魂は燃えているか
「くそったれ、こんな場所で負ける訳にはいかないんだ」
体育館入口から向かって右手リングでは、金髪の少年が熱戦を繰り広げていた。
百六十ほどの一般的な身長に、余分な脂肪のない整った体型の持ち主。髪の右サイドを刈り上げてていて、右側だけ見える澄んだ視線が印象的だ。
そしてその手前には、爬虫類のような印象の、ひょろ長い少年が立ち尽くしている。
二人共に制服の上着を脱ぎ捨ててTシャツ姿。
ひょろ長い少年は、猫屋ブラザーズという有名な双子の兄の方。
喧嘩の腕っぷしというより、闇討ち、騙し討ちなどの、姑息な手段で有名な双子だ。
「おらぁー!」
気合いと共に猫屋の拳が閃く。
はやる気持ちを抑えて、意識を集中させる金髪。
こう見えても彼は空手の有段者。間合いを見極めれば、これくらいの攻撃はかわせて、一気に逆転に転じられる。
猫屋の攻撃は宙を切る。
息を止め、拳を握り締めて一歩踏み込む金髪。
「ぐおっ!」
だが頬に激痛を覚えて後ずさる。
「さっきから卑怯だぞ!」
堪らず吠えた。
「卑怯だって? これは喧嘩だぞ」
目の前では猫屋兄が、大きな目を更に大きく掻き開いて、薄ら笑いを浮かべている。
手で振り回すのは黒い革製の袋。その先に砂を詰めた三十センチ程の代物だ。持つ長さを調整して、相手に当てるつぶてとして使用していた。
「流石は猫屋ブラザーズ兄だぜ、やり方がエグい」
「ありゃー地味に効くぜ」
その様子を悠然と眺める永瀬達。
一応このステージに武器、つまりエモノの持ち込みは禁止だ。
リングへの登場時にボディチェックは行っている。
しかしそれは建前に過ぎない。各自ひとつまで、衣服の中に隠せる大きさなら、黙認していた。
もちろん刃物や拳銃、そういった殺傷能力の高いものは厳禁だが。
エモノを使うのも喧嘩。それらをうまく使いこなせぬようでは、いっぱしの戦士とは呼べない。
「エモノの取扱いは、Aレベルにも匹敵するかもな」
「弟の方もそれと同等らしいぜ」
猫屋ブラザーズの名簿格付けは、共にBレベル。戦場であれば、勝敗を左右する重要な位置づけになる。
猫屋兄の独壇場は続く。
金髪を引き付け、ギリギリでかわして、攻撃を叩き込み、そして逃げる。それこそが彼の必勝パターン。
元々リーチの長い彼が武器を持てば、相手を攻撃範囲にさえ浸入させない。
攻撃こそ最大の防御というが、まさにそれを地でいく。戦に長けた戦士の面持ちがそこにはあった。
「それに比べてなんだよあいつ? 所詮空手はスポーツってか」
「決められたハコの中で、ルールに則り正々堂々だからな」
一方の金髪もBレベルに名を連ねていた。中学三年当時、神奈川県空手道選手権大会新人戦で準優勝した猛者を、一撃で沈めた経歴を持っている。
しかしその実力は発揮出来ずにいた。
武器の長さを巧みに調整して、攻撃を繰り出す猫屋兄の前に、成す術を持たない。ダメージばかりが蓄積されていた。
ムカつくのは猫屋の態度だ。攻撃する度にリングの奥に引っ込んで、挑発するように目を掻き開いたり、舌なめずりしている。
時折すぐ横にいる弟と聞こえるように会話する。『弱いな』『早く沈めろよ』その淡白な会話が、益々頭にくる。
「ふざけんじゃねーぞ!」
荒れ狂う獣のように突進を図る金髪。
あの時のように、悔しい思いはしたくない。掴むべきは勝利の二文字、そしてその先にある栄光。
瞼の裏でストロボのような閃光がひらめいた。鼻頭を強烈な痛みが貫き、後方に吹き飛ばされる。
掻き消えそうな意識。
おぼろ気な視界に、拳を付きだし高笑いする猫屋兄の姿が映る。
このまま倒れるか、リングアウトすれば敗北は決定だ。
やはり自分には、それ程の実力はないのだろうか……
「……ここで踏ん張らなきゃ、全部おしまいだぜ」
不意に誰かが言った。ひどく冷静な響きだ。
それに呼応して意識を集中させる。ぐっと身体に力を籠めて、倒れるのを踏みとどまる。
「お主の魂は、まだ燃えとるんじゃろう」
ごくりと唾を飲み込んだ。胸の奥の方に熱いなにかを感じる。
「魂が熱いっちゅうのは、まだやれる、っちゅう意思表示じゃ。その感情があれば、お主はまだ負けん」
金髪の傍らには知らない少年の姿があった。サングラスを掛け、ブラウンのフライトジャケットを羽織っている。日焼けした褐色の肌に筋肉質の小太りな体型。後方に撫で付けて逆立てた黒髪が印象的。
再び猫屋を睨む金髪。
「どうすればいい?」
何故だろう、その声を訊くと冷静になれる。素直にアドバイスを求める自分がいる。
小太りの口元に笑みが浮かぶ。
「先ずは相手のエモノを奪え。そこからが本当の勝負じゃ」
この荒野を生き抜く為に必要なのは、相手を倒す武器じゃない。
熱い魂と、頼れる仲間。それがあれば百戦危うからず。
誰だか知らないけど、ポイント評価ありがとう。
少しだけ頑張れる