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合わせる顔がない

(……転移先に置いてあった俺の指示によるとそろそろ鍵が戻って来るはずなんだが……持ち主は、瑠璃ということで……まぁ間違いなく面倒なことになるよなぁ……)


 顔のない男は腕を組んで考える。記憶と記録を司り、思考の大部分の能力を担っていた頭がないことから思考力の低下が著しい。


(思考力が下がってるのも仕方ないけど問題は感覚器がないことだな。目も鼻も口も耳もない。声帯は一応あるから声そのものは出せるし、簡単な術式として音も出せるが……聞き取れない。)


 一応、術式は使えるので周囲の把握は出来るのだがその情報は何かがあるなど限定的であり、危険や付随情報などは分からない。


(……万一のこともあるから早いところ原神たちからバレない内にこの辺りから撤退しておきたいんだが。瑠璃はまだかな?)


 探るにも感覚器がないため、どうするか考える顔のない男……そして、これが堂々巡りになっていることに気付いて何かできることはないかと行動に移した。


(瑠璃ってのは、俺宛に書かれた術式構文的にこの世で唯一俺のことを好きな存在らしいな。なら、何か恋愛的なアレで出来ないものか? 世界で唯一らしいし、感覚器のない適当でぐちゃぐちゃな把握力でも何とかなるはず……)


 ようやく施行から一歩踏み出せた男は即座に行動に移し……そして顔があれば恐らく苦笑していたであろう表情から発されるような声音で呟く。


「なるほど、これは結構強烈みたいだ……」


(赤どころか黒い愛情。引くね。何でこんなことになるまで気づかなかったのか……まぁいいや。案外近くに来てんじゃねぇか……前の拠点か。動く気配がない。もしかしてだが……合流の場所、伝え間違えてんじゃねぇの?)


 動く気配のないそれを見て顔のない男はしばし逡巡し、それを見守って完全に動くことがないことを見計って転移方陣を使用した。


 移動先。つい最近まで相川が負の原神にやられ、療養していた拠点。そこにつくと顔のない男は相手の驚愕の感情を感じ取り、一先ず名乗った。


「えーと、顔ないけど分かるかな? 一応相川なんだが……」


 返事は聞こえない。頭がないからだ。ただ、抱き着いてきた感覚からどうやら相手が自分のことを何故かすぐに認識できたということを知り、一方的に用件を告げる。


「悪いが何言っても今は分からないから端的に用件だけ。遊神瑠璃さん……でいいのかな? 鍵出して?」


 本来の指示通りに行くのであれば鍵は勝手に渡されるとのことだったが、自身に変化がないことからどうやら想定の状態でも面倒な方向に向かっているらしいと相川は判断する。


「んーすぐに分かるとのことだったが、やっぱり無理があると思ったんだよ……だって顔ないし。記憶も飛んで記録もないのにどうやって俺と認識させろと……」


 相川はそう呟いて相手の反応を窺う。どうやら非常に悲しんでいるらしく、ついでに怒気を孕んでいるということが感じ取れたため、相手を間違えているということではないようだ。


(まぁこの拠点に入ってこれだけ弱ってる状態の俺を前に立ってる辺りからして敵じゃないことは確かだからそんなに警戒する必要もないとは……ん⁉)


 相手をどう納得させたものかと悩んでいた相川だが不意に寒気を感じて思考を途切れさせる。次に相川が気付いたのは圧倒的な紅の感情が近づいていることだった。


「な……? 何だこれ? ……は? 愛情……? いやいやいや……」


 紅の感情……それは、どうやら愛情のようで、恐ろしいスピードでこちらに近づいてきている。


(何これ? あれ……黒いのが……え? 何これ本当……台風なの?)


 紅の感情が近づくにつれてその全容が現れる。紅の感情は先行部隊であり、その奥には黒き愛情が、そして更に奥から名状し難い……思わず相川がその感覚を切るほどの感情が現れた。


「何だ? なにこれ? こんなことになるとは書かれてなかったぞ……? 何やってんだ過去の俺!」

「ひーとーしー! 何やってんのバカー!」

「っ⁉」


 相川が混乱している内に相手がこの場に降臨した。そして、相川は鍵が何であるかを胸中に残された精神で悟って呼ぶ。


「バックアップ!」


 相川が呼んだのは瑠璃と共に原神の居地に飛ばした小さな自分自身だった。原神の館には入らないように指示を下し、ハニバニと共に原神の世界近縁で隠しておいたその存在。

 しかし、呼んでも彼は来ない。そこにいるのはざわつく肌が示している通り分かるのだが、来ない。相川は少し苛立った。


「おい? お前何やってんの?」

「……いや、瑠璃マジ最高……可愛い……で、ごめん。全部ゲロった。」

「は? 俺というゴミの更にバックアップという分際で何やってんだこのゴミカス。まぁいい。顔がないと色々困るから早いところ統合するぞ。」


 耳はないが何となくやらかしたという情報が同一思考として伝わってくる。しかし吸収してしまえば一緒なので特に気にせずに飲み込み、まずは自分の顔を作り直した。


 そして相川はこの決断をしばらく後悔することになる。


「がっ……しまっ……」

「人の顔見て何なのさ。……まぁいいよ。仁が失礼なのは今に始まったことじゃないし……それより、どういうことなの! こんな危ないことになるなんて聞いてないよ!」

「……いや、一応言った。儀式選択時に、『俺の精神が面倒なことになって、瑠璃がもっと面倒なことになる』って……ごめん、違う。待て、瑠璃。お前、加護が強すぎる……魅了が……」


(失敗した! 先にバックアップがおかしくなった原因から読み取っておくべきだった! 頭が、せっかくできた脳が蕩ける……)


 余計なことを言う出来立ての口。要らない情報を伝えて出来立ての脳を蕩かし、思考を崩す目。抗えない甘いボイスを伝えてくる耳。相川は、原神との闘い以上の危機感を覚えた。


「は? こんな大事なこと、そんな適当に言うって何? ボクに監禁されたいの? 頭だけになった仁見てボクがどう思うとか考えなかったわけ?」

「少しは悲しむかもしれないが、原神に慰められて時間と共に風化するかと……」

「はぁ⁉」

「やめて……悪かったから……顔を近づけんな、頭が沸騰する……」


 地雷原でタップダンスを踊れと命じる口に相川はいっそ自分で頭を撃ち抜こうかと考えるもそれで目の前の存在が暴走したら本当に目も当てられないことになると自重する。そんな相川の葛藤など知らない瑠璃はおかんむりで相川の胸ぐらをつかんで額を突き合わせて至近距離で睨みつける。


「少ししか悲しまない? 時間と共に風化? 馬鹿なの? 悪かったで済むと思ってるの?」

「いや、ごめんって……」

「もう結婚間近なのかもなーとか考えてたんだよボク! 結婚してもないのに未亡人とか……泣くよ……? もう、泣いてるけど……」

「何でもするから許してくれないかなぁ……放せや……」

「ん?」


 泣いていた瑠璃が一瞬で目を輝かせた。その思考の切り替えは正しく瑠璃が人間を辞めた証拠であり、涙に濡れていた顔が輝かしいオーラに包まれて光を放っている辺りからも瑠璃の変化が窺える。


 だが、そんなことよりも今は相川の失言の問題が迫っていた。


「今、何でもするって言ったよね?」

「だから放せ……」

「うふ……うふふふふふ……コトハぁ? 今聞いた? 仁、ボクと結婚してくれるって! はい、じゃあ少しだけ……物理的には放してあげまーす!」

「……コトハ?」


 解放された相川はそこでようやくこの場にコトハが……後ついでに瑠璃と一緒に戻って来たハニバニがいることに気付いた。ハニバニは瑠璃とバックアップの相川の送迎のお駄賃として与えたお菓子を食べているから別にいいが、ちょっと色々書いた書置きを見たコトハについては……


「結婚? 何言ってるの? 彼は私のものよ?」

「……は?」

「おっとぉ……? 何が起きてるのかなぁ……?」


 相川が心配したことよりも何か別の火種が熾り始めていた。




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