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八.侵攻の裏

二見ヶ浦

 沖合に強襲揚陸艦【独島】【馬羅島】が投錨し、ヘリコプターで上陸した部隊が確保した海岸に次々と兵士と兵器を送り込んだ。戦車は揚陸艦に搭載しているLCAC(エアクッション艇―軍用ホバークラフトのことである―)で海岸まで運び、歩兵の足となる装甲車は水陸両用のAAV-7なので揚陸艦から自力で海岸まで向かった。

 この2隻だけで2個大隊の兵力を運ぶことができる。後続する【コージュンボン】級揚陸艦4隻が到着すれば海兵隊1個連隊強の兵力が揃うことになる。





対馬

 対馬の夜道は寂しいものだった。だが、このどこかに敵が潜んでいるのかもしれない。

 数分前、レーダーサイトに続いて海上自衛隊の上対馬警備所からも連絡が途絶えた。北上していた対馬警備隊は一旦車を停めて徒歩による斥候を出すこととなった。

 小銃を持った自衛隊員が曲がりくねった県道182号線を進んでいる。先頭の隊員は、進行方向、すなわち北の方向を、暗視装置を駆使して睨んでいた。


「前方300に敵車両!」


 最後尾を進む指揮官は、89式小銃の安全装置を解除した。


「構え!ただし、先制攻撃はするな!」


 彼の目は、こちらに迫る高麗のジープを確認した。ジープの荷台に一人の兵士が立っている。その兵士はジープに備え付けた火器の銃身をこちらに向けていた。


「やばい!散開!散開するんだ!」


 高麗の火器はK4グレネードランチャーだった。それは自衛隊の96式自動擲弾銃と似た兵器で、炸裂弾を連続して発射することができた。

 指揮官はとっさに物陰に隠れて難を逃れたが、何人かの隊員が炸裂弾で吹き飛ばされた。


「応戦!!」


 高麗兵に向けられた89式小銃が唸り声をあげた。





首相官邸 特別応接室

 首相官邸の4階には首相が面会者と対応するための応接室がある。高麗駐日大使の金基文(キム・ギムン)もそこに案内された。


「お久しぶりです。烏丸総理」

「こちらこそ大使」


 2人の会談は簡単な社交辞令から始まった。


「大使。日本政府としては貴国に厳重な抗議をせざるえません。貴国に軍の撤退と事実関係の説明を要求します」


 毅然とした態度で臨む烏丸に対してギムンは眉ひとつ動かさず平然としていた。


「総理。今回の事態で犠牲になった日本の方々に対して追悼の意を表します。しかし今回の事態の責任は高麗政府にない事を言明させていただきます。今回のすべての責任は貴国にあります。我が軍は自衛の為に武力行使に踏み切ったのです。

 貴国は我が国の脅威を過大に煽り、不当な圧力をかけて我が国を破綻させようとし、挙句の果てに我が国土を奪おうとしたのです。我々こそが被害者なのであり、要求する権利は我々にあるのです」


 そう言うとギムンは自分の鞄から書類の束を出した。


「これは大統領からあなたに渡すように言われてものです。回答は貴国の駐韓大使が大統領に直接渡していただきたい」


 ギムンは書類を渡すとそのまま帰ってしまった。





防衛省中央指揮所

 総理の退出で会議が中断されたが、神谷たちは自分たちの仕事を続けていた。


「陸幕長、陸自はどう対処している」

「第19普通科連隊から情報小隊と1個中隊を偵察に二見ヶ浦へ派遣します。北九州については第40普通科連隊から1個中隊を出して情報小隊の救出に向かわせます。どちらも訓練名目で積極的な戦闘は控えるように命じております。また玖珠(くす)からすでに戦車大隊を前進させています。命令さえあれば、ただちに攻勢に転ずることができます」


 陸上幕僚長の剣持(けんもち)はそう説明した。その顔には、なかなか決断を下さない政府への苛立ちが表れていた。


「よろしい。斎藤君。空自の状況は?」


 次に指名されたのは航空幕僚長の斎藤であった。


「築城が攻撃を受けて離陸中のF-15J2機が破壊されました。さらに爆風でF-15Jが4機、DJが2機、F-2Aが3機、F-2Bが1機、損傷して飛行不能です。

 航空自衛隊としては築城基地の復旧が完了しだい、残存の機体を新田原(にゅうたばる)まで後退させようと思います。築城は前線に近すぎる。その際には新田原から護衛を出して空の守りを固めます。問題は陸上の守りです。基地の警備隊では心もとない。陸上自衛隊に支援を要請することになるかもしれません」

「西部方面隊と相談してみましょう。ただ恒久的な警備は現状の戦力では無理です」


 剣持は1990年代の頃の兵力があれば今よりはずっと充実した警備が可能だった、とも考えたが口には出さなかった。


「よろしい。次は海上自衛隊だが?」


 最後に指名されたのは海上幕僚長の笹山であった。


「第2護衛隊群は佐世保に戻して再編成を行います。舞鶴の第3護衛隊群が日本海に展開して高麗海軍の東進の阻止を行っていますが、錬度に不安があります。第4護衛隊群はほとんどの艦がオーバーホール中で動かせる船は1〜2隻だけです。反撃は第1護衛隊群の帰還を待たないと」

「潜水艦の方は?」

「現在、任務行動(オンステージ)中なのは6隻です。うち1隻は【ゆきぐも】と合流して海上保安庁の護衛を行っています。残りの5隻ですが、2隻は日本海で、2隻は東シナ海で、1隻はオホーツクで行動中の筈です」


 陸上自衛隊出身の神谷には、最後の言葉が引っかかった。


「筈です、というのは、どういうことだね?」

潜水艦乗り(サブマリナー)が本当に指示通り動いているか、確信が持てないものでしてね」


 隠密行動中の潜水艦の行動を把握する術を海上自衛隊は持っていない。


「よろしい。今後の行動についてだが、やはり相手の意図が読めないとどうしようもないな。もし大規模なゲリラ・コマンドの浸透作戦が行われれば、大変なことになる」


 それは神谷が最も恐れるシナリオだった。


「えぇ。極端な話ですが、1人のゲリラ兵が山に隠れるだけでも1個師団の兵力を数週間、下手すれば数ヶ月以上拘束することが可能です」


 剣持が神谷に続いた。


「皆さん、【ランボー】という映画をご覧になったことはありますか?あの映画では、保安官はたった1人の逃亡者の為に州兵まで動員しました。あれは決して絵空事ではないのです。逃げ回る少数のゲリラ兵を捉えるには、大人数で取り囲んで、虱潰しに探すしかありません。

 実際に、これは高麗統一前の事例ですが、北朝鮮の潜水艦が韓国の海岸に座礁した事件がありました。北朝鮮の乗組員26名が上陸し、11名は自決しましたが、残りの15名が逃亡しました。この事件で韓国は、その僅か15名を追うのに延べ数万人の人員と49日という日数を必要としたのです」


 この事件は江陵(カンヌン)浸透事件として知られている。


「もし高麗が少数の人員から成る浸透部隊の潜入を同時多発的に行った場合、陸上自衛隊の対処能力が飽和され、対処不能になります」

「前の海幕長は海上で阻止できる、と言い張っていたが」


 神谷の言葉を聞いて、笹山が苦笑した。


「いやぁ。あの男は船乗りですからね」


 前幕僚長が護衛艦隊出身なのに対して笹山は航空集団の出身だった。


「空を飛んでいると海がどれほど広いものかよく分かります。現在の海上自衛隊の戦力では洋上阻止は不可能です」

「ともかく、高麗によるゲリラ攻撃の可能性がある限りは、部隊を九州へ動かせません。原発をはじめとする重要警護対象が全国に多数ありますからね」


 剣持がそう結論づけた。


「となると、我々自衛隊が当面できることは、築城の戦闘機を安全地帯まで下げることか」

 最初にやる事が敵から逃げることか情けないな、と神谷は考えていた。





首相官邸 総理執務室

 烏丸は閣僚たちとともにギムン大使から渡された書類を読んでいた。


「なんだこれは!」


 烏丸が思わず嬌声をあげた。その要求は恐るべきものであった、


「独島、竹島のことだな、が高麗の領土であることを認め、自衛隊及び海上保安庁を撤退させること。高麗領土への侵略とこれまでの不当な圧力に対して賠償金を支払うこと。これが目的か!」


 日本から外貨を頂き、高麗の再建を狙う。これが高麗連邦の目的なのだ。


「これを見てください」


 経済産業大臣が書類の一点を指差した。烏丸がその部分を読む。


「東海、日本海のことだな、から東シナ海にかけての、資源採掘権だと!」


 近年の研究で、無資源国と言われる日本の周辺にも多くの資源が眠っていることが明らかになっている。特に注目されているのが海底に眠る未来のエネルギー、メタンハイドレートである。日本周辺における埋蔵量は世界一とも言われている。


「これは重大な意味を含んでいますよ」


 菅井が別の観点から意見を述べた。


「これを押さえることで東アジア一帯、いや世界の経済に対して重大な影響力を持つことになります。しかし、それ以上に重大なことは、そのような要求は中国を刺激するということです」


 中国は日中の東シナ海のガス田を巡る争いからも分かるように、自国のエネルギー問題解決の為に周辺の資源を自分のものにしようと考えている。


「もしかしたら、中国と高麗は何らかの協定を結んでいるのかもしれません。だからこそ、高麗はこのような要求を出すことができた。そう考えれば、高麗の侵攻の直前になって突然に軍を活発に活動させたことも説明できる」

「なるほど。高麗の侵攻にあわせて軍を動かして、米軍の介入を阻止しようというわけですね」


 中山が頷きながら言った。古橋はその様子に苛立っている。本来なら彼が説明すべき事柄なのであるから。





福岡駐屯地

 4時半を過ぎ、東の空が明るくなりつつあった。

 偵察の命令を受けて、第4師団第19普通科連隊が出動した。情報小隊、それに桜井の所属する第1中隊が続く。桜井は軽装甲機動車に乗り込んだ。軽装甲機動車は一般的な四輪駆動車に装甲を貼ったような車で、イラク復興支援部隊で使用されたことでも知られる。機関銃弾に耐えることができ、安価であることから自衛隊普通科部隊の装甲化の促進に貢献した。後席に座った桜井は自分の64式改の点検を行った。いつ戦闘になってもいいように。

 駐屯地の門には、例によって市民団体が群がっていた。

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