予定外
(……思ってたより大分早かったなぁ……腐っても流石は原神ってところか。まぁ、休息入ってからだったからまだマシだけどな。)
屋敷全体に響き渡るような爆発音でようやくベッドから出てきた相川はこの世界に異変が生じた時点で準備していた道具たちを持って欠伸をしながら立ち上がった。
「はぁー……何か馬鹿笑いしてるなぁ……」
一先ず、相川はこの屋敷を監視しているモニターを起動して外敵が現れている場所を確認した。モニター上では呆気なくコトハが捕まっており、ドエスノに弄ばれている。
(逃げたらどうなるんだろ。まぁ、ここまで来られたらもう逃げられないし遥々ウチまで来てくれたんだから出来る限り丁重におもてなしはするけど。)
どうやら相川に接触を図った当初の目的である美姫たちのことよりも相川を壊すことの方が主題に入れ替わっているらしい。本物確認を終えて哄笑を上げているドエスノを見ながら相川はとりあえず様子見のために罠を起動させた。
「……⁉」
「あっ、仁! 大変なんだよ! コトハが……」
「そこにいるから静かにして。あるじ様、どうするの?」
「んー……一先ず、君らは邪魔だからどっか行ってもらおうかな。」
部屋の中にリビングにいたドエスノを除く3人が飛んできて相川は説明もなしに彼女たちを別世界に避難させた。直後、リビングから相川の部屋までの全ての壁が薙ぎ払われ、ドエスノが相川の部屋まで雪崩れ込んでくる。
「お前が本体か!」
「【呪死裂断】ッ!」
加減なし。全力の一撃を以て返事代わりとする相川。ドエスノはそれまでの偽物によって見せられていた相川と本体の実力差によって避け損ね、右肩に酷い裂傷が入った。
だが、その顔は狂喜に歪んでいる。
「この威力、そして、傍に控える美女。まず間違いなく貴様が本体で間違いないな?」
「……瑠璃、何でお前いるの?」
「え? だって、仁が飛ばしたんじゃ……」
「お前また存在値が増して……」
別世界に飛ばし損ねたかと相川は苦い顔をしつつドエスノから目を離さない。幸か不幸か、数々の偽物に仕込んだ罠によってドエスノの能力に探りは入れられているため、瑠璃がドエスノの苦手とするタイプであることが判明している。
ただ、相川は瑠璃を自分の戦いに巻き込むのが嫌だった。そして、瑠璃はその逆で相川が自分を残して戦いに行くのが嫌で、ここにいるということは命を賭してでも相川と戦おうとするだろう。
ドエスノが瑠璃のことを舐め回すかのように視姦している間に相川は考えをまとめ、そして仕方なさそうに告げた。
「瑠璃、即興で俺と組めるか?」
「勿論!」
笑顔だ。その顔には頼られて嬉しいという喜色が満面に浮かんでおり、彼女の封印が少し弾け、存在値が更に増す。それを見てドエスノも喜んだ。
「アハハハッ! いい女だなぁ……ホンット、この男の目の前でぐちゃぐちゃに犯してやったらどんな顔してくれるんだろう?」
殺さず、嬲り、心を折る。これまでの鬱憤を晴らすべく凄惨な現場を作り出そうとドエスノは殊更余裕を作って増長していると思われる相川の心を折るための雰囲気を生み出す。
「ッ⁉」
瞬間、背筋に小型の昆虫が這いずり回ったかのような怖気が走った。その本能に従い、ドエスノはその場から大きく飛び上がって―――天井が落ちて来た。
「がァッ……!」
その直後、不意を突かれたことから生じた硬直に乗じて物も言わずに相川と瑠璃が同時にドエスノに飛び掛かり、見事なコンビネーションで乱舞を魅せる。
血が迸り、肉が弾け、骨が捻じれ、身が軋む―――
しかし、それでもドエスノは笑っており……瑠璃の頭を捕まえると彼女がそこから脱す一瞬の間に術を発動した。
「【操り人形劇】」
「あっ、ぅ……」
瑠璃の大きな黒い瞳から光が失われ、飛び下がった後に体が妙に弛緩して着地を失敗する瑠璃。そんな彼女を見てドエスノは笑いつつ相川の攻撃など痛痒にも感じないとばかりにその身を一瞬で治す。
そして、瑠璃がふらふらとドエスノに近づくのを横目で見ながら相川を見下すように殊更大きく、分かりやすく笑った。
「さて、これで女を手に入れる「【バッドリップアウソロティー】」とこっ!」
相川が連撃を叩き込む最中に呟いた言葉によって瑠璃は一気に目に光を取り戻して油断していたドエスノの腹部に強烈な一撃を叩き込むことに成功した。ピンポン玉の様に吹き飛ばされるドエスノ。相川との間に距離が生まれるもその距離を相川は一瞬で詰めた。
(ッ……? 何でこいつは執拗なまでに俺に接近戦を……!)
これまで通りに攻撃を受け、ダメージなどないかのように振舞いつつ余裕を見せているドエスノに困惑の感情が生まれる。皆殺しにしてしまった相川の元部下たちの情報からすれば相川は完全に術者タイプの存在であり、ドエスノのカモだったはずだ。
(嵌められたか? いや、あの状況で嘘を吐くとは考え難い……)
恐ろしいことに数千万もの世界を滅ぼしてダメージデコイをストックしていたドエスノのデコイが目に見えて減少し始めている。確かに、ここに来る前に正の原神と一戦を交えてしまったことから膨大な数が減っていたというのも事実だ。しかし、それだけでは説明がつかない程の異常事態。
このまま主導権を握らせてしまってはこの執拗な攻撃が続いて後々面倒なことになりそうだ。そう考えたドエスノはただ受けるのを止めて防御、という選択を取った。
「さて、退屈な攻撃ばかりでそろそろ飽きたぞ? こちらからも手を出させてもらうとしよう!」
「【ランガッカ】ァッ!」
「【遊神星虹流・花蛍】!」
そして、防御を取った次の瞬間に自身の身体に襲い掛かった相川と瑠璃の合わせ技を受けて驚愕する。先程までの攻撃が児戯かと思われるほど、強烈すぎる一撃だったのだ。
(な、ぁ……っ⁉)
完全に想定外の出力にドエスノの動きが止まる。それをいいことに彼らは更なる攻撃を入れて来た。
「【厄呪双掌打】!」
「【遊神星虹流・天墜打】!」
「【龍昇天掌】!」
「ぐふっ……」
想定外の攻撃、油断していた時の攻撃以外の、意識して受けた攻撃で初めてドエスノが苦悶の声を上げる。それを見て追撃の手を止めることなく相川は自分の実験結果が正しいことを再確認した。
(掘裏衛門如きがこいつのケツにブツを突っ込んで孵化させたことで確信できたが……やっぱり、こいつは完全に術者タイプだな。)
偽物に仕込んだ毒や術、生物兵器に薬品の類。それから銃火器や刀剣。その他多くの罠たちから得た結果から近接戦、特に物理攻撃が得意ではないことを割り出していた相川は至極冷静に戦いながら事実確認を行う。
(だが、原神ってだけあってこの程度じゃ、まだ足りないな。出来る限り勘違いをさせて油断を誘っておきたいところだが……)
相川はドエスノがこれから何をするかということに関する予測もついていた。その前に、彼が無駄に抱え込んでいる何らかのスケープゴートを消費させて余裕を削っておく必要がある。
「【雷閃一禍突】!」
「【遊神星虹流・聖光白撃】!」
叩き込んだ破壊の一撃。しかし、今度は避けられた。受けることも、止めることも選択せずにドエスノは避けたのだ。
(……舐めプして嬲れる雑魚じゃないって評価を変えやがったな……!)
これまでは格下どころか番外扱いだった。しかし、これからは戦う必要がある敵として相川を認識したようだ。ここに来てようやく彼は戦闘準備を始める。幾多ものストックが破壊され、万が単位をなくす程に減るという、ドエスノが発生して以来の危機に対して彼は歪な木の、禍々しさを感じる杖を次元の狭間より呼び出して掲げ、そして相川に宣告した。
「貴様を壊す。」




