みんなで一緒に卒業しよう
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足を踏み出した。
やけに熱い、天井の照明が眩しく感じる。ざわざわとうごめく人の波、口々に何かを叫び捲し立てる。
体育館中央には『みんなで一緒に卒業式を迎えよう』とのスローガンが、デカデカと掲げられている。
いいセンスだと思った。『これは始まりに過ぎない。卒業するまでの三年間、気を引き締よ』そんな意味が籠められているのだろう。
立ち止まっているだけで、人波に流される自分がいる。いつしか壁に張り付き、傍観者のひとりになる。
ひんやりと冷たい壁に背を預けて、暫くそのままでいる。
ガヤガヤと響き渡る人の声。狂気と情熱が混在して、怒号となって飛び交う。
恐怖に怯える悲鳴は、それらに掻き消されるだけ。
体育館中央には、特設のリングが設えてあった。
リングといってもパイプ椅子で仕切られた簡易的なもの。それらが二つ設置されている。
大勢の生徒が取り囲むその中で、一対一だったり、団体戦だったりと、激しい死闘が演じられている。
故にそこは興奮の坩堝と化している。
誰の趣向なのか、そこにどんな思惑があるのか、それは分からない。
しかしそのステージに立つものから、独特のオーラが感じられるのは確かだ。
大勢の衆目に晒されようと、見世物パンダにされようと、そこに一切の躊躇いはない。固い覚悟と身体を流れる熱い血潮が、引くことを許さないから。
引くことは敗北、戸惑いは絶望を意味する。己を信じて、拳だけが全てだと、最高の高みを目指してきたのだから。
「おい、お前」
その声ではっとした。
いつの間にかすぐそばに男が立っていた。ひょろ長いカマキリみたいな男。
もしかしたら、あの人が言っていた危険なカマキリだろうか?
詰め襟に付けられた校章から察するに、三年生だろう。色が違うからそれは理解する。
小バカにした表情だ。少年を『弱そうな奴』だと感じているのだろう。
壁際にいるのは女子やひ弱そうな一般生徒ばかり、そう思われても仕方がない。
「この場を仕切ってんのは、学園最大派閥 永瀬一派だ。一応訊いておく、おまえ名前は?」
永瀬という名には聞き覚えがあった。学園の三年生で、三年の半数程を掌握している。
つまりこの趣向は永瀬のものだ。
「どうして名前を訊くんです?」
「そりゃーおめー、ルーキーの実力を知る為さ。それなりに強い奴はあそこで闘わせて、合格点がついたら俺らの仲間にしてやるのさ」
それで理解した。
男の手にはなにやらプリントのようなものが握られている。おそらくは名簿、一年生の名前が記されている。だからこうして名簿の人物を捜しているんだ。
そして名の通った一年生同士を闘わせて、その実力を見極めようとしている。
そうすることで、自らの威厳も示せる。そういうことだ。
「早く言えよ、今年は小粒揃いだが、中には特Aレベルもいるからよ」
すかさずその手から名簿を奪った。
愕然となる男だが、気にすることなく名簿に目を通す。今年の特Aレベルは四人、一番上に名を連ねているのは……
「てめーなんてことしてんだ!」
しかしそんな少年の行為を、男が黙って許す筈もない。
ムカつき加減に少年の襟首を締め上げる。
「この名簿は極秘資料なんだよ、てめーみてーな小僧が、易々と見れる代物じゃねー!」
確かに大切な名簿らしい。極秘との印が記されていて、端には通し番号がふってある。
これを含めて三枚、同じものが存在する。
チッと舌打ちする男。
「どうやら仕置きが必要か。ここじゃギャラリーが多すぎる。こっちにきな、この学園の恐ろしさ、その身に叩き込んでやるからよ」
言って少年の背中を押し払った。
その反動で彼女と繋いだ手が引き剥がされる。
有無も言わさず、薄暗い穴ぐらに引きずり込まれた。