夢は終わった
同日夜半過ぎ、繁華街から数本隔てた場所に、その公園はあった。
ズダーン! 凶音を響かせて、二つの身体がフェンスにぶつかる。
「おらぁ、答えろや! このガッコーで、誰が本当に強いか!」
「……お、大友さんです」
フェンスに背を預け、ズルズルとずり落ちる男。それを大友が、力任せに押し込んでいる。
「凄いなカッちゃん。まさしく無敵だぜ」
少し離れた場所では、相楽達が数人の三年生相手にバトルを繰り広げている。
「キャハハハ! 北條の首、ゲットだぜ!」
そしてそれを遠巻きに観戦するタカッシー。
狂喜乱舞して拳を空に突き出していた。
「勘弁して下さいって、もう一年生には手出ししませんから」
フェンスにもたれ掛かる男は北條。
学園でも非情を誇る男で、一年生を次々と粛清していた人物だ。
一族郎党、近くのグラブでたむろっていたところを、大友に誘き寄せられて、このような結果になっていた。
「へっ、先輩。最初っから、そう答えてりゃあ、痛い目見なくて済むんだよ」
大友の覚めた視線が突き刺さる。
対する北條はなにも答えない。
既に勝敗は決した、信頼する仲間達も、無残に敗北している。今更反撃するつもりはなかった。
「ケッ、ザマーねーよな」
大友が拘束を解くと、ズルズルとその場に崩れ落ちる。
やっと楽になれると、ふーっと息を吐き出した。
「タカッシー、好きにしろ」
しかしその大友の一言に、息をするのを忘れた。
「しびれんな」
いつの間にかその眼前に、タカッシーが立ち尽くしていたからだ。
その手には何故かボロボロの傘が握られている。おそらく近くのゴミ箱から調達してきたのだろう。
「グギャー!」
やがて夜空に響き渡る悲鳴。
小刻みな痛みが、幾度となく身体を襲う。
泣こうが喚こうが、その凶行は終わることはない。
身体を丸めて耐え凌ぐしか、手立てはなかった。
「すげーよな大友達。昨日、三年の北條グループ、潰したらしいぜ」
「へっ北條先輩らは、俺ら一年生を虫けらみたく扱ってたから、自業自得だよ。ホント、スキッとしたよ」
「しかしよ、これでハッキリ分かったよ。俺らが付いてくべきは、大友のカッちゃんだって」
「バカっ、聞こえるだろ」
翌日の学園は、大友達の話題で溢れていた。
最早誰も、大友と相楽の力に疑問など抱かなかったのだ。
その教室の片隅には、蒼汰と須藤の姿があった。
「また、やっちまったな。あの二人」
腕を組み、顔をしかめる須藤。
「ははっ。あれだけ言ったのにな」
蒼汰の方は、頬杖をつき、呆れたように吐き捨てた。
その表情を冷ややかに見据える須藤。
「良いんか? このままじゃ、ワシら一年の覇権を握るのは、カッちゃんってことになってまうぜ?」
「しゃーないっしょ。今回に限れば悪いのは北條先輩だ。あれのせいで俺らの仲間は、散々な被害を受けてた」
しかし蒼汰は意に介さず笑みを見せる。
「まあ、そうじゃのう。カッちゃん達が、三年と対抗してるおかげで、ワシらの仲間が被害を被る件数は減ったしな」
それに関しては須藤も同意見だった。
少し前まで一年生は、微妙な位置に置かれていた。北條などの姑息な三年生に虐げられていた。
だが最近、それも変わりつつあった。理不尽な襲撃がほとんど無くなっていたのだ。
「俺は元々、てっぺんとか覇権なんて言葉、興味ないし。リーダーになったのだって、たまたまだけだった訳だし。ま、平和が一番ってことっすわ」
「平和か。……自分の見える範囲だけ、大切な存在を守れればそれでいい。それがあんたの持論じゃったな」
教室内は穏やかな空気に包まれている。
友達と談笑する者、次の授業の準備をする者、片隅で漫才をする者、まだ授業前だというのに早弁を決め込む者と、長閑な光景だ。
「だけどリーダー、あんただって夢を求めて、このガッコーに来たんじゃろ?」
「そこまで大層なものじゃないけど、俺にだって夢のひとつぐらいあるさ」
「そのシャツに関連しとるのか?」
「ああ、チーム魔王。魔王の軍団、その復活さ」
「シュウさん、じゃな」
「ああ、魔王シュウ、サイコーな男なんだ」
吉沢蒼汰には忘れられぬ思い出がある。
それは信頼する仲間と駆け抜けた、中学時代の思い出。連勝につぐ連勝で、市内の覇権を一気に制してきた。
この人と一緒ならば、どこまでも行けると思っていた。それが地の果てだろうと、地獄だろうと。
『俺らは中坊だって馬鹿にされっけど、熱い志なら誰にも負けないんだ』それはシュウとの思い出だ。
しかしその夢は、ある日突然途絶えた。
シュウが通り魔事件に巻き込まれて、魔王の軍団が解散を余儀なくされたからだ。
多くの者はいう『魔王は死んだ』と。
悔しいが仕方ないことだとも思った。蒼汰もその光景を、その場で見ていたからだ。
本気で悲しかった、心が張り裂けそうだった。本気で泣いた、身体中の水分がなくなるほど。
「じゃが、本当は生きておった。だったら再び、それを結成すればいいじゃろ」
「ムダさ」
その須藤の台詞を、蒼汰はあっさりと断ち切る。
「多くの仲間が、心のどこかで魔王の軍団の再結成を願った。だけどそれを、直接口にしたものはいない。……誰もが理解してたのさ。シュウさんが望まない以上、その話題には触れないようにしようって。生きていただけで奇跡だ、それ以上望んじゃダメだって」
仲がいいからこそ、言葉に出さぬ友情の形もある。
言葉にすると、全てが壊れそうで恐ろしいからだ。
「あのステージの先に広がる光景は、今じゃ幻なんだ」
全ては夢幻の如く。
過去は過去であって、未来は別に繋がる。
どんなに足掻いても、閉ざされた未来への扉は開かないから。
いくら夢見ようとも、あのステージには到達出来ないのだから。




