どこまでも続くよ青春は
「佐々木の奴、始めちまったぞ」
「しゃーねーな、俺らもやっとくか? やらなきゃうるせーから、一人一殺、そんなこと息巻いてたから」
「だったらあのガキ、とっちめてやるか。ひとりはひとりじゃねーか?」
「あのお子ちゃまか? いいね、それで課題は半分クリアーだ」
激しい死闘が続く光景を他所に、ひそひそと会話を進める者がいる。
しゃくれ顎のいかつい大男と、ハンチング帽を被ったニヤケ顔の東蘭生徒だ。
その視線が捉えるのはパイナップル。
砂塵舞うグラウンドの中央で、ボケーッとなにもない宙を見つめていた。
「そうと決まれば瞬殺よ。おいらの蹴りで一気に始末してやる!」
それ目掛けてニヤケ顔が走り出した。
「ライダーキック!」
パイナップルの後頭部目掛けて、飛び蹴りを放つ。
「はぎゃ!」
しかしそれはなにもない空を切る。勢い余って地面に倒れ込んだ。
「なんだよ、情けねぇ。おめーはぺンギンですかっての?」
その間抜けた様子を、しゃくれが呆れたように見つめている。
「俺が本気の男気、見せてやるぜ!」
悠然と走り出すと、パイナップル目掛けて拳を走らせる。
「なんですと?」
しかしその攻撃も宙を切る。
パイナップルが拳が当たると同時に、身を逸らしたのだ。その様はまるで宙を舞う落ち葉の如く。達人だけが到達できる領域だ。
「キャッキャッキャ……」
だがパイナップルは一切の緊張感を持たない。一人でボケーッと和んでいる。
その隙をついて、ニヤケ顔が胸ぐらを掴み取った。
「残念、まさに大どんでん返し! こうなりゃ逃げることはできねーだろ!」
そして意気揚々と宙に引き上げる。
「キャッキャッキャ」
それでもパイナップルは意に介さない。
おしゃぶりをクチャクチャと舐め回して、つぶらな瞳で遠くを見つめるだけ。
「てめーはなに考えてんだ! 高校生にもなってこんなモン、しゃぶってんなよ!」
怒りを顕にして、パイナップルのおしゃぶりを奪い取る。
「ギャーーーーッ!!」
同時にパイナップルが泣きだした。
「な……?」
それは鼓膜が破れそうな激しい響きだ。堪らず拘束を緩めるニヤケ顔。
「グギャーーー!」
そのこめかみ向けて、パイナップルが頭突きを打ち込んだ。
ニヤケ顔の脳髄が激しく揺れる。白目を剥いて地面に倒れ込んだ。
その間もパイナップルは泣き叫んでいる。
「ノリさん?」
それにはしゃくれも困惑気味だ。
両手で耳を塞ぎ、倒れるニヤケ顔を見つめるだけ。
「グギャーーー!」
パイナップルが宙を大きく飛んだ。
そのまましゃくれを押し倒し、馬乗りに乗りかかる。
「生でダラダラ殺されるぅー!」
そして始まる殴る蹴るの強行。
それはまるで悪魔の所業だ。小柄ながら、ウェイトを乗せた重い攻撃。
それがしゃくれの顔面を、みるみる赤く染めていく。しかもその鳴き声は超音波の如く。
「ひとまず中断だ!」
「誰だよ? パイナップル先輩の“安全ピン”引き抜いたのは」
「安全ピンはどこだよ?」
オークの一年生達が耳を塞ぎながら、パイナップルの元に集まり出す。
そして地面にしゃがみ込みながら、なにかを探しだす。
「このままじゃ殺しちまうぞ!」
「普通の人が、パイナップル先輩に敵う訳がないんだ!」
しゃくれは完全に意識が吹き飛び、気絶していた。
それでもパイナップルの強行は止まらない。泣きながら一心不乱に殴り続ける。
「あったぞ!」
右手を大きく掲げる一年生。
「パイナップル先輩、安全ピン!」
それを別の一年生が受け取り、パイナップルの口に押し込んだ。それはおしゃぶりだ。
「キャッキャッキャッ」
それでパイナップルの機嫌が戻った。
攻撃の手を止め、朗らかに笑い出す。
彼のおしゃぶりは安全ピンだ。おしゃぶりがないと情緒不安定に陥り、悪魔張りの狂気を爆発させる。
それがパイナップルの、手榴弾たる由縁だ。
「あぶねーぞ、この小僧」
「ホントだわ。むちゃくちゃつえーし」
その様子を愕然と見つめる東蘭生徒。
「まったく仁の奴、からかいついでにパイナップルを連れて来るなんて……」
「こいつは俺らでも手を焼く危険人物だぞ。宅ちゃんや猿飛じゃなきゃ扱えないってのに」
同じくオーク生徒も、戸惑うようにパイナップルを見つめていた。
「おらぁー!」
正拳突きを放つ佐々木。
「ぐっだらー!」
それを両腕でガードする玉木。
砂ぼこりが立ち込め、鮮やかな空に舞い上がる。
それでも佐々木の強行は続く。
「チッ、塞がれたか」
玉木のバランスを崩そうと、力任せに足払いを仕掛ける。
「あめーんだよ、筋肉馬鹿!」
しかし玉木はそれを見透かしていた。
すかさず飛び上がり、そのまま佐々木の首筋に蹴りを叩き込んだ。
「ぐおっ!?」
体重を掛けた重い攻撃だ。佐々木の身体がぐらつく。堪らずヨロヨロと後退さる。
颯爽と地面に着地する玉木。
「力でゴリ押しなんざ、効かねーんだよ!」
間髪入れずに、佐々木目掛けて走り込む。
そして怒濤の如き乱打をぶち込んだ。
その様子を大勢の東蘭生徒が見つめている。
「山さん、どうすんだよ、佐々木が押されてるぞ」
「ボスを倒されたら、俺らの名折れだぞ。助けるんだ、加勢するぞ!」
「ナンパ師を潰せ!」
それは佐々木の片腕を務める、東蘭でも武闘派を誇る屈強なる者達。
玉木の強行を阻止しようと、同時に駆け出した。
「ぐぁーっ!」
「ギャーッ!」
しかしその身体が不意な攻撃で吹き飛んだ。
砂ぼこりが舞い上がり、辺りを白く染め抜く。
「どうしたお前ら?」
眼を細めて、愕然と視線を向ける山さん。
ゆらゆらと揺らめく砂ぼこりの中に、誰かの姿が見える。
「悪いな、玉木とゴリラの勝負。邪魔はさせねぇぜ」
それは葛城だった。
その後方に延々《えんえん》と続くのは、叩き潰した東蘭生徒の姿。誰もが膝を着き、悔しげに項垂れている。
「馬鹿! 敵は葛城ひとりだ。束になってかかれ!」
「応よ、女を守れ!」
「オークなんかに負けるな!」
それでも山さんの激で、それに立ち向かう東蘭生徒。
「誠に加勢しろ!」
「おうよ! オーク最高だー!」
オーク生徒も応戦しだす。
「凄いっす葛城先輩、玉木先輩。ボクも強くなるっす」
しみじみと言い放つサトル
彼に取って葛城や玉木は憧れの的だ。いつかは自分も憧れる存在になりたい。それが彼の当面の目標だ。
「……あんた、かなり強いよ……」
「狼の異名は伊達じゃない……」
その足下では数人の東蘭生徒がガクガクと泣き崩れている……
「くそーっ! 明日香姫、ムチャクチャ大好きなんだよ!」
「今さらグダグタと喚くな、筋肉馬鹿!てめーはここで終いなんだ、さっさと崩れ落ちろ!!」
熾烈を極める玉木と佐々木の死闘。
彼らを突き動かすのは素敵な異性の存在。その為なら命も惜しまない。それが彼らのプライドだ。
「潰せ潰せ! 勝って今夜は合コンだ!」
その死闘を邪魔させまいと、襲い来る敵を次々と撃破する葛城。
最強を誇る彼は、誰が相手だろうと躊躇うことはないのだ。
「素敵です。男の生きざま、心に染み入ります」
「ガンバですー!」
「それそこじゃこわっぱ! どっちも負けるな!」
「いゃーあ、青春ですなぁ」
「ホッホッホ、ウチに引けをとらず、東蘭の生徒も武士よの。日本の将来は安泰じゃ」
ギャラリー達の歓声を背に受けて、戦いは益々ヒートアップしていく。
若者達の青春は、こうしてかくも激しく続いていくのだ。
……なんのこっちゃ……




