会話中
結局、登山終了後の日は休息に当てられることになった。それが決まると同時に女子会という名目で瑠璃とコトハはコトハの部屋に集合し、男性陣とるぅねだけがリビングに残される。
「……ミカドの紹介と歓迎会的なのやろうと思ってたんだが……」
「いいよもう……」
「あるじ様ー! るぅね、お外から戻って来たあるじ様のために豪華なご飯作りたいのー! いい材料使っていいー?」
「……そこは空気読んでミカドのために作れよ……別にいいけど。」
リビングは、微妙な空気に包まれた。だが、仕事の話から再び相川とミカドの会話が始まる。
「で、調査結果は?」
「あんまりいいとは言えない感じでしたよ。まー正の神は人気者で大変ですねぇ……詳しくはこっちに。」
ミカドから直接渡される書類の数々。相川はざっと目を通して苦笑した。
「こりゃ、早めに決めなきゃ死ぬな……」
「まぁ無理はしないように。」
「無理ねぇ……日頃無茶し過ぎてどこからが無理なのかよくわからんが善処はしよう。」
「全く……」
やれやれとでも言いたげなミカド。相川は歪んだ笑みだけでそれに応じてるぅねがやり過ぎないように見張ることにし、ミカドとの真面目な会話を終了にした。
「そーいや、お前そろそろ彼女作りたいとかほざいてたけどどんな感じなんだ?」
「あー……理想の相手がいないかなぁ……コトハさんだっけ? あの方とかいい感じなんだけどなぁ……」
「何だテメェ瑠璃はダメなのか。」
コトハの名を上げておきながら瑠璃の名を上げなかったミカドにウチの娘のどこが悪いという態度で相川は質問する。その質問自体がもうどんな感性しているんだと思うミカドだが、一応言葉を選んだ。
「いや、遊神の方は無理でしょ……付け入る隙がない……」
「案外惚れっぽいし、お前顔も性格もいいから行けると思うんだけどなー」
絶対に無理だ。ミカドは断言できる。感情操作のイロハを習って試しに瑠璃を如何こうできないだろうかと悪巧みしてミカドはそのイカレ具合に引いたという過去がある。ついでに記憶を消しても何故か相川を捜索しに向かって勝手に記憶を呼び戻すという凄い恋する乙女の最強具合を発揮しているのだ。
「……まぁ、瑠璃に関しては割と個人の意見を尊重してやろうと思うからそこまで協力は出来ないが。コトハねぇ……調査しておいて中々ハードなこと選ぶなお前。」
「か弱い女を守りたいと思うじゃん。それが絶世の美少女ともなれば猶更。」
「……そうかい。まぁ頑張れ。あ、因みにあいつ心勝手に読んでくるから閉心しておいた方がいいぞ。特にさっきみたいに下半身で物事考えてたら引かれる。」
そういうのは先に言ってほしかった。コトハについて調査しておきながらそこまでとは知らなかったミカドは幸先の悪い恋路に溜息をつくのだった。
「ねぇ、コトハ。」
「分かってるわよ。さっきのことでしょ?」
同時期、コトハの部屋では瑠璃とコトハが向かい合ってお茶会と言う名の尋問会のようなものを始めようとしていた。コトハの側とすれば別に何事もなく済ませようとしているが、瑠璃の方はかなり警戒しており、疑惑の目をコトハに向けつつ尋ねた。
「……仁のこと、好きになってないよね?」
「好きになるわけないじゃない。だって、瑠璃の彼氏でしょう?」
「……まだ彼氏じゃないけど……そうだよ。分かってるよね?」
瑠璃はコトハが相川のことを好きではない理由として自分の感情でも相川のことでもなく、瑠璃が相川のことを好きだからという理由を最初に挙げたことで更に警戒することになった。
(仁の馬鹿! 女誑し!)
まぁ、瑠璃にもコトハの気持ちが分からなくはない。偶然出会っただけなのに困っている自分を無償で命を懸けて助けてくれる相手。しかも、共に苦難に挑む中で頼りがいのある相手であることを認識しつつ時折、突拍子もないことをやってこちらの心を解す存在。嫌いになれという方が難しい。
ただ、相川からすれば何もしていなくても嫌われて当然。助けたとしても余計なお世話として嫌われることの方が多いため、そんなことには一切気付いていない。この辺のことに関しては相対する存在の状態と格などで条件がかなり変わってくるのに、相川は全体的に一括りに。今回であれば正の存在であるから例外者たる自分を嫌って当然と判断していることが齟齬を生み出す要件となっている。
それは兎も角、今はコトハだ。彼女は瑠璃の発言を受けて少しだけ笑いながらまだ余裕ありそうに続けた。
「分かってるわよ。それに、私が好きになるわけないと言えばそれは【言霊】として現実になるから安心しなさい。」
「……じゃあ、いいけど……」
「さっきのはただ相川がムカついただけよ。別に好きじゃないけど、私を助けようとして頑張ってる相手を無条件で嫌うような恩知らず扱いして別の男に押し付けようとしたから……そんなのの言う通りにしたくなかっただけ。心配することないわ。」
結構早口になっていたコトハ。しかし瑠璃は一応彼女が嘘をついていないことは理解した。そして、まだ予断を許さない状況であることも。
(……後ついでに、仁にお仕置きしなきゃ。何言ってんのあいつ……嫌がってもべたべたしてやる……)
コトハの一件を一先ず棚上げにすることが出来ると判断し、相川は今何をやっているだろうかとリビングの音を相川の分だけ拾い上げて憤慨する瑠璃。そんな彼女の心の声を見ていたコトハはふと思ったことを尋ねた。
「ねぇ、それより瑠璃。」
「なぁに?」
「……これは瑠璃のことを思って言うんだけど、あんまりベタベタし過ぎると却って逆効果じゃないの? 正直、やり過ぎだと思うんだけど……」
「……狙ってないんだよね?」
一応、再度の確認をして瑠璃は念を押した後にコトハの質問に少しだけ自らを嘲るように影を落として答えた。
「仕方ないんだよ。普通の人のアピールを1とすれば、1じゃそもそも認識されない。5でようやくほんのり何かあるんだろうなって気づいてくれて、10ではっきりアピール自体には気付いてくれるけど想いは嘘扱いされちゃう。」
瑠璃さんはやさぐれながら続けた。
「50のアピールで諦めるように諭されて、100まで行くと逆に『なかった』ことにされるし、500で黙って距離を取られて1000だと別の人に逸らされる。5000まで出してようやく本気って認めてくれるけど拒否されて、そうなったら1万のアピールして諦めさせるしかないもん……」
「……過剰という意識はあったのね……でも、押してダメなら引いてみた方が……」
「前、それやってクロエに盗られかけたから……言っておくけど、仁はモテるんだよ。今はボクが一番仲いいけどね。で……ボクが引いたところで向こうはようやく飽きたかって……ボクが飽きたとか抜かすんだよあのアホ! しかも迫るのには鈍感な癖に引く時には敏感だし! ムカつく!」
相川とミカドのリビングの会話も相まって憤慨する瑠璃。同じような精神年齢で固定されている女神の友達が初めてで、しかもこんな状況になるのも初めてなコトハは狼狽した。
「あのアホ、ヘタレ……あームカつく。聞いてくれる? 仁にね? こんな感じで不満言ってもね、改善してくれるどころか『過去、好きだったかもしれないという状態からかけた苦労を捨てられず、自分の掛けた苦労を正当化しようとして今も好きで諦めたくないと思い込んでいる、サンクコストの罠にかかってる状態だ。早く脱却した方がいいぞ。』とか言うんだよ⁉ ホント、信じられないんだから! しかもそこまで行っても過去の時点でもボクが仁のこと好きって認めやしないし!」
「た、大変なのね……」
「そう! でね……」
この後、コトハは相川が食事のために呼びに来るまでひたすら瑠璃の愚痴に付き合った。しかもその愚痴の辛いところは内実、愚痴1分に続けて惚気や好きなところのエピソードが9割9分だったところだ。コトハは食事前にお腹いっぱいになるのだった。




