無礼者の狼藉
相川の元気の良い挨拶の結果、血の気の多い若者と多少の戦闘が勃発して相川はボロボロにされた。しかし、結果として一筋縄ではいかないということを理解した相手側は相川との間に対談の場を設ける。
「……それで、相川と言ったな?」
対談の場に出て来たのはこの家の当主であり宗主であるコトハの父だ。【言霊】を使う術者であるにもかかわらず、身の丈2メートル近い筋骨隆々の美壮年である。
「はい。」
それに対するは既に全快している相川と笑いはしたもののどうしていいかわからずに俯きがちに相川の隣に座っているコトハだ。アウェーに来ているのは相川であるが、実家の意に初めて逆らっているという自覚があることからコトハの方が緊張している有様となっている。
この対談の意義は、相川とコトハの父が主になってコトハの処遇について取引を行うことだ。互いにコトハを引き取って封印するなり儀式の続行をするなり、それぞれの要求を通すことが目標である。
まず、口を開いたのはコトハの父だった。
「で、どこの馬の骨とも知らん負の存在が入ったゴミ屑が神聖なる我が家に何の用だ?」
「コトハさんを……」
「よもやゴミの分際で、我が娘を掠め盗ろうなどという冗談は言わんだろうな?」
「えぇ。」
相川の発言を遮って自らの言葉を【言霊】の力で重圧を掛けつつ押し通そうとする父親。それに相川が普通に返事をしたことでコトハは思わず相川を見て父親を見る。
両者、笑っていた。
「ハッハ……どうやら分はわきまえておるらしいな? コトハを家に戻したことだけは評価してやる。褒美として命だけは助けてやろう。コトハを置いてさっさと出て行け。」
「あ? 何言ってんだこの禿? もしかしてさっきの俺の声を肯定と捉えたの? 【言霊の一族】の癖にニュアンス掴めなかったの? 馬鹿?」
コトハの父の笑顔が固まり、しばしの空白の後に鬼の形相になる。対する相川は笑顔のままだ。コトハは再び両者を見て先に父親から声を掛けられた。
「コトハ、下がれ。この無礼者を処分するのに邪魔だ。それとも、既に汚されたか?」
「は~……碌な奴じゃねぇなぁ……何だこの馬鹿。言霊の術者にしては言葉が持つ意味も、発された言葉がどうなるかも分からずに喋ってるわ……大丈夫? 負の原神に頭の中弄りまわされたりしてない?」
相川の挑発。短いその言葉にコトハの父は過敏に反応した。
「何故、貴様が負の原神と我らが争ったことを……?」
「普通に考えろ。正の一族。普通、戦ってるもんじゃないのか?」
「……考えすぎか。」
少し先読みして唐突な負の原神の襲来は相川に何らかの関係があるのではないかと考え、探りを入れたコトハの父だが、相川の言葉にその考えを打ち消す。
そこに相川は笑顔で放り込んだ。
「まぁ少し前にけしかけたの俺なんですけどね。コトハはすっごい可愛いよー、あっちいるよーって。」
「貴様ぁぁああぁっ!」
「おっと。」
躍りかかって来たコトハの父に対して相川は対談の場に備え付けられていたテーブルをひっくり返して叩き付ける。そして、コトハの手を引いて後ろに下がらせた。
「ちょっと、儀式の交渉はいいの?」
「ん? 別に、お前さんの父親の血と親指があればなんとでもなる。」
「……承諾を貰うとか言ってたけど……偽装する気なのね……」
「まぁ魔力があればなんとかなるし。」
臨戦態勢に入ったコトハの父に対して呑気な相川。一方、コトハの方は焦っていた。ここにいるのは父だけではないのだ。一族郎党が襲い掛かれば……そう思っていたところに父親の怒声が相川に向けられる。
「貴様ぁ……! 危うく正と負の全面戦争が起きるところだったのだぞ⁉」
「んー? いつものことじゃん。それとも何? いつものやつは演出なわけ?」
「……分かっている上で言っておるな……? 何が目的だ!」
「ん? コトハさんの依頼を達成しようと思ってね……助けてーって言ってたから、助ける。」
戯言を……コトハの父はそう思いつつ、本当の狙いを探るため、相川に同行してある程度のことを知っているはずであるコトハに視線を向け【言霊】で確認し……驚愕する。
「貴様……まさか、本気でそんなことを……? そんなことのために……?」
「そんなことって言われてもねぇ……」
「ふざけるな! たかが小娘一人のために世界を危険に晒すか!」
コトハの父は激怒して大声を上げる。そのセリフを聞いた相川の方は冷めた目でそれを聞いて半笑いで答えた。
「たかがって……コトハを侮り過ぎじゃね? ねぇ?」
「……流石に世界と天秤にかけられて勝つ自信はないわ……」
相川の問いかけにコトハも流石に引き攣った笑みで答える。しかし、相川は尚も笑って告げた。
「見ず知らずの原神が多少死んで、行ったこともない世界がそれなりに滅んで、聞いたこともない膨大な数の生命が消えるだけじゃん。何か?」
「何か……だと? ふざけるな! 全世界の害悪となりかねん化物一匹を救うために、誰が世界を滅ぼし、秩序を敵に回すか!」
「んー、俺かなぁ? つーか君、今自分の娘のこと化物って言ったの? 酷いねぇ?」
生まれてすぐに世界の敵に認定されている化物に言うか? そう思って苦笑し、コトハの方向を見る相川だが、この時点で目的は達成している。怒って話すことに集中しているコトハパパは隙だらけ過ぎるのだ。相川の視線誘導に引っかかり、コトハの父親がコトハの方を見た瞬間に相川は動いた。
結果、見掛け倒しの筋肉は何の役にも立たず、相川に儀式に必要な物質を奪われる。
「はい、お疲れ様でした。あ、それからコトハの封印も解いたから戻ってきた時には優しくしてあげるんだよ?」
「なっ……あ……貴様、あの封印が何のために……」
傷つけられたことよりも相川がコトハの封印を解除したということに衝撃を受けるコトハの父。そんな彼の精神状態はぐちゃぐちゃで、コトハの能力を以てすれば【言霊】が見えて透ける。そして、コトハは暗い表情になった。
(化物……私は、誰からも必要とされていない、世界に対して危険を与える存在……親からさえも疎まれる。分かっていたけど……ここまで……)
親の前では封印が他の場所よりも強くなっていたことから知ることも出来なかった父の本心。相川の所為で襲来した負の原神によって疲労し、今、相川によって傷つけられたことからはっきりと見えた。
「……化物が……! 我らが封じた化物を起こして世界を滅茶苦茶にするつもりか!」
「んー? 世界がどうこうなるってことはないと思うよ。責任取るし。後、俺は化物でもいいけど、コトハは普通の子……にしては美神過ぎるけど、まぁ感性は割と普通の子だからあんまり酷いこと言わない方がいいと思うよ? 傷付いて復讐しに来るかもしれないから。」
「何が普通だ! そいつを野放しにすれば世界が滅びる! 今すぐ封印するから返せ!」
「女一人のせいで滅びるような脆弱な世界なんざ滅びろ。無理して生き残らせる必要を感じん。強い方が生き残るべきだろ。大体、コトハの能力は……」
説明しようとした相川だが、巨大な術式反応を感じてそれを打ち切り、コトハを連れてその場から飛びのいた。直後、相川がいた場所を極大の光線が貫き、飛びのいた相川の下に梵字と思われる術式が飛来して相川を血で染める。
「チッ! 逃げるか!」
「逃がすか! 総員、奴を撃ち殺せ! 多少コトハに当たっても構わん! 撃てェェエェェッ!」
轟音と共に【言霊】の力で生み出された様々な物質や現象が相川目がけて飛来する。相川はそれらからコトハを庇いつつ逃走を図った。
「……よし、通った。【神・行方不知】!」
少しの間無防備に攻撃を受けていた相川だが、術式が発動するとその場には何も残らず【言霊の一族】は勝利とも敗北ともつかない状態に陥る。
そんな中、コトハの父親は慌てることもなく不機嫌な顔をして立ち上がると相川からコトハを取り戻すべく彼よりも上位の存在に対して連絡を入れるのだった。




