ご挨拶
「はっ!」
斬撃。相川を探していた負の原神である黄色の髪をした少年神、ドエスノを背後から襲ったのは相川の影からの鋭い一太刀だった。不意を突かれたドエスノはその一撃を受けてどす黒い血と思われるものを額から流し……歓喜した。
「ようやく……ようやく出て来たなぁっ! お前だけは絶対に殺す……!」
ギラギラとした目で再び強襲を仕掛けて来た相川の方を睨みつけてわざと、攻撃を受けてそれを影ごと消し飛ばすドエスノ。圧倒的な実力の差。それを彼は見せつけたかったようだ。
「この程度か。あぁん? あれだけ舐めた真似しておいてこの程度かって訊いてんだよ!」
吠えるドエスノ。対する相川は無言で再びドエスノに襲い掛かり……その頭部を変化したドエスノの、美しい顔とは似合わない獣の手で掴まれた。
「ククククク……お前はじわじわと嬲り殺しにしてやる……楽には、殺さん……」
頭蓋を締め付けるように力を入れ、鋭い爪を相川の顔に刺して流血させるドエスノ。次の瞬間、相川の顔は破裂した。噎せ返るような悪臭。ここ最近、ドエスノに親しみのあるものだ。
『はいはーい! 残念ハズレ! 今か』
「……死ね。」
端的だ。ドエスノの怒りはもうわざわざ咆哮したりするようなものではない。ただ行動で相川の影から生み出された偽物を跡形もなく叩きのめすという意思表示を行う。
「……次。」
もう、今の失敗はどうでもいい。次に冷静に、かつ絶対に相川を殺してやる……そう、復讐の熱意を体に宿すドエスノ。そんな彼だが、突如、背後に悪寒を覚える。
(来たか⁉)
油断させての本体か! そう思って振り返るドエスノ。しかし、そこにいたのは絵に描いたような太眉を味付け海苔にてかてかさせ、顔の下半分が剛毛と思われる髭を剃って少ししたくらいの青い状態になっている、まさに筋肉と言えるような見事な肉体美を惜しげもなく晒している漢だった。
「……? 誰だお前。」
返事は、漢の身体に唯一付けられた魂の拘束具……ブーメランパンツを外すことだった。晒された男のシンボルは雄々しく、漢が漢たる所以を天に叫んでいるかのように屹立している。
「お、おい、お前なんだよ……!」
「ターゲット、ロックオンッッッ!」
天地に叫ぶ漢。次の瞬間、彼はその場から消失したかと見紛う程のスピードでドエスノの後ろに回り込み……ドエスノの後ろ蹴りで股間を砕かれた。
「キモいんだよ! 死ね!」
「ぁ、お……」
物理で砕かれたところに術式で更に焼き払われ、悶絶する漢。ドエスノはこいつは何だったんだ……そう思いつつこの場から去ろうとし、下半身が何故か解放感に溢れていることに気付いた。
「っ⁉」
「ユニッバーッッッス!!!!」
何故か叫び、戦利品とばかりに引き千切ったドエスノの術衣を天高く掲げる漢。それを見て即座にドエスノは警戒して飛び下がった。
「テメェ! まだ死んでなかったのか!」
服を創造し、身に纏うドエスノ。しかしその一瞬の隙が戦場では命取りになるということを彼は重々理解しておくべきだった。
「オッス……オォォッスゥゥゥッッッ!!!」
「は、おい、ちょっと待て、テメ、ふざけん……アッグ……ッッ!」
ドポンッ……ドエスノの背後から下腹部に漢の漢がねじ込まれた瞬間、大量の何かがドエスノの体内にぶちまけられた。直後、役目を果たしたかのように漢は白目を剥いて汚く倒れる。それと同時に、ドエスノの体内から白濁液にまみれ、光を反射させる汚い触覚が出て来てドエスノに吐き気を催させた。
「……~ッ⁉」
しかし、それどころではないらしい。ドエスノの体内に何者かが蠢く感覚が起きてドエスノは即座に自らの躰を引き裂いて開腹し、中に小さなおっさんがいることを認めると声にならない絶叫を上げ、それを掻き出して焼き払った。
『ひっどーい!』
「ァ相川ァ……てめぇ、本当に一線超えやがったなァ……? ここまで俺をキレさせたのは、お前が初めてだぞこの……」
『初体験? それは俺じゃなくてそこの』
相川の軽口が届く前にドエスノは声の主を割り出してそれを破壊した。ついで、それが中継されている場所を割り出して相川を殺しに行く。
尤も、その地点は確かに中継地点ではあるが、ダミートラップにまみれており、現在相川がいる地点とは真逆の位置にある。そこにドエスノは激甚しながら周囲を見ずに進んでいるため、まだ遭うためにはもう少し時間がかかるようだ。
「クック……」
「何が面白いの?」
「いや、ちょっとね……」
ドエスノが更に遠くに行ってしまっていた頃。相川はコトハを連れて【言霊の一族】が支配する世界へと足を踏み入れようとしていた。唐突な侵入者が来たというのにそれを排除するための動きがないことにコトハは首を傾げつつ、相川の後ろを追従する。
「……妙ね。誰も来ない……」
「気配消してるからな。そんなことより君の両親にご挨拶と行こうか。どっち?」
「……こっちよ。」
両親に挨拶など、瑠璃に誤解を与えるような表現は止めてほしい。そう思ってふとコトハは瑠璃もこの場に来ないということに気付いた。恐らく、相川が何らかの手を打ったのだろうということで自己解決しつつもあまり今の気分としてはよくないと思いつつ二人は黙って目的地へと飛んでいく。
「お、何か強そうな氣だわ。ここか?」
「そうだけど……何だか殺気立ってるわね。」
そして、二人が巨大な屋敷の上空に着くと眼下を見下ろしながらコトハが妙なものを見る目で実家のことを見る。それに対して相川は軽く笑いながら告げた。
「あー、そりゃ、負の原神の襲来で封印されてた君がいないってことが大々的に知らされたからね。」
「……それでも、この程度なのね……」
コトハは自嘲げに笑った。元々、腫れもの扱いで封印されて身内以外に自分の知る場所を知る由もないという境遇。自分がいなくなっても親の失態を隠すために身内内で処理されるような存在だ。
「あ、一応フォローしておくと君の家は結構面倒くさそうだったからパーティ会場から連れて行った後に替え玉置いておいた。だからそんなに知られなかったんだろうね。」
「……慰めはいいわ。行きましょう。」
事実として相川はコトハの能力検査の際に済ませておいた身元調査で黙って連れて行くには面倒だからと替え玉を置いていたのだが、コトハは両親に心配されていないということに対する同情からわざわざそう言ったと解釈して気にしないように進む。
「さて、じゃあここまで来たからとりあえず打ち合わせ。殴り込んでいい?」
「……本気なの?」
「おう。」
冗談だと思っていたが、相川は本気で殴り込みをかけるつもりらしい。コトハはなんだか笑えた。
「正気? 相手は、第一世界でも相当な……」
「問題ないね。そんなことより面白いことの方が大事だし。コトハは横暴な君の実家が慌てふためくさまを見たくない?」
「……ふふっ……」
答えは、見たいだ。しかし、今の彼女は相川に対して怒っていたところ。こんなことで懐柔されてなるものかと不機嫌そうに、言葉数少ない道中の態度に戻って告げた。
「……見たくないと言えば、嘘になるけど。」
「じゃあ見せてやるよ! オラァッ!」
直後、コトハの実家の屋根が全部きれいさっぱり消え去り、全室青空を見上げることが出来るような状態になる。急激な明度の上昇で、驚いて屋敷中の存在が空を見上げたところで相川は高らかに告げた。
「おはよーございます! 今日もいい天気ですね! コトハさんのご両親の方は御在宅でしょうか!」
答えは沈黙で、隣にいたコトハだけが笑っていた。




