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始まるセカイ chapter1  作者: 黒華
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 左腕を振るい血を扇状に飛ばす。灯と朔夜は笑いながらそれをかわす。

 「それきれーい」

 「それおもしろーい」

 その間に一気に距離を詰める。血の短刀―ブラッド・ナイフ―でけん制しながら駆ける。

 「お兄ちゃん、足はやーい」

 「お兄ちゃん、かっこいー」

 金髪の方、灯にブラッド・ナイフを飛ばしすぐさま右手のナイフで斬りかかる。刃と刃がぶつかる。刃を防いだはいいが態勢を崩す灯。足を払い尻餅をついたところを蹴り飛ばす。短い悲鳴と共に軽い身体が水溜りだらけの地面を転がる。

 「いったーい」

 「灯やられちゃったー」

 ダメージはないのか、こいつらも俺と同じく痛みを感じにくいのかもしれない。だが、このままならいける。こいつらとじゃ体格でも接近戦でも俺の方が有利だ。身体能力や力なんかは年相応なんだろう。だったらおかしなマジックを見せられる前に勝負をつける。

 座ったままの灯に突っ込む。すると予想通り朔夜が横から俺を追ってくる。この二人の関係はよくわからないが、異常にお互いに依存している。なら片方を狙えばもう片方がそれを妨害しようとする。

 急旋回してブラッド・ナイフを朔夜に投げる。案の定姿勢を低くしてかわす。そこに跳び蹴りをくらわすと、軽い身体は予想以上に飛んでいき落下防止のフェンスにぶつかった。

 背後で水溜りが鳴る。灯の斬撃をナイフでかわし捕まえる。片腕で力任せに投げ飛ばす。立ち上がろうとしていた朔夜に灯が激突する。

 「どうしたんだ、遊ぶんじゃなかったのかよ」

 二人が口を尖らせながら立ち上がる。

 「お兄ちゃん、つよーい」

 「お兄ちゃん、おとなげなーい」

 「まだまだだ。こんなんじゃ足りない。皆の復讐は終わらない」

 左手にもナイフをつくる。接近すれば勝てる。一気に地面を蹴る。

 「スター・アテンション」

 背後から何かが飛んでくる。その場で転がりやりすごす。態勢を直すと二人の姿がない。それに何かが飛んできた形跡もない。

 ――さっきからこの妙な気配はなんなんだ。

 「隠れてないででてこいよ!」

 俺の左側で水溜りが踏まれる。

 ――見つけた。

 その方向にブラッド・ナイフを投げようと構える。

 ――後ろ。

 背後の至近距離に灯の気配を感じ飛び退きながらブラッド・ナイフを投げる。

 「ひっかかったねー」

 下がった方向に朔夜。そして俺の腹部には刃が突き刺さっている。ナイフを振るうがかわされ距離をとられる。血が溢れてくる前に結晶化して傷を塞ぐ。

 「お兄ちゃん、おもしろーい」

 「お兄ちゃん、たのしーねー」

 二人がクスクス笑いハイタッチを交わす。流石にこの傷はまずい。内臓をやられたのか、苦しいというか、身体が悲鳴を上げているらしい。

 ――もう少しだけ耐えてくれ。

 あいつらのマジック、いや能力はなんなんだ。瞬間移動や高速移動のようなものだと思っていたが、違うのか。それに俺に迫ってくる妙な気配。さっきの灯の気配にも実体はなかった。この気配もつくられている?

 「お前らにもう一度訊く。お前たちは何者なんだ」

 灯と朔夜は顔を合わせる。暫く考え俺に向き直る。

 「いーよー、ちょっとだけ教えてあげる」

 「お兄ちゃんだけ、特別だよー」

 「「私たちは、イノベーター。新しいセカイの担い手」」

 こいつらは何を言っているんだ。そうは思わないでおこう。今はこいつらから情報を引き出す。

 「そのイノベーターっていうのはなんなんだ。二人だけなのか」

 「イノベーターは適応して進化した新しい人類」

 「タロットの数だけ運命はある。運命の数だけセカイの担い手はいる」

 ――タロット? それがなにに関係してるんだ。

 「私は星」

 「私は月」

 「だから一緒に輝くの」

 「だから一緒に消えるの」

 言い回しが面倒だが、要は新しいセカイをつくるのがこいつらの目的で、こいつらの仲間はタロットカードの枚数分―たしか零から二十一まで―いるってことだ。

 「その新しいセカイって言うのは」

 「選ばれた人間だけが住むセカイ」

 「不必要な人間のいないセカイ」

 「どうやってそんなセカイをつくるんだ」

 俺の問いに、二人はニヤリと笑う。

 「だから篩にかけてるの」

 「だから壊してるの」

 「「それが今なの」」

 新しいセカイで生きていい人間を選ぶため、人間を篩にかけている。

 「どうやって選んでるんだ。こんな大勢の人間から選び抜くなんて」

 「周りを見てよ、お兄ちゃん」

 「世界を見てよ、お兄ちゃん」

 屋上から見える景色は俺の知っている世界ではないようだ。化け物が動き回り、人が死に、理不尽な選択ばかり強いられる世界。もう、人間は大勢と呼べるほどいないのかもしれない。そして、生き残った人間を選ばれた人間と言っているのかもしれない。

 ――この世界が、篩い落とし。

 「なら、お前たちが世界をこんなふうにしたんだな」

 「うーん、ちがうと言えばちがうけどー」

 「うーん、そうだと言えばそうかなー」

 もう少し分かりやすいイノベーターとやらと話したかったものだ。二人が明らかに退屈そうにしている。情報を訊くのはここまでか。

 「話してばっかりでつまんなーい」

 「遊んでくれないとつまんなーい」

 どこから攻撃がきてもいいように構える。腹の傷は治癒に時間がかかるようだ。若干動きにくいが、仕方がない。

 「さっきのお返し、しちゃおっかなー」

 灯が首を傾げて微笑む。

 「スター・アテンション」

 ――足元から。

 後ろに跳ぶが、そこにもなにもない。また気配だけ。そして朔夜の姿がない。

 「ゆっくり、ゆっくり」

 なにもないところから声が聞こえる。どうなってるんだ。まさか。

 ――朔夜は消えている。

 「ムーン・インビジブル」

 背中に痛みが走る。振り向き様にナイフを振るうが、そこに朔夜の姿はない。数歩離れたところで突然朔夜が姿を現した。

 俺を前後で挟んだ二人が笑う。

 「お兄ちゃん、もうおしまい?」

 「お兄ちゃん、もうまいった?」

 こいつらの能力は多分、灯が気配をつくりだすチカラ―スターアテンション―。そして朔夜が姿を消すチカラ―ムーン・インビジブル―。駄目だ、そんな摩訶不思議な能力がわかっても対処のしようがない。どうにかして動きを止められれば、俺でも勝機はあるが。

 「もうおしまいにしよっかー」

 「もうかっちゃおっかー」

 ――なにがくる、どこからくる。

 上からなにか。そう思ったのもつかの間、次の瞬間、俺は四方八方あらゆる方向から凄まじい殺気に襲われた。怖いどころじゃない。気持ち悪い。吐き気が込み上げてくる。

 周囲の水溜りが撥ねる。気付くと二人の姿が見えなくなっている。これが、二人が共にいる理由。二人の能力を合わせて隙を無くし、完璧な能力にしている。

 「くそっ、お前ら」

 周囲をナイフで薙ぎ払うのが精いっぱいだ。俺の周りを笑い声が走り回る。飛沫が上がり俺の身体に傷がつけられる。背後から、左右から、正面から。俺の身体に切り傷が幾つも刻まれていく。だがどれも深くはない。こいつらは俺を痛めつけて楽しんでいるんだ。自分たちの能力に手も足も出ない俺を嘲笑っているんだ。

 ――俺はまた、なにもできないままなのか。鈴元、鶴飼、皆、すまない。

 「もうやめてください!」

 俺を囲んでいた殺気が消える。鈴元が灯を抱き留めていた。

 ――やめろ、鈴元。

 「邪魔しないでよ、お姉ちゃん」

 俺の横を朔夜の声が通り過ぎる。

 ――やめろ、やめてくれ。

 「桐谷君、ごめんなさい」

 「やめろおおお!」

 朔夜の短刀が鈴元の背中に突き立てられる。そして鈴元の手から離れた灯は正面から短刀を突き刺した。鈴元の口から血が流れる。俺の中の何かが壊れた。

 両手の血を払い長い刃を形成し、間髪入れずに灯と朔夜に投げる。反応はしたが遅い。灯の脇腹、朔夜の肩に紅い刃が突き刺さる。離れようとする二人に飛び掛かり、それぞれの顔面を掴み同じ方向に投げ、ブラッド・ナイフを幾重も浴びせる。二人の纏うドレスは瞬く間にぼろぼろに、そして紅く染まっていった。

 ――許さない。殺す。こいつらだけは、殺す。

 膝を突き身体を寄せ合っている。両手にもう一度長い刃を形成し近づく。

 「お兄ちゃん、つよいなー」

 「お兄ちゃん、こわいなー」

 弱々しい声を上げる少女の手前、両手の刃を振り上げる。

 「こんなんじゃ足りない。地獄で会ったら、また相手してくれよ」

 刃を振り下ろす。二人の少女が紅く染まった。

 「この二人が行くのは、天国ですよ」

 目の前にはいつしか白髪の男が立っていて、俺の両手に触れている。俺の刃は、いや刃だけじゃない、全身の結晶化が解かれている。腹部から血が噴き出し、さらには痛みも蘇ってきた。膝を突き、傷口を押さえる。

 「誰だ、お前」

 「名前ですか、うーん、特に決めてませんでしたね」

 白いパンツに白いシャツを着た白髪の男は、周囲を見回し、自分の姿を確認して、パンと手を打った。

 「僕は白―ハク―と言います。思い付きですが、僕に似合っているぴったりな名前じゃないでしょうか」

 そう思うでしょう、と後ろで弱っている灯と朔夜に同意を求める。

 「ぴったりです、ご主人様」

 「お似合いです、ご主人様」

 弱々しい声で頭を下げる。ハクと名乗った男は満足そうに頷く。

 「君のおかげですよ。君と出会わなかったら僕は名前と言うものを考えなかったかもしれない。いやあ、なんと礼を言ったものか」

 左手でナイフを一本形成して投げる。

 「あらら、せっかく綺麗なシャツなのに、汚さないでくださいよー」

 刃はこいつに触れた瞬間に溶けるようにして血へと戻った。こいつは何者だ。イノベーターとかいう仲間なのか。

 「君はいい線いっているみたいですね。これからの進化、変異に期待です」

 そういうと男は振り返り灯と朔夜の身体に触れる。二人の身体が痙攣を起こす。

 「そろそろ戻りますよ。十分遊んでもらったでしょう」

 糸の切れた操り人形のようになっていた二人が立ち上がる。我が目を疑ったのは全身の傷が治っていたからだ。ハクが触れた途端、傷だけが綺麗に消え去った。

 「おい、お前は、なんなんだ」

 「またどこかで会えますよ、君が生きていればね」

 そう微笑むと三人は忽然と姿を消した。

 俺の中で時間が止まっていた。我に返り鈴元の元へ這って行く。

 「鈴元、しっかりしろ、頼む!」

 屋上の地面に広がった紅い水溜り。その中に鈴元は横たわっている。

 「鈴元! 目を開けてくれ、死なないでくれ! 俺を、一人にしないでくれ!」

 血で濡れた手が俺に向かって伸びる。咄嗟に握る。白く、柔らかく、そして冷たい手だ。

 「ごめん、なさ、い」

 「なんで鈴元が、謝るんだ、なにも悪いことなんてしてないだろ」

 「離れてろって、言われた、のに、出てきちゃった、から」

 「そんなの、謝るようなことじゃ、ないだろ」

 鈴元は微かに笑い、俺の顔に手を伸ばしてくる。

 「それに、今も、心配させちゃって、ます」

 「当り前だろ、心配して当然だ。でも、なんで俺を助けようとしたんだ。あいつらは俺を殺さないって言ったろ」

 頬に鈴元の手が触れる。俺の頬を撫でてくれているようだ。その手に、俺の涙が落ちる。

 「見ていられ、なかったんです。ぼろぼろになっていく、桐谷君が。いくら死ななくても、あんなの、酷すぎ、ます」

 「それで鈴元が死んだら意味ないだろ! こんなの間違ってる、間違ってるよ!」

 鈴元は小さく首を振る。

 「私は、私の選択を、悔やんで、いません。私にとって、この選択は、正しかったんですよ」

 「そんなことない、一緒に生きていける選択肢もあったはずだ。なのにどうして、これが正しいはずないだろ!」

 「怒らないで、くださいよ。もう、あと少し、なんですから」

 訊きたくない、なにがあともう少しなのかなんて、俺は訊かない。

 「すごく、眠いんです」

 鈴元が目を閉じる。

 「しっかりしろ! すぐに救助のヘリが来る、そしたら助かる。だからそれまで耐えるんだ!」

 「最後に、お願い、聞いてくれませんか」

 ――お願い。

 「膝枕、してほしいんです」

 俺は黙って頷いた。鈴元の頭を上げて太腿の上に乗せてやる。鈴元は小さく笑った。俺を下から見つめる。

 「夜話したこと、覚えていますか。桐谷君が、モテてるって、話」

 相槌を打って頷く。

 「その、隠れファンって、美咲ちゃんもだし、実は、私も、だったんですよ」

 咳き込む口から血が溢れる。腹からは血が止まらない。鈴元の体温が、なくなっていく。

 「私なんて、静かで、地味だから、桐谷君、みたいに、静かでも、魅力的な人に憧れちゃったん、です」

 「鈴元は地味なんかじゃない。十分魅力的だ。鈴元のこと好いてる奴もいっぱいいたんだ」

 「桐谷君に、好かれたかった、ですよ。えへ、美咲ちゃんに、内緒でこんなこと、してるなんて、怒られちゃい、ますね」

 「もういい、もう、喋らないでくれ」

 ぽつりと滴が落ちてくる。また雨が降ってきた。鈴元の眼鏡が水に覆われる。

 「眼鏡、外してください。これじゃ桐谷君の顔、見れないです」

 上体を抱き起し眼鏡を外す。こういう時眼鏡のギャップは卑怯だ。

 「鈴元、コンタクトに挑戦してみないか。そしたらきっと、学校中の男子にモテて困るようになる」

 照れたように笑う。今までで一番、鈴元が近くにいる。

 「それじゃあ意味ないです。あなたにモテなきゃ」

 「ああ、きっとモテるよ。だから、もう少し頑張れ。な、鈴元」

 「嬉しいです。コンタクト、チャレンジしようかな」

 鈴元の目が閉じられる。

 「鈴元、もう少し大きな声で喋ってくれよ。それじゃ、聞こえないんだ」

 「ごめんなさい。眠くて、幸せで」

 「鈴元、いかないでくれ。茉莉さんにも言われたんだ、舞衣を頼みますって、だから、お兄さんの為にも、生きてくれよ!」

 「名前、呼んでくれた」

 「ああ、舞衣、しっかりしろ! これから何度でも呼んでやるから、だから、こんなところで死ぬな!」

 「生きて、くださいね。私ずっと、あなたと一緒に、いますから」

 前髪から赤いヘアピンを外し、それを俺の手に握らせる。

 「似合いますよ、紅弥君、ですしね」

 「ああ、大事に、使わせてもらうよ。だったら、これのお返ししないとな。なにか欲しい物とか、ないか」

 微笑んだままの鈴元は返事をしてくれない。

 「物じゃなくてもいいんだ。なにか食べたいものとかでもいい。俺女子の好きなものとかわかんないから、教えてくれるとありがたいな」

 握った手は、重力に任せて落ちていってしまう。

 「なあ、舞衣、答えてくれよ。返事してくれよ。俺を一人にしないでくれよ」

 大粒の雨が俺を激しく叩く。他の音も聞こえないくらい、激しく。俺を責めるかのように降りつける。

 俺は泣いた。声を上げて。

 俺は叫んだ。舞衣の名を。仲間の名を。

 俺は憎んだ。この世界に蔓延る化け物を。

 俺は恨んだ。一人生きてしまった俺を。無力な俺を。

 俺は誓った。必ず生きると。

 「絶対に生き延びる。生き延びて、必ず成し遂げる」

 ――復讐。

 この世界の化け物を全員殺し、あの能力者たちも全員殺す。世界を壊した連中も全員殺す。なにもかも、俺が壊す。

 ――復讐する。

 「それが俺の、生きる意味」

 壊そう、壊れたセカイを。


 chapter1 END


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