地団太
「貴様は、本物だろうな……?」
「っ⁉ 何でここが……! クソッ!」
「逃がすかぁっ!」
それは、突然のことだった。
負の原神である黄色の髪をした少年神、ドエスノは音もなくそこに現れ、物も言わずにそこにいた相川をベッドごと斬りつけた。
しかし、それは甲高い音を発して弾かれる。攻撃が外れて悔しがるかと思いきや、ドエスノは狂喜の笑みを浮かべていた。
「防いだな? つまり、貴様が本物だぁっ!」
二度目の斬撃。再び結界に阻まれ……それは何の意味もなさずに切り裂かれ、その下にいた相川の肩を切り裂く。
「なぁっっ!」
「ククク……自慢の術式がすぐに破られてショックかぁ……? バーカ、さっきのは手加減してたに決まってんだろこのゴミ!」
偽物に何度か騙されて全力で斬りかかることで何度か色んなものを飛散させて屈辱的な目に遭っていたドエスノはその失敗から学び、最初は様子見の一撃を入れることに決めていたのだった。
「あーあー、この屑。逃げ回るしか能のない滓。こんだけ俺の手を煩わせあ……?」
次の瞬間、ベッドが爆発し、ここ最近で嗅いだことのある臭いが顔面から漂ってきた。そして、先程まで相川の顔があった場所から声がする。
『今回はパイ投げっ! 最悪製のシュールストレミングで作った鰊パイのお味は如何かな? 焼いた後は同缶詰から得られた腐れ果てた特製ソースを更に熟成させて臭みを倍増。肝心のお味に関してはまぁ無理すれば食べられ』
無言だ。ドエスノは無言で、残骸を破壊した。当然、そこにあるのは機械であり、相川だと思ったものは影も形もなく、何かの血が垂れているだけだ。
「クソが……まじ」
べたん。
『毎回クソって言ってるみたいだからおまけ! 好きなん』
「ぁ相川ぁぁああぁぁぁあぁぁっ!」
空間ごと拉げさせ、世界を破滅させるドエスノ。今日も、彼は元気そうだった。
「……もう終わったの……?」
「正座。るぅねもついでに正座。」
その頃、本物の相川はコトハの部屋に行って何だか妙に明るさを出して楽しくお茶会をしていたコトハとるぅねを前に張り付けた笑みを浮かべた状態で立っていた。
「……あるじ様、瑠璃様とは……」
「呼び方が変わってるが、まさかテメェもコトハに手を貸して瑠璃を無理矢理俺に嫁がせようとしてたとかじゃねぇだろうな?」
「嫁がせよう……? あるじ様、えっちしたら責任……」
「してねぇよ。辛うじて……いいから正座しろ。」
何だかよくわからないが部屋のシステムを操作して家具を収納し、床に正座したコトハとるぅね。相川はそれを見てベッドの上に座った。
「さて……まず何から文句をつけようか。最大の被害者の瑠璃さんに関しては記憶ごと今日の出来事は抹消したからその分も引き受けるとして、だ……」
「被害者って……あの子は別に嫌々してたわけじゃ……」
「嫌々じゃないかもしれんが、やりたくてやった訳じゃないだろうが。口答えする子にはこれです。」
相川はそう言って催淫の鞭をコトハに振るった。これは相川からすれば単に意趣返しだが、コトハからすれば色々ひどい仕打ちに感じる。
「何よ、単に後押ししてあげただけじゃない……変態……」
「お前が俺らにやった術と大して変わらん。」
「私の身体が目的なわけ?」
「んなわきゃない。ルーネ? 何逃げようとしてんだ?」
コトハと相川が色々やっているんだから自分は今の時点ではあんまり関係ないのでは? とこっそりと逃げ出そうとしていたるぅねにも相川から鞭が飛ぶ。
「あひぃ……うぅ……ナニコレ、体、あちゅい……あるじ様ぁ……」
「このポンコツが……お前、もうメンテしても無駄だな。もうお前はるぅねだ。るぅね。ひらがなで何かアホっぽい。」
(ご褒美じゃない……)
相川的にはもう頭悪いのは治らないと見捨てたという感覚なのかもしれないが、恋心を毎回消されるメンテナンスを恐れていたるぅねからすればいいことだ。だが、催淫の鞭で人前というのに相川以外が目に入らなくなっているくらいに頭が蕩けているるぅねはそれに気付かない。
「で、コトハ……お前は何が目的で瑠璃にあんな酷いことを? 喧嘩にしては、残虐すぎると思うが?」
「……確かに、瑠璃はロマンチストだからああいう形で結ばれるのは本意じゃなかったかもしれないわ。でも、もう限界だったのよ……」
「そう。瑠璃はロマンチストだから変な運命を感じて今は俺のことが好きだ。だが、本来運命を感じる相手は俺じゃない。瑠璃が妥協で俺と付き合って、本意じゃない恋をしてる……ここまで分かっていて何で勝手に限界だと判断した?」
「……は?」
コトハはぽかんとした顔で相川を見上げた。吐き出された言葉に嘘偽りの感情はない。つまり、正気で本気だ。ついでに多少だが瑠璃に対する親愛の感情も入っているので嫌っているわけでもない。
「……はぁ?」
コトハは先程より強めにそう言った。何だか無性に腹立たしい。正座と言われたことも無視してコトハは相川に掴みかかった。
「ダメ。」
しかし、それはるぅねによって阻まれる。後ろから羽交い絞めにされ、るぅねがどんな顔をしてコトハを止めたのかは分からないが、少なくともコトハの前では相川が笑っていた。
「あなた、本気なの? 瑠璃、本当にあなたのことが好きで……」
「瑠璃にはもっといい人がいます。」
「あなたが決めることじゃない!」
「まぁそれは分かるが……小さい頃から面倒看たんだし多少は口出す権利持っていてもいいと思う。」
「そうじゃない! 何でわからないの……?」
何故か悲しくなってきたコトハ。そんな彼女に後ろから羽交い絞めを掛けているるぅねが小さく、コトハにだけ聞こえるように告げた。
「……あるじ様は自分が嫌われてる前提で話を進めてるの。だから「臆病者!」……」
るぅねの言葉を遮ってコトハが相川を糾弾する。相川は何を言おうとしているのだろうかと笑いながらそれを受けた。
「あなたは、これまで嫌われてきたから、嫌われることで傷付いてきたから、相手を信じるのが怖いから誰も信じたくないのよね⁉」
「コトハ……」
「傷付くことを恐れて本来得られるはずだったものも遠ざけ、支えてくれたはずの仲間を未然に失ってるだけなのよ!」
「……何かあるじ様のこと勝手にボッチ設定にしてる……」
コトハは真面目な顔で相川を諫言しているのだろう。しかし、るぅねは困ったようにコトハの言葉の間に突っ込みを入れ、相川は笑いながら聞いている。
「まずは身近な人から信頼することから始めなさい! あなたは、ただ臆病風に吹かれて酸っぱい葡萄と貶してるだけなのよ!」
言い切った。そこで相川は拍手を送る。
「いや~面白い仮説だった。じゃ、これから反証に入るか……えーと、まず嫌われることで傷付いているということに関して。俺の能力……特に戦闘に関するモノは悪意や敵意、害意などの負の感情が俺に向いている必要があり、それらの負の感情はいわば俺の精神的なご飯です。あくせくご飯を作ってくれてる相手に対して何で怒る必要があるんでしょうか?」
「……能力と心が一致してない……」
相川の能力について初めて知ったコトハは苦し紛れに適当なことを言ってのけるが、それが成立しないのは言われずとも重々理解しているのだ。それを分かった上で相川は続ける。
「ま、反論が出来てないのは自分でわかってるだろうから次……いや、怠いわ。瑠璃のせいで大分疲れてるし……るぅね、コトハの反証は任せた。俺はコトハに鞭でお仕置きしてもう寝る。」
「結局逃げるの?」
「……ごめん、コトハの言いがかりはあるじ様が言わなくてもるぅねだけで何とかなっちゃうの……本当は、コトハが言うことが合ってた方が理としてるぅねも何とかしやすかったんだけど……」
「俺は例外者だ。ま、説明になってないだろうけど……疲れたから。これでもくらってろ。」
催淫の鞭で何度かコトハの白い肌を打ち据える相川。相川はしばらくしてコトハの状態が発情になっていることを確認し、瑠璃のせいで自身の興奮が冷めていないことからこれ以上やればコトハに魅了されるという段階ギリギリまで責めてからざまぁみろとだけ告げて部屋に戻っていった。
「この……屈辱的だわ……というより、何がしたかったのよあいつ……」
「……多分、ただの仕返し。」
るぅねと触れ合っているだけで熱い。そんな状態にさせられてコトハは憤りを覚えるも、これは少し前に自分が彼らにやったことだと思うと何とも言えなくなる。だからといって情欲が消える訳でもないが。
(……違う。今考えたのは、あの変な武器の所為!)
ふと湧き上がった感情を殺し、複雑な胸中のままコトハは相川がいなくなって休もうとベッドに入る。そこからるぅねの反論が始まり、休む暇もなく煩悶としてその日を過ごすのだった。




