ルーネとるぅね
「そして、私の身体は主様によってスペックが上がる以外に変化はありませんでしたが、精神の成長はどんどん進みました。これは、正直に言いますと私の心が密接に関わっています。」
主の役に立ちたい。【クワトロシスターズ】などではなく、自分が隣に居るんだ。そう強く願い、自らの機能を最大限に活かした彼女の成長は目覚ましいものがあった。
「その成長を主様は素直に喜んでくれていました。」
相川もルーネの成長を喜び、それがルーネの更なる奮起の起爆剤となって良いサイクルが生み出される。そしてある時、ルーネは考えたようだ。
「そして成長した私は考えます。何か、恩返しがしたいと。誠心誠意仕えることは当然として、私に生きる全てを与えてくれた主様にこの感謝の気持ちを伝えたいと。……白状すると、特別な存在だと思っていることを言外に伝えてあわよくば。そういう思いもありました。」
ルーネが子どもの魂の顕現である「るぅね」から成長し、今の、目の前にいる感情のある特殊魔導機人であるルーネとして物事を論理的に考えることが出来るようになってからの出来事だ。ちょうど、様々なことが出来るようになって自我が確立し、相川の手伝いも出来て自信もついて来た頃のこと。
「奇しくも、当時の主様は大規模な実験をしようとしていたところであり、正の原神が定めたルールである第2世界における通貨の金を生み出す禁忌の魔術【ミダス王の右腕】の製造に取り掛かっていました。」
「……第2世界に行ったことがないからよくわからないけど……」
「第2世界、第3世界では第1世界の黄龍……時空龍様が守護している水晶通貨ではなく、白虎の任を受けた方が定める金というものが基本的に最高通貨として扱われます。時折、白虎の加護が強ければ白金を最高価値に置く世界もありますが……」
要するに、正の神々が定めた通貨というあらゆる世界を支配する物体の適正な流通量などのルールについて階層世界丸ごと一つひっくり返すような実験を行ったわけだ。
「世界のルールをひっくり返す……それも階層世界丸ごとですのでかなりの準備が必要でした。その準備の中に金も多量に必要で、正攻法では難しい。そこに私は目をつけて……たくさんの金を持ってくれば、主様は喜んで私のことを褒めてくれるだろう。そう思って私はその日より自身の能力を酷使して努力を開始します。その時は姉も一緒でしたね。」
愁いを帯びた目で過去を思い出すルーネ。その仕草からコトハはルーネの話の続きが思わしい展開ではなかったことを察す。
「そして、私は主様が引くほどの夥しい金を手に入れます。満身創痍でしたが、疚しいところもなく、胸を張って主の前に出た時。私はその驚いた顔、そして労いの声だけでも頑張った甲斐があったと思い―――直後、現実に叩きのめされました。」
ルーネは一度強く目を瞑り、そして吐き出すように続けた。
「『じゃあ、元気でな。』……主様はそう仰いました。」
「何よそれ……!」
せっかくの努力に対してそのセリフは酷い。現在、当人がここにいて、それほどまでに気にしていないというのにもかかわらずコトハは憤りを覚えた。しかしそれを遮ってルーネは続ける。
「私たちは最初、主様が言っている意味が理解できませんでしたよ。特に、私は親子と言ってもいい程の関係だったと勝手に思っていましたからね……そして、褒められることをしたという、その達成感に包まれていたのですから。ですが、姉はその言葉を受け取って何か誤解があるとすぐに主様に抗議をしました。その時はまだ、軽い気持ちのやり取りですよ。」
今となっては過去のことだ。諦念にも似た感情を言葉と一緒に吐き出すルーネ。しかし、コトハにはその裏に隠された感情がすぐに分かった。
「姉とのやり取りを見て私も色々考えましたよ。変な方法を取って無理矢理かき集めて来たと思われたんじゃないか。金を集めることに集中したせいで主様のことを少し疎かにしてしまった可能性はないか。私に非があるのではないかということから始まって、主様の敵が来たのか、もしくは金を集め終わったことで私たちがもう必要ない存在になってしまったのか……」
それならそれでよかった。諦める気は微塵もなかったが、それならまだ立て直しようがあった。ルーネは相川が発した言葉を紡ぐため、再び口を開く。
「主様は何の含みもない顔で、平然と『え? 俺のところが嫌になったから手切れ金じゃないの?』と姉に告げたんです……もう、私という存在を全否定された気分でした。機能としてあるはずのない、血の気が引くという思いを初めてしましたよ……流石の姉も絶句していましたね。でも、主様は魂を与えられる以前の私たちのように合理的な考えのみで言葉を続けるんです。特別な関係なんて、なかったかのように。」
何故か、ルーネは静かに泣いていた。
「……分かりますか? 私たちに心をくれた人は、世界に心を壊されていたんですよ。裏切らないでほしいと願って作ったはずの自分のモノですら信じられないくらいに!」
「……いや、でも……」
「一緒に暮らしていた時に、私の精神が幼い頃のあの方を見ていれば本来あったはずのそれが外的要因でなくさざるを得なかったことが……そして、私にはそれをどうすることも出来ない……」
コトハは沈黙した。こんな状態になっている相手を下手に宥めても逆効果だと分かっているからであり
同時にルーネがそんなものを必要としていないことも理解しているからだ。
「結局、金は無理矢理受け取ってもらいましたが、その日から私たちは解放と言う名目で無理矢理自由を与えられました。誰よりも、何よりも大切にしたいと思ってる当人が、自分のことを酷く卑小して周囲に移るように勧めるんです。『もっといい相手がいる。』『もっといい扱いをしてくれる人がいる。』……嫌に決まってます。そう、伝えるとその場は引き下がって……次の日に別の人が勧められる……」
(……正直、本当に別の人のところに行った方がよかったんじゃ……)
聞いている内に碌でもない相手だとコトハは思い、ルーネを今からでも遠ざけるべきかと考え、ルーネの顔と言葉からその考えを打ち消される。
「他人に仕えることを勧められる日々が続いたある日、私は一度壊れました。心が耐え切れなかったんです……幸せだった頃のるぅねに戻り、ルーネはるぅねに精神退行してしまいます。そこで、あるじ様は急に私に優しくなったんです。あるじ様は自身の行動理念に基づいて、親を、庇護者を求める子どもには保護をしてしまうという習性に似たものがあります……それは、自分が世界に迫害された年齢までの子どもが対象です……」
5歳。知識や頭脳がどれだけ優れていても感情指数が5歳以下であれば相川は保護に走るらしい。当然のことながら敵であれば容赦はしないが。
「……それが、私が現在どれだけメンテナンスされてルーネの状態に戻されたとしてもるぅねに返る理由です。成長しなければ単なる保護対象であり、隣に並び立つことは出来ず、恋は成就しない。けれど、成長すれば追い出されるという恐怖から元に戻る……これが現在の私の状況です。こんなことを繰り返す内に現在の、意識の根幹たる私は薄れ、弱くなってきており、機能が崩れていく状態です。」
「なるほどね……」
確かに、聞いていて楽しかったとは思えない。ただ、ルーネ……いや、もうるぅねに近づいている彼女の【言霊】からは強い伝言が見て取れた。
「……これくらい付き合い辛い相手だから諦めるか……それを飲み込んで付き合うか。」
「はい。ご自身ではまだ気づかれていないかもしれませんが……」
「……興味を持ったという事実は認めるわ。でも、そこまでは……」
それでもいい。ルーネは頷いてるぅねに戻る前に最後の一言を告げる。
「どちらにせよ、あの方を傷つけるようなマネだけは許しません。私の話の最中ずっとあなたは【言霊】を視ていたので私の言いたいことは理解できているはずだと思います。この身を賭して、私に纏わる全てを賭してでもあの方を守り抜くので、あの方を傷つける敵にならないようによろしくお願いいたします。」
「……はぁ。過保護って言いたいところだけど、複雑ね……出来る限り、期待に添わせてもらうわ……」
「では、そのようによろしくお願いします……」
夜は更けた。ルーネの話はまだ結末を迎えておらず話の出来としては今一だった。しかし、よい結末を迎えるためにコトハとしても変な真似は許されないということだけは理解して彼女は部屋を後にした。




