、君は言ったよね? 『盗らない。寧ろ貴女に協力する』って……どういうことかな? 今の言質、約束通り取ってくれてたら、ボクは仁と結ばれてたんだけど……?」
(まぁその点に関してはコトハ、グッジョブってところだが……どういうこと? 何が起きてるんだ?)
瑠璃の魅了の矛先がコトハに変わったことで余裕を持ち、記憶と記録が復活したことで瑠璃に対する耐性も持ち直したところで相川はもう少し態勢を立て直すことが出来るまで存在感を消すことにしていた。
(……よし、負の原神の世を憎む気持ちを吸収しておいて正解だった。これで、瑠璃の魅了にも何とか対応できる……まぁ逆に言えば負の原神でも瑠璃ならやりようによっては堕とせるってことなんだが……そもそも論せっかく取り込んだ負の原神の力を俺は何に使ってるんだろう……)
いつの間にこんなことに……と思いつつ大体自分の所為だなぁと遠い目をする相川。と、それはそれとして相川は新たな問題に直面している事実について考えなければならない。
「あなたの牽制の所為で意識するようになって、それを自分の言葉で封じたが故に弱体化してたのよ?」
「そんなの関係ないよ。ボクが先に好きになって、ボクが先に告白してたんだよ⁉」
「でも、振られてたじゃない。ならフリーよ。」
「今、まさに結婚間近だったの!」
「あんな脅迫紛いで結ばれて嬉しいの?」
「嬉しいよ!」
(……何でコトハが俺のこと好きとかわけ分かんないこと言い出してんだ……? もしかして、俺の潜在意識は実は女好きで夢を見せてるとか……? いや、夢で美女を見た場合は大体心身ともに健康な状態であることの表れであり、喧嘩している状況はストレスからの解ほ……)
「仁!」
思考は瑠璃の大声で中断させられた。相川は取り敢えずという態で返事をしておく。
「はい。」
「コトハが泥棒猫! いじわる!」
「……お前、口喧嘩に負けたのか。」
「だってぇ……」
ぐずぐず泣きながら瑠璃は相川の方に戻って来る。相川が色々と考えている内にコトハは瑠璃によって物理的にノックダウンされていたらしく、その場に倒れていた。
「暴力はいかんな……」
「違うよ。何か、ボクが泣きそうになったら勝手に鼻血出して倒れた……」
「……魅了されたのか。」
一応、計画の中では原神からの加護を得たはずなのでコトハも瑠璃に対する魅了耐性は出来ているはずなのだが……と思いつつ無くなってしまった儀式終盤の頭を消し飛ばされてからのわずかな間の消滅した記憶の間のことを考える相川。
「……そういえば、物理的に頭消し飛んでたってのは精神の原神を呼んだにしてはおかしいな。儀式は失敗したのだろうか……まぁ、最悪でも依頼達成は出来てるしいいか。」
「そうだ、仁の話はまだ終わってないよ! 何でそんな危ないことするの⁉ あんまり酷いとボク、これ外していうこと聞かせるって言ったよね⁉」
相川が倒れたコトハの状態を見て軽く介抱し、ソファに寝かせていると瑠璃がまた騒ぎ始めた。どうやら原神の加護とエネルギーを貰って精神の状態が不安定になっているらしい。
(めんど……)
そうは思っても相手をしないと更に輪をかけて面倒なことになりそうだ。仕方がないので相川は目元に施された魅力の封印の黒子に指先を当て脅迫の姿勢を見せている瑠璃の方を見直した。
「……正直、もうそれあんまり意味ないんじゃないの?」
「あるよ? これ外して鏡見たらボクちょっとナルシストの気持ちわかったもん。今のボクより数十倍……いいや、もっとかも? 凄いよ? 見せたい!」
「ごめん、勘弁して……」
瑠璃は基本的に相川に嘘をつけない。瑠璃は相川に嫌われることを極度に恐れているため、隠し事ならまだできるが嘘はつけないのだ。そんな彼女が自信満々に魅せたいと言ってくる。相川は危険性を即座に理解した。
「いいよ。でも、さっき言った約束絶対守ってね? 何でもするって言ったもんね?」
「……記憶にないね。いや~さっきまで頭吹き飛んでた状態から記憶を取り戻す最中で混濁してた。」
一先ず誤魔化して瑠璃を丸め込むことにする相川。そんな状況下で彼女は目を覚ました。
「……っ、はぁ……【私は私を強化する。私は誰にも負けない】……瑠璃、愛人を認めるならさっきの言質を渡してあげてもいいわよ……」
「っ⁉ コトハ⁉」
唐突なコトハの目覚めと即座の裏切り。相川は一気に窮地に陥った。思わず振り向いて……そこに滅世の美少女がいることを認めると相川は頭を抱えた。
「何で……何で……」
もういやだ。相川が見たくもないと顔を背けている間に瑠璃が警戒してコトハを睨む。そんな瑠璃に対してコトハは何でもないことのように告げた。
「【言霊】……本当なら、これだけのポテンシャルがあるのよ。口にし、【言霊】にするだけで際限なく強化されていくわ……尤も、あなたと一緒になる分以上は私には必要ないけど……」
(……儀式要らなかったんじゃ……いや、こうも容易く完璧に制御するためにはなかったらダメか……後、原神のエネルギーが呼び水になってるのか? うん。大体そうだけど今は分析してる暇はなかったかもな……)
依頼達成報酬としてコトハの言霊の力を取り込んでいる相川は彼女の状態を理解しつつ蹲る。問題の瑠璃さんはしばし悩み考え込むようだ。
「瑠璃は……」
(ダメだ。地雷踏む気しかしない。)
何とか落ち着いて説得しようと試みる相川。少し声を出せば瑠璃は確実にこちらを向くため、声は届くが声を掛けようとした3パターンの言葉のどれに対しても瑠璃が怒るという結果しか想定されなかった。
「あ「何か変なこと考えたね? やっぱり、変なことされる前に確実に取りに行くべきか……」……」
しかもどうやらリカバリーは効かないらしい。思いついた言葉を掛けようとした瞬間に瑠璃は相川の言葉を遮ってコトハに告げた。
「分かった……でも、ボクが一番なんだからね! それに、仁が嫌って言ったらボク仁のために君の排除をお手伝いするのは間違いないってことだけは先に……」
「そこまで世話になるつもりはないから安心しなさい。……っと、言質は貰ったわ。はい、これ。」
瑠璃が何か言葉を足すよりも先にコトハは瑠璃に対して一枚の書類を渡した。それを見て相川は興味を覚えて近づく。
「ほー? 何これ? かなり強い術式が掛かってるみたいだけど……」
「【契誓約書】よ……言質が必要になるけど一度締結されたらその効力は世界の秩序たる原神ですら一切覆すことのできない強力な一種の呪いね。」
「いいねぇ……」
(……その凄まじい代物であなたは瑠璃のお願い事聞かないとダメなの分かってるのかしら……?)
引き裂こうとしたり燃やそうとしたりしている相川を瑠璃が後ろから必死で止めに入っているが、その程度ではこの契約書が傷付くことはない。しばらく破壊活動に勤しんでいた相川だが無駄だと悟るとコトハに尋ねた。
「これ守らなかったらどうなるの?」
「……今回はあなたが瑠璃の魅了と監禁という言葉に対しての対価として何でもすると言ったから、契約を履行しなかった場合は……まぁ、魅了と監禁がされると思うわよ。」
「チッ……」
とても面倒なことになったと相川は舌打ちをして、相川から奪い取った契約書を大事そうに胸に抱えて何やら嬉しそうな瑠璃を睨むのだった。




