儀式の行く先
「……ところで、彼が眠っている間に私だけで進められる儀式ってないのかしら?」
「さぁ? そもそも、何の儀式か知ってるの?」
「……よく、分からないのよね……」
相川が色々あって休みと決め、誰も通すなとるぅねに命じて惰眠を貪っている頃。その外では安眠妨害をして反省のために正座を命じられていたコトハと瑠璃が会話をしていた。
「あ、でも確か……儀式を選ぶときに少しだけ見た記憶が……」
「どんな内容だったのかは?」
「名前だけ……あまり大したことなさそうな名前だったから選んだのだけど……」
コトハは正座を止めようとして瑠璃に掴まれて正座させられながら思い出そうと考える。
「……そろそろ正座を……」
「ダメ。」
「何なのよ……別に見てないからいいじゃない……」
「ダメ。仁はね、誰のことも信じてないから自分が言ったこともやらないだろうって思ってるの。だから多少やり過ぎでも言われたことはちゃんとやっておくべき。」
それはあなたの勝手だろうに……そう思うも【言霊】の力を用いない限りは瑠璃の手から逃れることも難しそうであること、それからそこまで正座がキツイと言う訳でもないということからコトハは諦めて少しだけ移動してソファの上に正座した。
「……二人とも、じゃまだよー? あるじ様にはるぅねが止めさせたって言っておくから正座止めてご飯食べたら?」
「だってよ、瑠璃。私はそうさせてもらうわ。」
「……ちゃんと言ってね?」
るぅねに念を押して瑠璃は立ち上がり、コトハも同じくソファから足を降ろして食事に移る。ついでに今日は相川が寝ていることから珍しくるぅねも一緒に食事を摂ることになった。
「……魔導機人でも食事するのね……」
「あるじ様が美味しいもの食べれた方が楽しいだろうからってつけてくれたの。別に食べなくても生きていけるけどね。」
「それはみんな同じでしょ。」
嗜好として食事を行っているだけであり、本来食事を必要としない一行。そんな中でコトハはいつから食事を純粋に楽しめるようになったのかとふと考え、そして苦笑した。
「どうしたの?」
「……食事は美味しい物を楽しく食べるってこと、気付いたらそれが当たり前になっていたことを気づいたのよ。」
「ふーん……」
「そ、それより私たちの方で儀式を進めるって話、何かできないかしら?」
言っていて何だか気恥ずかしくなったコトハは急な話題転換を図る。瑠璃もるぅねも露骨な話題転換に気付きはしたが、スルーすることに決めて考えた。
「るぅねは何か知らないの?」
「……んー……るぅねは一応、昔のあるじ様の知識をぜーんぶ詰め込まれたからこの一連の流れの儀式は知ってるんだけど……」
「けど?」
「るぅねが知ってる儀式なら、あるじ様は選ばないと思う……」
るぅねが困ったように告げるも手掛かりにはなるかと瑠璃とコトハから追及がある。そこまで言うのならばとるぅねはあんまり言いたくなさそうにしつつも口を割った。
「儀式コードは【永遠たる愛の闡明】、名前の通り愛する相手と一緒に、永遠に幸せでいられるように色んな加護を重ねていく儀式。」
「は?」
瑠璃の表情が険しいものに変わった。るぅねは瑠璃の反応を見てそんな顔をするならばもう言わないでおこうかとも考えたが、瑠璃についてはコトハが抑えるつもりらしいので続ける。
「で、儀式の内容は段階ごとに決められた物……例えば最初に出会いの儀式とか。その段階ごとの儀式に加えてデート、それから贈り物が基本。それも各々グレードがあってあるじ様がやってるのは一番上。」
「……デート? あったかしら……?」
「だから、あるじ様がやってるのは一番上のグレードだってば。最下級の儀式ならピクニックみたいなレベルだけど、あるじ様の場合は最悪のコンディションで霊峰踏破とかやってたの。」
るぅねの言葉でコトハがこれまでやって来たことを思い出し、アレがデート……? と首を傾げることになる。
「蒲鉾工場の泉に投げられたことも……?」
「うん。本来なら水族館デート、もしくは海に行ったとか水関連のデートなんだよ。」
「水族館……蒲鉾で……」
「まぁ……言われてみれば、アレってコトハには見えてなかったみたいだけど蒲鉾の原料……第一世界の神獣レベルの海獣とかが中にいたから水族館みたいな感じだったのかなぁ……?」
蒲鉾を練り合わせるための水ではなかったのか。そして、そんな危険な状態だったのに誰も突っ込みを入れなかったのかということに今更気付くコトハ。
「……気付かなかったわ……」
「まぁ色々言われそうだから説明しなかったんだろうけどね。それより段階ごとの儀式って、結婚までの流れなの……?」
コトハの危機をそんなことで流した瑠璃はるぅねにこの程度であれば相川が選ばないということはないだろうと探りを入れる。すると、るぅねはあっさりと吐いた。
「うん。このまま行けば、段階としてはちゅーとか、えっちまでして結婚することになるの……おかしいよね? あるじ様が、そこまでするって。」
「最上級のグレードなんでしょ? だったら、ちゅーとかえっちももっと何か別のことになるんじゃないの?」
「……ちゅーはすっごいディープで長いちゅーで、甘い毒を交わすのが最上級だけど……あるじ様の体液ってそもそも毒だから普通にながーいちゅーになりそう……えっちは、何か……3日くらいに、なるかも……」
「何でそこだけ普通なの!」
憤慨する瑠璃だが、コトハには普通とは思えなかった。瑠璃の中では普通の範囲に入る事なのだろう。しかし、思考を少し別の方向に持って行ってもコトハの頭は儀式の内容で混乱していた。
「え、嘘。私、彼とそんなことになるの……?」
「……仁はそんなことしない。ボクが先なら、100歩譲ってあり得るかもしれないけど、会って間もない時から始めてるのにそんなことはない。」
るぅねはその譲歩の前提すらおかしいと思ったが、一々指摘しても話が進まないので黙っておいた。その代わりに別の切り口で話を出す。
「でも、あるじ様はコトハに言われて半分くらい嫌々で……それに、儀式的には避けられないし、最上級グレードであるじ様と一緒に暮らすなら確かに【言霊】程度の制御は簡単だと思うから……」
「……た、確かに手をつなぐとか、ちゅ、ちゅ……接吻とか、書いてあったかもしれないわ……あの時はそんなに意識せずにこの程度で狼狽えるなんてとか言ってた気が……」
瑠璃は不機嫌そうにるぅねにご飯のお代わりを要求する。瑠璃は機嫌が悪くなるとやけ食いのような状態になるのだ。これで、本日だけで5杯目となる。
「起きたらいい加減、仁に儀式の内容訊こうか……」
5杯目を受け取り、ご飯を食べながら瑠璃はそう告げる。るぅねは特に賛成も反対もせずに当事者であるコトハに視線を向けるも彼女は一人で百面相をしていた。
「……コトハー?」
「違うのよ。待って。まだ心の整理がついてないの。別に嫌っていうわけじゃないけど、そうじゃないのよ……どうしよう……」
困った顔で何故か泣きそうな目になりながら嬉しそうな口調でそう告げるコトハ。その時、リビングの外から爆発音が響く。それを聞いて食卓の3人は食事を一気に終えた。
「起きたみたい……どういうことか訊かないと。」
「……? 待って、違う!」
コトハが絶対何らかの追及を受けそうだと思って外部の爆発音に全員の意識を逸らそうとしたその時、感知の結果がおかしいと気付いた瑠璃が声を上げる。
だが、遅かった。
「いたぁ……」
現れたのは、黄色の髪をし、間違いなく美しい顔をしているのに現在は狂気の笑顔に染まっており、美しいとは到底言うことの出来ない邪悪さの滲み出た少年神。
負の原神、ドエスノだった。
彼は迎え入れようとしたコトハを素早く掻っ攫うとその胸を、体を、脚を、彼の五感で確かめて哄笑を上げた。
「本物だ! 間違いない! さぁ、出て来い相川ぁっ! お前の花嫁は我が手に落ちたぞぉっ!」




