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始まるセカイ chapter1  作者: 黒華
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 「お前、不良にしては覇気のない目してるよな」

 優真が初めて俺にかけた言葉だ。しかもそれは近所のコンビニ。時間帯は深夜。

 高校生になって一人この街に引っ越してきた俺は、今までのだらけた生活に慣れない環境が合わさり、かなり堕落した生活を送っていた。三食コンビニ弁当なことも珍しくなかった。アパートには未だ開けていない段ボールが居住スペースを支配していた。そんな腐っていた頃に、優真と出会った。

 その日はたしか日曜日だったと思う。荷物の整理を少しだけして、後はパソコンで弾幕ゲーのルナティック制覇を目指していた。いや、あれはまともな人間にできるゲームじゃないな。

 日付が変わり空腹感からコンビニへ向かった俺は、運の悪いことに偶然喫煙タイムだったらしい数人の暴走族に出会う。無視すればいい話なんだが、俺っていう人間はその手の人からすると「なんか気に喰わない」だそうだ。理不尽な話だ。俺は変なオーラでも纏っているのだろうか。

 まあ、俺としても退屈しのぎにはなるから、ほどほどな喧嘩なら望むところなわけだが。

 結局その日もコンビニの駐車場でやり合うことになり、俺より年上な男三人を相手にしていた。俺の劣勢なのは間違いないな。人数もそうだし、それに相手にはそれぞれ女がついていた。かっこつけたかったんだろうな、そいつら張り切りまくってた。

 複数を相手にする際は動き続けることが大事だと思う。相手は一人を相手にするわけだから、嫌でも点を狙うことになる。そこに複数が集まれば身動きがとりにくくなる。同士討ちなんてしてくれたらラッキーだ。とにかく走り、跳び、転がり、相手を撹乱しつつ一撃を与えていく。勿論挑発も忘れない。あくまで俺の喧嘩論だ。

 だが先に言ったようにその日の相手は張り切っていて上手く立ち回れなかった。空腹なのもあったのかな。とにかくやばかった。こりゃ救急車かな、そう思った時だ。あいつが加勢してくれたのは。

 優真は瑠璃を連れて買い物きていたところだった。瑠璃が俺を助けたいと言い、優真も良いとこ見せたかったんだろうな。俺を助けてくれたわけだ。

 「俺は不良じゃない。アクティブなオタクだ」

 先の優真の台詞に俺はそう答えた。二人は俺を見て笑っていた。

 暴走族らしい人たちの欠点は体力がなかったことだ。俺も優真もまだ若い。煙草も酒も変な薬もやってない。だから時間が経つ程に俺たちは有利になっていった。

 「こんな運動不足な男より、俺らみたいなピチピチの方が良くない?」

 優真が連れの女たちに声をかける。女たちも満更でもない反応を見せた。息も上がり勢いのなくなったあいつらは焦ったんだろう。女をバイクに乗せて走って行った。

 「オタクが喧嘩なんかするのかよ。しかも三人も相手にして対等にやり合うなんて、どうかしてるぜ」

 「ゲームから得た技が俺を救ったんだよ」

 二人はまた笑った。優真がくれた缶コーヒーを飲みながら俺たちは他愛もない話をしていた。コーヒーを啜る度に口の中に痛みと血の味が広がった。

 それから数日して、二人とは高校で再会した。俺達の出会いはそんな感じだ。


 窓の外を眺めているのに、俺の顔と目が合う。黒い向こう側の世界には、今は動かない優真と瑠璃の姿もある。

 ――ごめん、二人とも。今度は俺が助ける番だったのにな。

 涙は出ない。代わりに溢れてくるのは怒りだ。二人を奪ったこの世界に対する怒り。そして二人を救えなかった俺自身への怒り。もうどうすることもできないが、この真っ黒な感情は消えることはないだろう。

 短刀を抜く。鋭い切れ味を持つこの刃なら、きっとすぐに死ねる。どういうわけか痛みに鈍感になってしまった俺は、恐怖心すらも感じにくくなってしまったようだ。

 「俺の生きる意味、か」

 短刀を鞘に納める。真っ黒な窓に映った俺の背後になにかが立っていた。反射的に距離を取る。

 「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか」

 「なんだ、鈴元か」

 ペコペコと頭を下げる眼鏡の少女。頭の動きに合わせて二本の三つ編みも揺れる。

 「どうした、眠れないのか」

 「あ、はい。目が覚めてしまって」

 「俺はまだ大丈夫だ。どっかの先輩と同じで夜更かしは慣れてる」

 教室の隅で丸まっているマケトさんを見やる。

 「男性は夜なにをされているんですか? 夜更かしするほど大事なことがあるのですか?」

 下ネタが頭を過ぎるが、ここは控えておこう。

 「昼間は学校だのなんだので忙しいだろ。だから趣味なんかは夜にやるしかない。鈴元は寝るの早いのか」

 「私は遅くても十一時には寝てしまいますね。課題があってもそれまでには終わらせていますし、眠たくなってしまいますしね」

 「絵に描いたような優等生だな」

 心底感心する。マジマジと鈴元を見つめてしまう。綺麗に磨かれたローファーにワンポイントの入った紺ソックス。あまり短すぎない程度のスカート。焦げ茶のカーディガンは所謂萌え袖だ。前髪には赤いヘアピンが留められているが、主張し過ぎないその色は逆に上品にも思える。

 「あ、あの。どうかされましたか。私どこかおかしいですか」

 「いや、こう見ると鈴元ってオシャレだなと思ってさ」

 「そ、そんなことないですよ。私なんて地味ですから」

 「まあ、俺も今になるまでそう思ってた。目立たないし、大人しいし、優等生なんだろうなってぐらいにしか思ってなかった。でも、ちゃんと見てみると普通に可愛い女子高生なんだよな」

 「か、可愛い、ですか」

 鈴元は頭を押さえながら、倒れるように近くの椅子に座った。例の症状が出たのかと思い駆け寄る。

 「いえ、あの、そんなこと男性に言われたことなかったもので」

 「そんなこと?」

 「か、かわ」

 首を傾げる。この子はいったいなにが言いたいんだ。

 「いえ、やっぱりなんでもありません!」

 顔を押さえて「はう~」と鳴いている。どうしてしまったんだ、鈴元。

 「桐谷君も、その、かっこいいですよ、ね」

 突然そんなことを言われて、今度は俺が数歩後退った。

 「そんなこと言われたことない。そもそも言ってくれるような奴もいないし」

 「女の子がたまに話してるんですよ、桐谷君のこと。いつも物憂げな雰囲気で、顔とかスタイルとかいいのに全然主張してなくて。でも少し不良っぽくて。隠れファンは多いみたいでした」

 初耳だった。地味で根暗な俺が、女子からそんなことを言われていたなんて。まあ、言われたところでどうもしないだろうけど。

 「そんなこと言ったら、鈴元のことも可愛いって言ってる男子は多かった気がするな。大人しくて女の子らしい子がタイプの奴も多いだろからな。メイクばっちりな今どき女子高生もいいけど、俺もどちらかと言えば鈴元みたいなタイプの方が好きだな」

 鈴元は机に突っ伏している。過呼吸気味だが、大丈夫か。

 「お互いモテてたんだな。こんな目に遭うなら一度でいいから恋愛とやらを経験してみたかったな」

 顔を上げた鈴元は悲しそうな目をしていた。机を見つめたまま言う。

 「もう、あの頃には戻れないんですかね」

 窓の外を見る。今は何も見えないが、この景色のいたるところに化け物が徘徊している。今も誰か戦っているかもしれないし、怯えて泣いているかもしれない。今まさに命が奪われようとしているかもしれない。俺たちの生きてきた世界は、あっという間に崩れ去った。

 「私はこんな世界嫌いです。元の平和で、穏やかな世界が好きです。戦争はどこかで起きていますし、飢えに苦しんでいる人たちもいました。けれど、それでも私と、私の周りの人は幸せだったと思います」

 世界は平等なんかじゃない。神は人の上に人をつくらず、なんて言うが、そんなのは綺麗事だ。差別はあるし、人の価値も定められている。人はいつの間にか神様になっていたのかもしれない、っていうのは前から俺の中にある捻くれた自論だ。

 鈴元の隣に座る。

 「戻れる、きっとな。だから頑張って生きよう」

 鈴元が微笑む。俺もつられて笑う。

 「なんだかさっきまでのことが嘘みたいです。今はこうやってモテ男の桐谷君と深夜の学校でおしゃべりしているんですから」

 鈴元が意地悪そうに笑う。たしかに中々レアなシチュエーションだ。深夜の学校に女子と二人きり。いけない好奇心が暴走してしてしまったら、マズいな。

 頭に浮かんだよからぬことを払いのける。鈴元も自分で言った台詞の意味を考えて今更照れているらしい。手振り身振りで俺に弁解してくる。

 「あ、あの、そういう意味ではなくてですね、こう、お泊り会みたいな感じで楽しいなー、みたいな」

 「男子と二人でか」

 間髪入れずにツッコムと鈴元は固まって動かなくなってしまった。動いたり止まったり、忙しい奴だ。

 「もう、桐谷君は意地悪です」

 勝手に自爆してるような気がするが。

 「こんなこと、お兄ちゃんが知ったら怒るんだろうなあ」

 ――茉莉さん。

 「茉莉さんは、やっぱり厳しい人だったのか」

 「いえ、私に対しては過保護なくらい優しかったですよ。なにをするにしても一番に私のことを考えてくれていました」

 「でも、今怒るって」

 「お兄ちゃんは私に近づく男性全員を目の仇にしていましたから。子供の頃の話なんですけどね、電車で私痴漢に遭ったんです。お兄ちゃんも一緒にいて、助けてはくれたんですけど」

 そこでクスクスと笑って、俺に「その痴漢をどうしたと思います?」と訊いてきた。

 「普通に考えたらそいつの手を掴んで、こいつ痴漢ですって言うんだよな。でもそれだけ笑うってことは、なんかおかしかったんだろ」

 笑いながら何度も頷く鈴元。茉莉さんは空手やってたんだよな。だったら。

 「わかった。その場でボコボコに叩きのめしたんじゃないか。僕の舞衣に触らないで下さい、とか言って」

 鈴元は、残念そうな声を上げて両手で胸の前にばってんをつくった。

 「お兄ちゃんならやりかねないですけどね。でも正解は、持っていたリボンで痴漢を縛り上げた、でした」

 俺はその状況が理解できず説明を求めた。

 「その日はクリスマスのオーナメントを買いに行っていたんです。その中に何色かのリボンがありまして、それを電車内で痴漢さんに巻き付けていったんです。けっこう混んでる時間だったんで、ばれずにグルグル巻きにしちゃってました」

 その時の光景を思い出しているのか、鈴元は腹を押さえて笑っている。

 「周りのお客さんも、ホームに出た後の車掌さんも、来てくれた警察の方も、皆さん驚かれていました。でも、一番驚いていたのは痴漢さんですけどね」

 「なんでそんな回りくどいやり方したんだ。すぐにでも助けられただろう」

 「後から聞いたら、恥を与えたかったんだそうです。お兄ちゃん曰く、まだ気が済んでいなかったみたいでしたけど」

 目の端の涙を拭う鈴元。ひとしきり笑うと息を整える。

 「真面目だけど、どこかズレている人でした。今の話もそうですし、他の時もちょっと変わったことをするんですよね。でも本人はいたって真面目なんですよ。それがまた面白くて」

 鈴元の顔から笑みが消えていく。

 「お兄ちゃんとはもう、会えないんですよね」

 俺は顔を逸らすことしかできなかった。俺たちの為に死んだ茉莉さん。俺の目の前で喰われた茉莉さん。

 「すまない鈴元。茉莉さんは俺とチャンさんを先に進ませる為に」

 「謝らないで下さい。桐谷君は悪くありません。お兄ちゃんのことは私が一番よく知っています。きっとそれがお兄ちゃんのした一番正しい選択だったんだと思います」

 ――正しい選択。あれが?

 「俺が助けることもできたかもしれない。あの時俺が先に行っていれば、ここにいるのは俺じゃなくて茉莉さんになっていたかもしれないんだ」

 鈴元が俺の名を呼ぶ。逸らしていた顔を、ゆっくりと鈴元に向ける。

 「後悔先に立たず、です。後から選択を嘆いてももう手遅れなんです。それに、ここに桐谷君がいなくてお兄ちゃんがいる選択肢も、私は正しいとは思いません。きっとどっちも正しいし、どっちも正しくないんです。だから、そんなこと言わないで下さい。もう謝らないで下さい」

 「やっぱり鈴元は強いな。茉莉さんに似たんだろうな」

 あの人と過ごした時間は限りなく短かった。それでも俺はあの人について行けた。あの人の選択に従うことができた。あの人は確かに正しくて、そして強かった。その妹である鈴元舞衣も、こんなに強い。

 「悪かった、もう謝るのは最後にする」

 「はい。安心しました。私って謝られるのに慣れていないと言いますか、そんなことないですよ~ってなっちゃうんです。なんだか謝られるのは苦手です」

 「それって鈴元がいつも正しいからじゃないのか。だから謝り慣れてない」

 鈴元が目を丸くする。少し考えて、両手をパタパタと振る。

 「そんなことないですよ。多分私が失敗ばっかりで謝ることが多いんです。だから謝られることが少ないんです。きっとそうです。はい」

 早口で捲し立てる鈴元。照れているのかなんなのか。そんなに謙遜する必要もないだろうに。でもそれが鈴元らしくて、俺は不思議と笑ってしまった。

 「なんで笑うんですか、私変な事言いましたか、どこかおかしいですか」

 焦っている鈴元が余計に可笑しかった。今度は俺が目に涙を浮かべて笑った。

 「桐谷君は意地悪です! 謝りますから、もう笑わないでください~!」

 暗い教室に俺の笑い声と、鈴元の怒ったような困ったような声が重なる。その後も会話が途切れることはなかった。きっと俺たちは紛らわしたかったんだ。恐怖と、すぐ近くにいる死者の呻き声を。


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