腹ごしらえ
「ボクもお腹空いたな~」
簡単に食事をしようと決まったその時に何げなく発された瑠璃のこの一言が事件の発端だった。それを聞いた相川は少しだけ首を傾げると頷いたのだ。
「じゃ、わざわざ手伝いに来てくれた瑠璃さんにお礼の気持ちを込めてご飯パーティを開くか。」
そして、星に入るなり唐突なお食事会が開かれることになる……
ということで、大陸の端に着陸したと同時に小型の家を創造した相川に続いてリビングキッチンに入る一行。どうやらお食事会用に作られた家らしく、キッチンだけ二つある。そんな家の中では今あるリビング直結のキッチンで米俵が開かれるところだった。
「お~! ご飯がいっぱいだ!」
「ふふーん! これはあるじ様がお米のためだけに作り上げた世界で取れたとっても美味しいお米だよ! 見てこれ! まだ炊いてもないのにつやつやでぴかぴか! 透き通るようなお米なんだから!」
少し前までの暗い雰囲気を掻き消すかのように明るく振舞う二人。相川は一応、るぅねに自重を促す意味で小声で彼女にだけ通じるようにソニックブームを用いて告げる。それは近くにいた瑠璃も無理矢理聞いた。
「……まぁ初めてのお客さんで、これからしばらく付き合いあるし、いきなりレベル高い料理作ると後で面倒だな。つーわけで、今日は割と常識的な範囲の料理と材料です。」
声を受けてるぅねが相川を見ると相川もるぅねのことを見ていた。そんな相川の視線を受けてさっそく米を図り、キッチンで研ぎ始めるるぅね。研ぎ過ぎて栄養が抜け過ぎるようなことがないように、そして洗い足りずに米がぺたぺたし過ぎることがないようにバランスよく洗ったところで笑顔で相川のことを見上げる。
「できたよ!」
「うむ。じゃ、水に少しの間浸けておこうか……」
ということで一時、米から離れる相川とるぅね。その間におかずの下準備を開始した。その間に諮られた米の量を見て思わずコトハが苦言を漏らす。
「……こんなに炊いてどうするつもりなのかしら……? 糒にでもする気なの?」
「ふふ~……これくらいじゃすぐなくなるよ! 仁のご飯とっても美味しいんだから!」
「……あなたが作るわけじゃないのよね。変なもの入れられないかしら……」
相川とるぅねが奥のキッチンに行ったことをいいことに好きに言うコトハだが、瑠璃の方はもうここからどうなるのか大体理解しているので意味深な笑みを浮かべてコトハを見るだけだ。
「……それにしても炊飯器、二つも使うのね。1つで10合炊けるみたいなんだけど……」
「んー何かその辺は拘りがあるらしくて、1つの炊飯器じゃ5合までしか炊かないらしいよ? しかもこれ仁が作った魔導式炊飯器だから5合みたいだけど、市販のだったら3合くらいしか炊かないし……」
その後もしばらくリビングのソファでどうでもいい会話をしているとるぅねがこちらに戻って来て水を図り、通常の水量より少なめにしてスイッチを入れ、また奥のキッチンに戻っていく。
そして、1時間近くが経過した。おかずも出来てご飯自体も炊けているのだが蒸らしているらしく、開けるのはまだとなっており、瑠璃はそわそわしている。
「あ、甘い香りが……う~っ! ごっはん、ご飯!」
「あ、もう開けていいよ。」
お米の監督者をやっていたるぅねの許可をもらい瑠璃は炊飯器を開く。
ふわり……と。仄かに甘く、食欲を誘う香りが炊飯器を開けると同時に溢れ出た。炊けた白米は最早どこか色っぽさを感じさせるほどの艶やかさを持っており正しく、銀シャリと呼ぶに相応しい風格を漂わせていた。
「中はこういうことしなくても均一に出来てるけど……やっぱりこういうのはふぜーだよね?」
そう言って米をしゃもじで軽く掘り返し、米の中から水蒸気を逃がするぅね。香りが更に漂い、瑠璃の口内には唾液が溜まる一方だ。
「幾つかに分けてお櫃に移すんだけど……その前にちょっと食べる?」
「い、いいの?」
「うーん……まだあるじ様のおかずがあと少しなんだけど……終わった分のキッチンの調味料位なら使っていいし、塩むすびでいいならるぅねが作るよ? あるじ様の記憶通りの握り方だから味は保証します!」
「じゃ、じゃあお願いします!」
瑠璃さんはおにぎり大好き娘なのだ。目の前に甘く誘惑をかけてくる存在があり、お腹は既にぺこぺこの今、彼女を止める理性は存在しない。るぅねが先に相川に言われていた仕事としてご飯をお櫃に移す作業をしてから彼女は柔らかく米を握り、片手で回しながら少しピンク色の岩塩を削った塩をまぶして更に整形し、瑠璃にそれを渡す。
「はい、どーぞ。これ食べて待っててね~あーるーじーさぁま~! ご飯炊けたよ~! そっちに持って行くね~!」
るぅねはおにぎりを小さな皿に乗せて手を洗うと飯櫃を持って奥に消えていった。残されたおにぎりは炊き立てだったというのになぜか手に持っても熱くなく、食べるのにちょうどいい暖かさになっていた。
「い、いただきまーすっ!」
あむっ……ほろり。色っぽい瑠璃の唇から口の中におにぎりの角の一つが入る。それと同時にその部分はさっとほどけ、口内に米の旨味が広がって……瑠璃は思わず目をつぶって悶えた。
「……何でお塩だけでご飯ってこんなに美味しくなるんだろうね……」
米の自然な甘さと塩の引き締めるような鹹味。それは二つ合わさり、互いに絡まり合って増幅することで口の中でハーモニーを奏でる。
「瑠璃ー並んだぞ。」
「!」
しばしトリップしていた瑠璃だが相川の呼ぶ声に即座に反応して素早く移動を開始する。動くと思った時に既に動作は完了しており、彼女は半分無意識にテーブルについていた。
「……ふふ。」
隣に座っているのはコトハ。澄ました顔をしている彼女だがどこか落ち着きのない様子は目の前の食事に気を取られているからに違いなく、待てを命じられた子犬のような愛らしさを見せている。それを見て瑠璃は思わず笑ってしまい、それに気付いたコトハが顔をほんのわずかにだが朱に染め、瑠璃から背けるが配膳をしていた相川とるぅねが揃ったことでいがみ合いを止めて背筋を正す。
「……? 何でそんな緊張してるんだ?」
「食べていい?」
目の前にはご飯に合うおかずが所狭しと並べられており、4人掛けの椅子に比べてテーブルは広く、そして長い。それでも寂しいスペースなどなく、様々な添え物、おかず、汁物が並んでおり……瑠璃たちは限界に近かった。対する相川は別にいつでも用意できるレベルの食事なので普段通りに二人に告げる。
「駄目なら用意しないんだが……はいどーぞ。」
「「いただきます!」」
スタートを告げられた二人はおかず目がけて疾走する。最初に眩暈がするほど美味しそうな匂いを漂わせている角煮に手を伸ばしたコトハ。それを横目で見つつ瑠璃は笑う。
(まだ若いなぁ……)
蕩ける舌触りに肉と脂の旨味をこれでもかと凝縮された珠玉の一品。光を反射させて煌めく甘辛いタレだけでもご飯が進むその角煮だが、初手でそれをいただくというのは早計というものだ。確実に確保しておかなければいけないということは真理だが、食べると濃い味に舌が慣れてしまうためいただくのは後の方が望ましい。
そんな瑠璃が最初に狙うのは……食卓の中では地味な部類に位置し、大したスペースを与えられていない存在たち。即ち―――
(初手はこの……お漬物達なんだよ!)
角煮は皿の上に保持。そして瑠璃は白菜の塩昆布付けに手を出してご飯の上に乗せ、白菜で丁寧にご飯を包み……いただく。
ざくり……モキュ……モキュ……
(ん~っ!)
葉の部分の塩辛さ、そして芯の部分の歯切れよさが口の中でご飯の旨味を引き出す。先に食べた塩と銀シャリのセットとはまた違う、互いを立てる相性の良いパートナーだ。
更に醤油や七味をかけることでまた違った顔を覗かせてくれる名脇役でもあり、食べ始めにはちょうどいい軽さと言うモノも兼ね備えていた。
(軽い準備運動は終わった……いざ、参る!)
そう、戦いはこれからなのだ。今の一品も十分に美味しいものだが決して満足いく一品ではない。瑠璃の手は次に伸び……そこで想定外の動きを見せた。
「美味しい……」
隣でハムハムご飯を食べているコトハの存在だ。彼女はご飯を炊く際には澄ました顔でそんなに食べる訳がないと宣っておきながら既にお代わりを所望し、おかずを食い荒らしている。瑠璃の計算違いの根源である。
(しまった。ボクと仁のいつものペースじゃ美味しいところが持って行かれる!)
瑠璃はお上品な、型とも言える食べ方をするのを諦めて己が欲するように動くことを決める。戦いはまだ始まったばかりだ。計算ミスはあったものの修正は効く。
瑠璃の箸に力が込められ、コトハがそれに気付いて応じ……互いの食バトルが始まった。