どうでもいいけど
「言えよ! 畜生!」という相川への文句から始まり、「え、な……何でここに……?」という混乱に続き、「……待った! 俺から、俺が言わなきゃいけないことがある! 好きだ!」となったミカドの恋模様が済む頃には瑠璃とコトハも目を覚ましていた。
「で……何でコトハは仁に抱き着いてたの?」
「その、疲れてたから……?」
「ふーん? 疲れてたら人の好きな人に抱き着いていいんだ?」
そして今は修羅場真っ盛りだ。疲労など感じさせない二人の戦いは相川抜きで火花を散らしている。
「ボク、言ってたよね? 人の好きな人盗らないでって。」
「別に、盗った訳じゃ……それに彼が……」
「……そうだね。確かに、仁にも問題がある。けど、今はコトハの問題について言ってるんだよ?」
しかし、強いのは瑠璃の方だ。牽制していたという事実も相まって強い立場でコトハを問い詰めている。コトハの方は後ろめたさに少し引き気味だ。
「……お前ら、この現状に対しては何も思わないわけ?」
そんな状況に置いて行かれていた相川の方が口を挟む。彼は現在、【血染め黒兎】を膝に乗せて酷く疲れたようにベッドに腰掛けていた。【血染め黒兎】はご満悦で相川に凭れ掛かっている。
……人間の幼女の姿に黒兎の耳を生やした状態で。そんな光景を見ても瑠璃は不満こそ顔に出せども大した反応を見せない。
「……何かまた変な女の子引っ掛けてるなぁって。」
「私の時と対応が違い過ぎない……?」
「恋敵と将来の養子じゃ違って当然だよ。」
「……何か色々言いたいことがあるなぁ……」
【血染め黒兎】との一悶着の所為でただでさえ疲労している状態から無駄に疲れている相川は疲労感を隠そうともせずに溜息をついた。
「はぁ……まず瑠璃。」
「何?」
「恋敵ってことは……まぁ何だ。コトハが俺のこと好きとかありえない妄想してるんだろ? ないから。俺を好きとか頭おかしいことを本気で言ってるのはお前ぐらい。」
「……まぁ、そうかもしれないけど。」
大嘘だ。瑠璃が知っている範囲、瑠璃と同じ出身の世界だけで数名いる。だが、相川がそのことについて知らない方が瑠璃にとっては都合がいいのでそれは流しておくことにした。
「……で、養子とか言ってるけどこの【血染め黒兎】は何か……よくわからん。そうなんだよなぁ……こいつが何だかよくわからないことをしようとしていたからコトハを抱き抱えたまま動けなかったんだよ……」
「……よくわからないこと?」
「……まぁ、一言で言ったら『全部邪魔だから殺す』って。」
瑠璃が剣呑な目で相川が抱えている幼女を見据えると彼女はそれを受けて……微笑んだ。ただ、それだけだ。それだけで瑠璃は部屋の隅にまで飛び退いた。
「……仁、そいつ危ない。」
「んーん……ハニバニ、主人は大事にするタイプ……」
「また見てない間に何があったのよ……」
臨戦態勢に入ったまま【血染め黒兎】を警戒する瑠璃とまたこいつは……という胡乱な目で相川を見るコトハ。相川は微妙な顔をして答えた。
「【血染め黒兎】……まぁ、平たく言えばある旧神の使徒の対になる存在のはずだったのに追い出された悪の使徒だな。で、追放されてぼっこぼこにされてたところを拾ってたら懐いたみたい。」
「白兎、卑怯者……」
「その旧神があなたっていうオチじゃないでしょうね……?」
「違う違う。もう引退してるけど【大国主命】さんだよ。黒兎の対は【因幡の白兎】。どうでもいいけど権能としては白兎が幽世から現世に戻る癒しの導きであるのに対して黒兎は魔を導き幽世の禍を動かすもの。本来は表裏の関係なんだけどねぇ……」
説明されて何だか嬉しそうな【血染め黒兎】。何でそんな物騒な名前なのかと相川に問うとそもそもは【因幡の黒兎】と言う名だが、追い出すためにレッテル張りとして元々持っていた逢魔が時の不気味な夕暮れのイメージ色に加えて白兎は毛皮を剥がれて血まみれになった被害者が黒兎は血染めにする加害者であるということをイメージ付けようとした結果だと答えられた。
「むふー……! よく知ってるね……うれしい……」
そんな相川の説明を聞いて非常に嬉しそうな【血染め黒兎】、自称ハニバニさん。その一挙一動を見逃すまいと睨んでいる瑠璃さん。コトハは混乱しながら相川を見て……目が合い、思わず背けた。
(……頬が熱い気がするわ……違う。私は大丈夫よ……大丈夫だけど、あなたが私の感情を勝手に代弁しないでほしいわね……!)
目を逸らしてしまっただけなのに勝手に警戒せずに見た場合は目をそむけたくなる程度には嫌っているなどと笑いながら瑠璃に宣う相川を睨むコトハ。瑠璃はそんなコトハの様子に気付いており、危機感を抱いているが相川が気付いていないならそれでいいとその考えを肯定している。
(……ただ私より先に会っただけなのに、ちょっとズルいんじゃないかしら……?)
自分が如何こう、ではなく一般論として瑠璃のやり方は強引過ぎるのではないだろうか。コトハは盗られまいと必死なのはわかるがあんまりな気がすると瑠璃を少し睨み、大いに睨み返された。
そのやり取りなど気付いていないような相川はふと思い立ったようで瑠璃に告げる。
「……あ、それから瑠璃さん。先に謝っておくけど君、俺のこと好きみたいじゃん。」
「うん。愛してるけど何?」
「応えられないから。諦めて?」
「絶対に嫌だけど? ボクが諦めるのを諦めて?」
唐突過ぎる相川の宣言に笑顔で瑠璃は拒否して場に沈黙が下りる。ご機嫌な様子だったハニバニさんですら空気の凍りように固まった。
「……あれ?」
「何で諦めると思ったの? 諦める訳ないじゃん。仁って時々バカだよね?」
「……俺がおかしいのだろうか……」
「うん。」
有無を言わせない断定表現。これには相川の方が逆に首を傾げた。
「まぁ俺は少しだけ変わってるし、そうなのかもしれないな……いや、でも諦めて?」
「何? 喧嘩するの? これは譲れないからボクも本気出すよ?」
「……ちょっと待って。確認するから。」
目元の黒子に片手を当て、封印を破壊する構えを示す瑠璃。これだけは譲る気はないようで、徹底抗戦の構えだ。対する相川は敵意も悪意も害意もない相手、しかもつい最近何の見返りもないのに自分の命を投げ出してまで危険な場に来たという相手に能力が使えないという現状を確認してゆっくり首を一周回した。
「……えー? 何で……?」
「何でも何もないよ。別に、嫌っても……良くはないし泣いちゃうけど。仁がボクのこと好きじゃなくてもボクが仁のこと好きなのはいいでしょ? 何でそれもダメにするの?」
「不確定要素過ぎるから。それにしてもちょっと待てよ。俺、お前にそこまで好かれるようなことした記憶ないんだけど……」
「は?」
それは流石にない。傍から見ていたコトハですらそう思った。瑠璃の惚気話が壮大過ぎて嘘っぽく感じたため、【言霊】で見て確認したのだが、相川は瑠璃が小さい頃から瑠璃の窮地には散々助けに行ったり色々している。
「……んー、主人様……薄々感じてたけど鈍感……?」
「そうだよ……超絶ド級の。頭いいのにアホなんだよこの人。」
「あん? 別に鈍感って訳じゃないと思うが? お前らさっきここでやってたミカドとサキの恋物語とか誰が裏で監修してたと思ってんだ?」
「……じゃあ、テストしましょうよ。」
会ったて殆ど間もないハニバニにさえ鈍感扱いされ、相川は微妙な顔をした。しかし、それに全く納得いかない3人の内、コトハがそう告げると相川は上等だと応じ、ハニバニを膝から降ろすとベッドから立ち上がる。
「ついて来な。」
何だか別室に移動することになった一行。これで、コトハが相川に抱き着いていた問題は有耶無耶の内に消されることになった。




