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名簿格付け




 猫屋兄の放つ拳は宙を切った。

 それでも反動を利用して、革のつぶてを打ち放つ。猫屋得意の必勝パターンだ。



 場に響き渡る凶音。

 革のつぶては確実に金髪の額にヒットした。おそらくは脳髄に相当なダメージを刻んだだろう。


 あとは安全圏内に逃げ戻って、金髪が地面にのたうち回るのを見下ろせばいい。


 それで自分の勝利が決まる。猫屋ブラザーズの名声も一気に高まる。



 だが次の瞬間、はっとした。


 逃げようにも逃げられない。外れないように手に巻き付けた革のつぶてが鎖となって、逃げだすのを防いでいたからだ。


「エモノは奪ったぜ。これでいいんだよな?」

 揚々と響く金髪の声。

 右手で革のつぶてを絡め取って、猫屋が逃げるのを封じていた。


 額を襲ったつぶてのダメージはそれ程ではない。伸びきる前に自ら当たりにいったことで、その威力を封じていた。


 どんなに斬れる名刀でも、振り下ろす瞬間を狙えば怖くない。



 感嘆したようにヒューと口笛を鳴らす小太り。


「奪ったら叩き潰せ」


 その一言に、金髪が後方に頭を振りかぶる。

 すかさず強烈な頭突きを、猫屋兄の顔面に叩き込んだ。


「ぐがーーっ!」

 響き渡る猫屋兄の悲鳴。顔を仰け反らせて口から血飛沫を吐く。


「てめーよくもやってくれたな!」

 それでもその闘争本能は萎えることはない。

 エモノを奪われ、逃げることを封じられたが、刻み込まれたダメージではまだこちらが有利。



「ぶち殺す! ぜってーぶち殺す!」

「そんな拳、効きはしねーんだよ!」


 拳を叩き込み、そして食らう。血が弾け、咆哮(ほうこう)が響く。

 防御など一切なしのチェーンデスマッチが展開される。

 躊躇いも駆け引きもない、魂焦がす熱いバトル。



 そしてその熱気は他の面々にも飛び火する。


「タマ、いま助けに行くぜ!」

 加勢しようと、木刀片手にリングインする猫屋弟。


「おいおい、ふざけた真似は止めたらどうじゃ」

 そうはさせじと動き出す小太り。


『タマとハチを守れ!』『猫屋会なめんな!』猫屋ブラザーズは十人程の一族を従えていた。


『義理はねーが加勢すんぞ』『ネコ野郎は嫌いだからな!』そして同じくらい多くの者に嫌われている。


 かくして激しい場外乱闘戦が開始された。






「嘘だろこの連中、なんとかしつけてたのに……」

 愕然とその様子を眺める永瀬。


「あの牛みたいな小僧の仕業だぜ。どうすんだよこの騒ぎ」

 額に手をあてて、うんざりそうに吐き捨てる相沢。


 彼らとすれば四角いリングの中で全ての騒ぎを収める筈だった。それが教師達との契約だったから。


 案の定、遠くの方では教師達が『話が違うじゃないか』といった表情を見せている。



「……まぁ、いいだろう。あと数分で入学式も始まる。それまではルーキーの好きにさせるさ」

 腕を組んで支配者張りに言い放つ永瀬。それでもかすかに青ざめ、膝頭が震えている。


「しかし、とんでもない流れ者が入学したもんだな」

 相沢が言った。その視線が捉えるのは、猫屋弟と対等に闘いを繰り広げる小太りの姿。


 その姿に先程までの冷静な様子は微塵も感じ取れない。喧嘩にいっては激しい気性を(あらわ)にしてる。

 相手の攻撃を浴び、それでも突進する様はまるで猛牛(バイソン)と呼ぶに相応しい。


「直前までは関西にいたんだよな?」


「らしいな。全国津々浦々を転々としているようだ。格付けはBレベル、渾名は赤べこ……」


「しかしそう考えると、的確な名簿だよな。あんな余所者、どうやってBレベルって格付けたんだ?しかも渾名まで」


「俺だって知らねーよ。本名が記載されてないのが、マヌケだがな」


 硬派を気取る彼らは、市内の勢力図、及び有名な不良の名前は頭の中に叩き込んでいる。誰々は危険だとか、どこの学校を占めているとか、どこの事務所にスカウトをうけているとか、そういった情報。


 それ故名簿に羅列してある名前には殆ど聞き覚えがあった。


 だが例の小太りはこの辺の出身ではない。故に見覚えも聞き覚えもなく、その素性は一切不明。

 しかし名簿にはBレベルと記載されている。改めてその名簿格付けの正確さに感服していた。





「うおーー!」


 場に地鳴りにも似た大歓声が響き渡る。


「かっちゃん! かっちゃん!」そして続くかっちゃんコール。


 体育館入口から向かって左手では、狂喜乱舞の様相が展開されていた。


 否が応でもその注目を奪うのは、横綱級の一際大きな少年。


 体重百五十キロを誇るそそりたつ巨人。その名を大具足虫忠太(おおぐそくむし ちゅうた)。今年の一年生の中でも、大物ルーキーとの呼び声高い少年だ。



「嘘だろ、大具足虫の奴が?」

「まさかのジャイアントキリングってやつか」


 愕然と視線を向ける永瀬達。



 大具足虫の悪名は彼らも聞き及んでいた。


 幼少の頃より巨大な体格の持ち主で小学生相撲大会で全国優勝した経歴を持つ。


 しかし生まれついての凶暴さとその素行の悪さがネックとなって、プロの世界への道は途絶える。

 土俵の上で対戦相手を次々と病院送りにしてしまうのだ。しかも止めに入った行司や保護者にも暴力をふるう。

 更にはストリートに繰り出して、更なる暴力を求める。その補導歴は、数十回にも及ぶ。


 その渾名は二種類ある。血に飢えた獣、それと……



 それ故ルーキーの中では一番の注目株とされていた。永瀬達が押さえるべき最重要人物とマークしていた。


 この男さえどうにかすれば、一年生は支配できると。

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