危機を迎える
「逃げられると思ったかぁっ⁉」
突如、何もない空間に黄色の髪を逆立ててブチ切れて鬼の形相で唐竹割に奇怪な剣を振り下ろす少年が現れた。それと同時に、相川の機械の一部が切断された。
「っ……まさか、もう⁉」
驚愕の表情を取る相川。それを見て満足そうに少年……ドエスノは不敵な笑みを浮かべ、悠然と相川へと近づいてくる。
「散々コケにしてくれたな……? そのツケ、お前の身体で払ってもらうっ!」
猛然と迫り来る少年神。それを相川は見ることが出来ず……それは、真正面からその神々の一撃を喰らい、単なる物として儚く散ることになる。
酷い腐臭。糞尿の匂い、そして、それらにまみれた……ドエスノ。どう考えても相川の体内に収まっていた物ではないということに気付くのに数秒かかり、そして見かけだけは美しかった顔を怒気で更に歪めて咆哮を上げた。
「相川ぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ! 絶対に許さん……嬲り殺しにしてやるっ!」
『えー、この映像を見ている頃、私の身代わりは死んでいることでsy』
最初に少年神が破壊したはずだった機械の一部からおちょくるような顔で笑っている男の顔がモニターに映し出され、癪に障る内容を告げようとしていたところで彼はそれを破壊した。同時に、絶対に許さないとして彼は相川を草の根を分けてまで見つけようとし……
『くっさ。』
完膚なきまでに破壊したはずの機械にあざ笑われ、怒りのあまりに集中を乱し―――更にその直後に臭気に紛れていたガスによって大爆発を起こし、ドエスノの怒りは頂点に達すのだった。
そしてその頃、相川はコンテストで普通に優勝した瑠璃を迎え入れ、そして約束を果たすことを迫られて少し困っていた。
「甘やかすのか……? 瑠璃、毎年の誕生日でいつも甘やかしてやってるだろうに……」
「今年の誕生日はもっと凄いことしてもらうからいいの。」
「もっと凄いの……常識的な範囲内だろうな?」
「ボクからすれば。」
瑠璃のお望みは甘やかしてほしいということだ。相川からすれば今はそんなに暇じゃないと思いつつもドエスノが自分を見つけるまでにはしばらく時間がかかるだろうということで時間を作ることも可能だ。
「……コトハの儀式が終わってからじゃダメ?」
「コトハとは勝負する時に約束したから大丈夫。」
自信ありげにそう返す瑠璃の言葉を受けて相川はコトハの方を見る。彼女は憮然としながら頷き、そしてそっぽを向いた。
「喧嘩すんなよ?」
「してないよー」
「まぁ甘やかすくらいならいいけど……」
「やった! じゃ、アレ貸して。」
相川が瑠璃の要求を呑むやり取りを見ていたコトハはアレとは何だろうと思いつつ、瑠璃に約束させられたことを思い出して溜息をつく。目の前では相川が瑠璃に何かのダイアルがついたリストバンドを渡していた。
「えへー、じゃあ早速始めるけど……」
「はいはい。わかってますよ。」
「ならよし。じゃあ、始めまーす。」
次の瞬間、瑠璃をリストバンドから発された光が包んで彼女は世にも可愛らしい女の子に戻っていた。
「!⁉? かっ……可愛い……」
「当時の瑠璃さんの可愛さに神氣が付与されてるからねぇ……」
「るーっ! えへへ、じゃあ、よろしくね? っ?」
相川と出会った頃、5歳児の頃の瑠璃さんの姿になった彼女をコトハがいきなり抱え上げてほっぺたをムニムニし始める。相川は生暖かい目でそれを見つつ時計を見上げていた。
「まぁ……半日かなぁ……」
「ちょっと、まだ、仁くんに抱っこされてから! あと、時間短いよ! コトハ降ろして!」
「可愛いわねこれ……うわぁ……柔らかい……」
「ぅ~っ! 【雷戦技・逸火突】!」
精神も肉体に引き摺られて少々思ったことをストレートに行動へと移すようになってしまっている瑠璃さんは一向に下ろす気のないコトハにある程度は手加減したものの強烈な一撃を繰り出して地面に着地した。それと同時に相川に飛びつき、抱っこされる。
「えへへ~……」
「はいはい瑠璃さんいい子だ、ねんねしな。」
「けほ……ちょっと、瑠璃……今のは酷いんじゃない……?」
「降ろしてって言ったもん。あんまり時間ないから仁くんにぎゅーってしてもらう時間が……ちょっと、仁くん……眠らせるの、卑怯……」
抱っこしたまま一定のリズムでゆっくり揺らし、幼児状態の瑠璃さんの眠気を引き出す相川。抵抗の意思はあるが、抱っこされたいという欲に負けたまま瑠璃は相川から逃れることも出来ず電池が切れたかのようにしがみついたまま眠りに就いてしまった。
「ちょろい。」
「手慣れてるわね……私にも抱っこ……」
「……こいつ幼児状態だと意識なくても俺から離れないんだよ。渡せるものなら渡したいが……」
普段の相川からは少しだけ外れた、しかし相川らしいとも言える面倒見の良さを目の当たりにしてコトハの胸に仄かな熱が入り、柔らかな笑みを浮かべてしまう。それを見た相川は何とも言えない顔になっていた。
「何だよ。」
「……あなたでも、子どもは大切にするのね。確か、5歳までの子は大事にするのかしら……?」
「誰から聞いたのか知らんが気分次第だな。まぁ、俺が発生した時点での精神年齢が5歳だからそういう風にすることが多いかもしれんが……」
相川の発言を受けてコトハは首を傾げた。
「……発生?」
「あ、コトハも【言霊の一族】ってことで生み出された側の存在か。……ま、世の中にはいろんな生まれ方があって、俺は生み出されたわけじゃなく例外的に発生したってことだ。だからこんなに嫌われて世界の誰もが消そうとしてる。」
笑いながら瑠璃の艶やかな髪が揃っている頭を撫でる。その穏やかな様子を見てコトハは疑問の声を上げた。
「何であなたが消される必要があるの?」
「バグだから。皆に望まれた正でもなく、誰かが抱いた負でもない俺は全てにとって存在意義がないから消されかけ、そして抵抗することであらゆるモノの敵になり、消されることで役目を果たす。」
安らかに眠っていた瑠璃の顔が少し、嫌なモノから逃れるような表情になり、身をよじった。相川はなるべく彼女が安らぐことができるように撫で、彼女を癒した。
「……誰も望んでないなんて……少なくとも、あなたの周りにいた女の子たちは……」
「まぁ色々考えてる奴もいるだろうよ。それこそ、この瑠璃さんとかは世にも奇特な人だから一時の恩義でここまで付き合ってくれてる。」
「恩、義……恋心は、伝わってないの?」
「……瑠璃はそう言うけど、俺から言わせてもらえばやっぱりこれは恋愛感情じゃなくてエディプスコンプレックスに似たナニカと義理を果たさないとという使命感だ。俺は俺のためにやったつもりでも瑠璃はいい子だから勝手に背負ってっ」
語っていた相川の口が閉じられた。それは、彼の意思ではなく彼の腕の中にいた瑠璃が行った行動であり、手ではなく口で行われる。突如会話に割り込まれて混乱する2人だが、相川の方が先に我に返って不味いことに気付いた。
(ヤバい、こいつの本気のキスは……!)
焦る相川。それを見ていたコトハも【言霊】で状況を理解して苦笑した。
「……こういう状態に私がいるのは野暮よね……二人とも、お幸せに……」
会話を打ち切り、コトハは【言霊】の力でこの状態にまで持ってきたがここから更に一歩踏み出そうとして踏み出せない友達を見て微笑んだ。
「約束は、果たせなさそうだけど……代わりに。【二人の愛を祝福されよ。交わりを以て契りとなせ。】」
直後、相川は脳が沸騰するかのような感情の波に襲われ、瑠璃の方は幼児化が解ける。意識の急激な変化に襲われた相川は瑠璃の急激な変化に耐えられず、そのまま押し倒されるような形になった。
(まっず……い……)
焦る事すら困難になる相川と瑠璃を置いて、コトハは振り返らずに部屋を立ち去るのだった。




