黒い特攻服
朝の光が射し込む廃屋、港湾沿いに建てられたその場所に、先程の二人の姿があった。
「お前を後ろに乗せると、ろくなことがないな」
「うるせー、生きてるだけ、ありがたいと思え」
「それは言えてる。工藤先輩は哀れだがな」
「俺様を怒らせた罰だ。鉄グズ抱いて永遠に寝とけ」
二人背中合わせに立ち尽くしている。
目つきの鋭い黒髪は、黒瀬修司、通称シュウ。
それよりやや背の高い茶髪は、沖田一弥。
共に私立オーク学園二年生だ。
交機の工藤の追跡は、なんとか凌いでいた。
事故りそうになること数回、カーチェイスさながらの攻防を制して、ここまで辿り着いた。
ちなみに工藤はCBと共に壁に激突、全治数ヵ月は確定だろう。
辺りには機械油と埃の臭いが漂う。
数十台のバイクが並べられていて、大勢の男達の姿もある。その誰もがムカついた表情で、シュウ達を取り囲んでいる。
なかには苦痛に喘ぎ、地面に倒れ込む者の姿もある。
この日この古びた廃工場で、近隣を統べる武装チーム、ナイトオペラのリーダー襲名が行われようとしていた。
シュウ達はそれを阻止すべく襲撃にきていた。
「沖田さんよ、これはいったいどういうつもりだ?」
立ち構える男のひとりが言った。
背の高い細身の男。長い黒髪のサイドを刈り上げ、後方で結わえている。サングラスを掛けて、黒いタンクトップに革パン姿。
その後ろの棚には、刺繍の施された黒い特攻服が飾られている。それを今から着込もうとしていたようだ。
この男こそが、次期ナイトオペラリーダー。松田という、悪党の世界では名の知れた男だ。
伏せ目がちに、地面に転がる鉄パイプを蹴り払う一弥。
「その特攻服、引退の記念に貰っていくのを忘れててな」
「引退の記念だと?」
沖田一弥は数ヵ月前まで、ナイトオペラのリーダーを務めていた。とある理由から、一時期引退していた。
「冗談はよしてくれ、あんたチームを抜けてんだぜ。昔はあんたのものだったかも知れないが、今じゃ俺のものなんだ」
「それがどうした。どうせお前には、その象徴は似合わないんだ」
飾られた特攻服は、一見どこにでもある古めかしいものに思えるが、彼らからすれば違う。
代々引き継がれてきたチームの象徴。暴走族と呼ばれた時代から、それに袖を通した者だけがリーダーと呼ばれてきた。
そればかりは時代が違っても変わらない。
「お前はまだ、それに袖を通してないんだろう。だったら俺のものだ。お前にリーダーの座は相応しくない」
威風堂々と言い放つ一弥に対し、松田は反論することもできない。
ガキのような言い分だが、それこそが絶対だ。袖を通していないということは、リーダーの座は空席ということ。
「そういう訳だから松田、さっさとその、こ汚い服、返せ。さっさと終わらすべ」
シュウが言った。
「こ汚いってお前」
愕然となる一弥などお構い無しだ。
「なんだと? 貴様、魔王だよな。貴様とは初対面な筈」
訝しがる松田。
シュウも不良の間では有名人。とにかく強くて、ケンカでは負けなし。ついた渾名は魔王シュウ、顔は知らずともその悪名だけは有名だ。
「うるせーな、てめーには関係ねーべ。言ってみれば神様のお告げだ」
そのうえわがままで大胆な性格。
「噂に違わぬ馬鹿だな」
流石の松田も呆れ顔。
そして続く沈黙。天井裏配管でネズミがちょろちょろ動く音だけが響く。
「このままおとなしく返せば穏便にすませてやる」
一弥が言った。
「冗談」
笑みを浮かべる松田。
「この特攻服は、覇王の証明だ。この街を生きる男の、覚悟の証」
覚悟の証、という意味は、それだけのアクションを起こす用意があるという意味。この特攻服を羽織って、街を駆け抜ければ、天に飛翔することさえ可能。
大袈裟な言い方だが、それほどの意味を含んでいた。
その意味はここに集う誰もが理解すること。
「目障りなネズミだな……」
ただひとり、その辺をキョロキョロ見回す、シュウを除いては……
そしてその呆れた行動は、他の者とすれば絶好の勝機に他ならない。
シュウの首はこの街にすむ悪党なら、誰でも欲しがるところ、それを叩き潰せば一気に名声が広がる。
「魔王の首、俺が貰った!」
グッと踏み出すパンチパーマの男。その頭目掛けて木刀を振り落とした。
「誰が魔王だよ!」
すかさず吠えるシュウ。拳を大きく振りかぶり、パンチパーマの顎に叩き込んだ。
唾液を滴らせてパンチパーマが吹き飛ぶ。地響きと共に地面に落下した。
「ネズミも目障りだが、おめーらも目障りなんだよ。どうせここまで来たついでだ、メンドーだが、やってやんぜ」
既に体感温度は最高点まで達している。このまま話し合いで終わる筈もない。
それはシュウならずとも、痛感せざる得ない。
「それが一番だろうな。それが男の証明でもある」
ゆっくりと拳をかざす松田。
「ナイトオペラの襲名披露、派手に開催しようぜ」
その声と共に男達が動き出した。