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姫君と

 誰かが助けてくれるなんて思ってなかった。


 言葉一つで世界を変えることのできる彼女に誰かの助けなど必要ないはずだった。そして、自身もその能力を自覚し、力ある者としてそれは当然のことだと思ってたから。


 誰かに助けてもらえるなんて思えなかった。


 彼女は、世界に仇なす化物だったから。親にさえそう言われ誰も助けてくれなかった。遠ざけられることが当然のことである一方で、皆は【言霊の姫】である彼女を畏れ、求めていた。彼女は常に求められる側であり、助ける側だったのだ。


 彼女は助けてほしいなど言えなかった。


 誰も助けてくれるなんて思っていなかった。誰かが助けてくれるとも思っていなかったから。その期待が裏切られて絶望するのが怖かったから。


 それでも、彼女は助けてと言ってしまった。


 それは、彼女はすでに限界に近かったからだ。


 そして彼女は助けられた。


 彼女が制御できなかった能力は完全に彼女の支配下に落ちた。過去に言った自らの言葉に縛られた能力の操り人形、【言霊の姫】ではないコトハ・ユノ・メイリダであることをしっかりと理解できている。


 今、彼女はようやく彼女を理解して声を上げて泣いていた。


(どうして、今更……何で……遅いわよ……)


 断片的な思考で考えるのは自身の本当の思い。儀式の進行に伴って産声を上げ、幾度となく表層化しようとしていた想いであり、瑠璃との会話で生まれた【言霊】によって縛り上げられていた気持ち。儀式が成就して能力を支配下に置き、相手がいなくなってからようやく理解したこの感情がコトハの胸中で荒れ狂う。


「まだ……」


 しかし、彼女はまだ認めていない。痺れた感覚の手足に力を入れ、自身を縛り付けるために弱まっていた彼女の本来の力を使い、目的の場所に飛ぶ。


「【私をあの場所へ】」


 正確な言葉や術式など必要ない。力押しで思考を実現に移すだけの能力が今の彼女にはある。コトハはその一言だけで目的地、相川と最後に暮らしていた拠点へと瞬間移動した。



 まず、目に入ったのは出かける際に見受けられなかった書置き。それを見たコトハは一時的に泣くという動作を止め、涙目で少しだけ笑った。


「そうよ……死ぬわけないわ……ちゃんと戻って来てるのよ……」


 これを生存の証として見たコトハはこの書置きに相川からの何らかの指示があるはずだとその書置きを手に取る。


「……少し、力が入り過ぎたわ……あの人殺しの余計な加護が入ったせいね……」


 その際、力余って紙が少しだけくしゃくしゃになったが読む分には問題ないと最初の一文に目を通し……乱暴に握りしめてしまった。


「……また、悪い冗談よね……?」


 気を取り直し、再び紙面に目を落とす。彼女の望む文言を求め……それは、存在しなかった。


「何でよ!」


 書置きを置いてあったテーブルに叩き付けるコトハ。こんなもの見たくないと怒気を発しながらも実は何かがこれに隠されているのではないかと隅から隅まで彼女は書置きを眺める。しかし、書置きの文言は変わらない。


「【隠された事実よ、示されよ】!」


 縋るように、祈るように発されたコトハの能力でも書置きの文言は変わらなかった。変わらず、同じ言葉がそこに記されている。


『この書置きをコトハが読んでいるということは、俺は正の原神に敗北したはず。ただ、コトハの儀式は最初からこの着地点に至ることが正しく、俺以外の誰かの責任というわけではない。』


「違う……私の所為だ……私が、もっとちゃんと確認してれば……」


 コトハは相川の記した文章を否定する。しかし、その文章がコトハに応じることはない。


『儀式をやると決めたのは俺であり、全ての責任は俺にある。だから、何も気にすることなく自由に』


「気にしないなんてできる訳ないじゃない!」


 誰も答えてくれるなんて訳がないのにコトハは叫んだ。そして泣きながら続ける。


「【相川を、私が愛した彼をここに返して】!」


 【言霊】の能力を完全に支配下に置いた彼女が心の底から願い、叫んだ一言。しかしそれは不思議な力で掻き消され、叶うことはない。


「あぁぁあぁぁぁ……」


 彼女は慟哭し、気の昂るがままにそのまま気絶した。







 コトハが気の昂るがままに気絶してしまった頃。


 相川の指令でドエスノの首を持って原神の下にいた瑠璃は原神の居城で式典に参加して叙勲され、試練を与えられていた。


「さて、最後の試練は……【芽生えし者】。」

「畏まりました……【顕現せよ】!」


 玉座に座る男の声掛けで列席していた少年が起立し、彼の白磁の如き美手を天に掲げると瑠璃の周囲は暗闇に閉ざされた。しかし、それもわずかな間のことで瑠璃が気付いた時には周囲は瑠璃が元々いた世界のよく走り込みをしていた道だった。


「瑠璃、帰りましょう?」


 ふと気づくと瑠璃のすぐ近くに瑠璃よりも少し年齢の高い絶世の美女が舞い降りてきた。それを見て瑠璃は即座に気付く。


(……ママ? あれ、ボク今何やってたんだっけ……?)


 訝しむ瑠璃だが、そんな瑠璃のことを見て瑠璃の母親、妙は首を傾げて更に近づいてくる。その瞬間、瑠璃は妙をハイキックで蹴り飛ばした。


「仁じゃない男の人の匂いふりまいてボクに近づかないで。後、ボクのママはこんなに弱くない。」

「い、いきなり娘に蹴り飛ばされるなんて思ってなかったわ……びっくりするじゃない! もう……それに、ウチにはたくさん男の人いるでしょ?」


 蹴り飛ばされた妙は何事もなかったかのように瑠璃の隣に戻って来る。その耐久性に関しては確かに自分の母親の物ではあると認めた瑠璃だが、性格が違うと思いつつ一先ずは相手の懐に飛び込んで相手の目的について探ることにした。


「ごめんなさい……」

「一発は一発だからね? 道場に戻ったら覚悟しておきなさい……」


(なるほど。ボクが気付いた違和感については修正されていくのか……)


 即座に瑠璃の知っている母親像に近づいた妙。瑠璃はその変化に気付きつつ妙についていき実家に跳んで帰った。


「おかえり、瑠璃。」

「うん。」


(……何か気持ち悪い。この人、こんな感じでボクのこと気にしたことないよ。早く修正。)


 出迎えてくれた瑠璃の父親に対して酷いことを思う瑠璃。しかし、成長過程の半分以上に対して殆ど武術指導以外の接点もなく、勝手に旅をして家に門下生を残して消えていた相手にはこの程度の感覚しか抱けないのも無理はない。

 しかし、遊神は変わらなかった。何だか家族思いの立派な父親を体現したかのような距離感で瑠璃に接してくる。


(ウザい……何かママが変に嫉妬してくるのも気持ち悪い……何なのこれ? 早く出たいんだけど……ボク、仁に……って、あ!)


 瑠璃が今まで何をやっていてこれから何をしようとしていたのか思い出した瞬間。目の前の風景は崩れて瑠璃が元居た原神たちの居城に戻って来た。


「……遊神 瑠璃よ。まやかしの理想世界に屈すことなく、よくぞ戻ってこれた。【完成された美】より注ぎ込まれたエネルギーにも負けず、【勇敢なる者】の支配に潰されることなく、【可憐なる美】の精神介入に飲み込まれることなく保てたそなたの力が本物であることを認めよう。」

「恐れ多きことでございます。」


 瑠璃は壇上の存在の言葉に即座に対応する。正直、最初のエネルギーに関しては肉体的に苦しいこともあったが、それ以外はそんなに大したことはなかった。

 そもそも、肉体の苦痛よりも相川から受ける精神的苦痛の方が酷いことも多かったし、支配の能力に対しても瑠璃は自分の所有者を明確に決めているため、そこまで気にもならなかった。精神介入も相川から受けた容赦のない物の方が酷かった。


 要するに大体、相川の悪い所が功を奏した。


「我ら世界の秩序たる原神は汝の力を認め、名を【精錬された美】として記憶する。」


 瑠璃が複雑な思いを抱く中で周囲が盛大な盛り上がりを見せる中、式典は終了した。




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