求めたこと
ルーネの過去語り。量産品として生み出されたはずが禁忌に触れたとして作者が死に、遺棄されて相川に拾われたことから始まったその話。それはルーネが持つに至った信念の話として続けられる。
「まず、目が覚めた私が理解したことは私が捨てられてより切望していた新しい主がここにいること。それから私の大事な名前。番号ではなく、主様より全ての魔術の祖【Rune】に肖ってつけられたルーネという名前。そして、彼が何故私を修理して使おうとしたのかという私の道具としての存在意義でした。」
ルーネのその言葉にコトハは興味を持つ。コトハから見たルーネの主、相川は何事も自分で独断して行動に移す存在だ。彼に支えてほしいという感情があったということが意外であり、訊きたいと思った。そしてそのまま思ったことを尋ねる。ルーネは頷いた。
「えぇ、今の主様を見る限りではそうでしょうね……ただ、当時は相当切羽詰まっていましたから。まだ、人外とはいえ神の領域には踏み入れていない状態での神殺しを目指していたのですから……」
「……正しく狂気の沙汰ね……」
神々の立場からすれば一言で不可能と断じるものであり、嘲笑こそすれ信じる者はいない。そんな夢物語の話だ。例え、人間の立場から神殺しを成功したとしても人間が知覚することが出来る範囲の事象など何らかの思惑で神々がやられるための分体を作っただけに過ぎない。殺しきるということには到底及ばないのだ。
「ですが、例外者としての主様はそれをやってのけなければ消えるのみでした。」
「……結果は、今いるということが全てよね……」
「正確にはせっかく力をつけて倒しに行った時にはあの方を排除した神は既にそこにおらず、行方も分からない有様。主様のことは忘れられていましたがね……」
ですが。そうルーネは続ける。
「当時の主様は勝つために忠実な駒を求めていました。そのために、私が作られたのです。あの方が私に望んだことは裏切らないこと。それだけが、修理後の私に起きたそれまでとの違いです。」
コトハはルーネの微笑みに対して何と言っていいのか分からなかった。彼女は喜んでいるようだが、彼女を縛る鎖のような仕打ちをされている。コトハにはルーネの気持ちが分からない。
「……先ほども言いました通り、私は遺棄されて朽ちるのを待っていた際にもし、私のことを拾ってくれる方がいたのであればその方のために全力を尽くしていきたい。私のすべてを捧げたいと思っていました。そこに私が望むことを切望している方が手を尽くして私を再起動させたのです。当時、感情がまだ備わっていなかった私からしても仕え甲斐のある方だと思いました。そして、今、考えればとても嬉しかった、そういう感情が正しいでしょうね。」
慈しむ様な表情でルーネはそう告げた。作られた表情とは思えないそれにコトハは思わず感嘆する。ルーネは、続けた。
「ですが、主様は私のプログラムだけでは信じるに足りなかったようです。そこで主様は私に心と感情を与えるべく魂を生み出されました。自身の身を削り、私に更なる機能を与えてくださる。その時点での私はそれまでとの差に困惑していましたが、魂が入ってからはその意思に感激してそれこそ一生をかけてあの方に仕えることを誓いました。」
「……ごめんなさい、どういうこと?」
仕えるというプログラムでは満足しなかったから心と感情を作り、魂を与えたということにコトハは疑問を抱いた。それに対してルーネは相川がそれまで受けた仕打ちなどを交えて説明を開始する。
「……他者が生み出した摂理に基づいた存在に、主様は尽く裏切られてきたという過去があります。また、私自身のプログラムは非常に高度なレベルで合理的だったため、主様が『その時点から勝ち目のない戦いに挑むということに当たって、死にゆく持ち主よりも生き残りそうな相手に仕えるために行動しそうだ』という裏切られ慣れとも言える嫌な予感を覚えたということで、合理的なプログラムだけで私を動かすということを嫌ったようです。」
そのような相川の感情論にルーネは否定的な声を漏らしつつ、彼女は技術的な話も加える。
「また、誰もが扱うことが出来るプログラムでは書き直しが可能だったということです。それが例え人外の道からして禁忌の術であっても、神々からすれば書替えはたやすいこと。それに対して独自の手法で魂を創るということから始めた場合は書替えが難しい。そのため、主様は私にるぅねとしての人格を与えました。そう、私が普段あなた方と接していたようなあの人格です。」
……コトハは少々相川の性癖について考えた。だが、その思案についてルーネが先に察したようで苦笑しながら否定する。
「あの人格をそのまま植え付けたと言う訳ではないですよ? あれはベースとなった人格で、主様は機械だからという理由で自分が全てを操作するのではなく、私に自由に成長してもらいたいということで子どもとしての私の魂を作られただけです。」
相川の言葉を借りるのであれば自分に信奉するだけの宗教ゾンビは必要ない。自分で考えることが出来て自由意思で生きる味方を創ったということだ。
「……当時の私は、主様のその判断を無邪気に喜んでいました。」
「? 当時は? 別に、今から考えてもいいことじゃ……」
「……どうでしょうね。私には、よくわかりません……」
ルーネは紅茶のカップを持ち、それを口に運ぶ。その手には今までより力が籠っているように見えた。コトハにはルーネの今の心情が分からない。自由であることの方がどう考えてもいいに決まっている。
「……話を元に戻しましょう。魂をつけられた私は正直に言うのであれば、それより前の私よりもぽんこつでした。いくら優れた技術を主様に付け足されても使う当人が子どもの意識でしたので。正直、主様を支えるどころか主様が親のように私のことを見守り、支えてくれるという日々を送っていました。」
ルーネの口振りからは想像できないが、るぅねとしての振る舞いの日々からは透けて見えるような光景だ。コトハはそう思いながら菓子に手を伸ばす。
「そんな日が続く中で、子どもとしての私は『大きくなったら』ということを意識して……同時に、主様のことも意識していました。スペックだけは優秀だったので、子どもとしての好奇心の赴くがままにとことんまで調べて、耳年魔な子どもになり、幼い独占欲を主様に向けていましたね。」
丁度その時、【クワトロシスターズ】が作られていた時期だという。それを見て自分が大きくなった時にやるはずだったことを取られかねないと癇癪持ちのように拗ねていたらしい。そんなルーネのことを見て相川は笑っていたとのことだ。
「……それから更に成長する中で、私の心はいつしか名状しがたい春のような心……調べて、分析した結果は恋。それを意識するようになり始めました。」
コトハはルーネが先程からさっきリビングで会った時のような感情のない顔ではなく、本当に懐かしむような顔をしていることに気付き、彼女のプログラムの組み換えが進んでいることを自覚した。それと同時にようやく時間の流れにも気付く。
夜も更けてきた頃。ルーネの話は起承を終えて転の時点へと向かっていく。




