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女神の思惑

(なんかぽわぽわする……)


 式典終了後、祝賀会が開かれるまでの待ち時間に瑠璃は控室に移動してドレスを着替えることになっていた。その着替えの際、最初に来たメイドを瑠璃は自分の能力をいつも通り抑えていたのにもかかわらず魅了して気絶させてしまったため今は待機中だ。


(んー……何か心がふわふわしてる……やっぱり、変なのがいっぱい入って来たからかなぁ……?)


 叙勲式典の場というのにもかかわらずやらされた儀式の最初、【完成された美】によって執り行われたエネルギー付与からどうも心が浮ついている。大きな力を与えられた影響だろうと思うが、これまでにも様々なことがあったが、これほどはっきりとした変化は初めてだ。


(……強くなった分に比べて楽すぎる気がするなぁ……それとも、本当はもっと辛く感じるけど仁がこれを見越していっつもボクに酷いことしてたとか?)


 そんな訳がない。相川は単に瑠璃にどこか別のところに行ってほしかっただけだ。相川当人も周囲も何度もその旨を伝えている。しかし、乙女フィルターには勝てない。


(そうだったら嬉しいな。そういえば、つい最近だってボクとえっちしたいとか言って、その……ちょっとそういう感じにもなったし……もしかして、結婚ゴールが近いの……?)


 ドエスノの所為でぶっ飛んだ時の、忘れてほしいと言われた相川の黒歴史を引き摺り出して瑠璃は身を捻りながら頬を染める。そのままではテンションが収まらなかったらしく、控室のベッドで転がり回り始めた。


「失礼しま……す。」

「うん。」


(動じない、ですか……中々やりますね。)


 外で様子を窺ってこれ幸いと入って来たいい趣味をした侍女が瑠璃の毅然とした対応に感心する。瑠璃がベッドから身を起こすと彼女によるメイクと着付けが始まり、瑠璃の準備が一瞬で終わった。


「どうでしょうか?」

「あ、いいです。ありがとうございました。」

「え? 香とか装飾品は……」

「……要るなら、つけてほしいです。」


 瑠璃の返事に侍女は軽く目を細めて瑠璃を品定めするかのように見据えた。瑠璃はその視線と威圧に気づくも相手に戦闘意思がないことを受けて特に何もせずに待機する。


「……ふふ、大したお方ですね。貴女の様に美貌のある方でしたら原神の誰かと懇ろな関係になることを夢見て目立ちたがるところなんですが……」

「ボクは好きな人一筋です。そんな大したことないですよ? 普通の、恋する女の子。」

「なるほど。恋する乙女は強いということですね。」


 緊張が急に緩み、微笑んだ侍女。そんな彼女は瑠璃に微笑みを浮かべたまま告げる。


「では、そんな恋する乙女に一つお教えしたいことがあります。」

「何ですか?」

「……あなたの想い人を信じてください。それから、短気を起こさないこと。」

「あはは、二つになってませんかそれ? それに、言われなくてもそうしますよ?」


 侍女のこれまでの言動から今回の言葉も何かの冗談だと思った瑠璃は笑いながらそう返す。しかし彼女はそれ以上何も言わずにただ装飾品を瑠璃に付けてから慇懃に一礼した。


「そろそろお時間になります。行ってらっしゃいませ。」

「はい、ありがとうございました。」


 後は任せたとは言わないが、侍女は丁寧な形で扉を開き、外で待っていた原神が1柱【勇敢なる者】に瑠璃のエスコートを任せて見送る。それが完全に見えなくなってから彼女は誰にも聞こえないように溜息をついた。


「はぁ……【精錬された美】様がその気はなくともあの方はまた……【可憐なる美】様のことも少々考えてほしい物ですが……」

「本当にね……」


 突如として現れた滅世の美少女。朗々たる美声は声の持ち主の格を表すかの如き役割を果たしており、先程までいた賓客を超す美貌の持ち主であり、ここにいる侍女の直属の主は自嘲の籠った笑みを浮かべながらその美を示していた。


「これはこれは……」

「まったく……嫌になるね。あいつがまた女癖の悪さを発揮するから喧嘩になってその所為で姉様に迷惑かけることになったし。【芽生えし者】といい、私たちのことを何だと思ってるのか……」

「……【無垢なる美】様のお加減は……」

「部屋から一歩も出てこようとしないね。今回の式典同様、祝賀会もパスだ。ご丁寧に【魔導術】を張り巡らせ、厳重に閉ざしてある。元気だとは思うよ? 姉ですら入れないのだから。」


 溜息をつきながら首を横に振る【可憐なる美】。その表情には陰りが見えていた。


「姉様のところみたいに上手く行かないね……はぁ。寧ろさっきの娘の方が幸せなんじゃないかな? お笑い草だよ。」

「……一応、言付けはしておきました。よろしかったので?」


 先の瑠璃に対する忠告。次女の主である【可憐なる美】からの言付けについての確認を行う侍女。その言付けに関して、原神の動きに反するものがあったのだ。しかし、【可憐なる美】は苦笑して首を横に振りながら言った。


「……うん。まぁ、別に放っておいてもそれほど脅威のある相手じゃないと思うし……それに、【精錬された美】の恋路が乱れて【勇敢なる者】が変なことをした場合の方が世界に混乱が生じるからね……」

「心中、お察しいたします……」


 世界に、だけではなく【可憐なる美】に対しても不義理をはたらくことになる。それは分かり切っているのだが、【勇敢なる者】にはいくつも前科がある。


「はぁ……【精錬された美】みたいに、一途に恋い焦がれる恋をしてみたいよ……」

「……私の見立てではあちらの方が苦労されると思いますが?」

「そうかな? あの首、精神が入ってなかったから一概には言えないけど記憶から見るに意外と……」

「お嬢様、お話もいいですがそろそろ一度パーティ会場へ向かう必要が……」


 【可憐なる美】との会話は祝賀会が終わった後、彼女の館でもすることは可能だ。【勇敢なる者】が先に向かった祝賀会は新たな上級神の誕生ということで今、出ておかなければならない。


「……はぁ。また表向きの寛容な幼馴染の妻を演じなきゃならないのか……またあいつが調子に乗る……」

「ご辛抱ください……としか言いようがありません。個人的には顔だけ出してすぐに戻った方が精神衛生上いいと思いますが。」

「そういう訳にもいかないよ……」


 【可憐なる美】は溜息をつきつつ侍女に一瞬でメイクを施され、その美に制限を厳重にかけた状態で魅力を抑える香を身に纏う。


「仮面は?」

「こちらに。」


 身支度を整えた【可憐なる美】は気が進まないながらも祝賀会に向けて足を運ぶのだった。








(んー……流石原神。頭吹き飛ばされたわ……最悪の想定の出来事だな……まぁ想定してた範囲内だから何とかはなるが……)


 原神の館にある生首は考えていた。本体は、何とか頭が術で消し飛ばされた瞬間に耐えられないと判断して逃がしたが記録と記憶を司る頭の部分が消し飛ばされ、今は原神の総本山で復元されておりどうしようもない状況だ。


(あー……記憶がない本体はちゃんと予想通りに動いてるんだろうか……まぁ俺だから問題ないとは思うが。それにしても、そろそろ死ぬから爆発しようと思ったのに何だあの女神は……あんまり美女だからもう顔覚えてないが……)


 色々と心配する生首。しかし、所詮は生首でありもうすぐ死ぬ存在。四散爆裂を封じられ、仕方がないので彼は程度の低い嫌がらせをしてその最期を終えることにした。


 その日、原神姉妹が長女の座っていた椅子がその持ち主が立ち上がった後に水浸しになっており、ついでに所有者のドレスにも大きな水玉が生まれることになる。


 そしてどうでもいいが、祝賀会の間に【勇敢なる者】は衆目の前で瑠璃に手痛く降られた。




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