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七.交戦

糸島半島 二見ヶ浦

 福岡市外の北西10kmほど先に二見ヶ浦がある。糸島半島の先端にあるその地はサーフィンの名所として知られるが、午前3時近い深夜に人影は無い。

 そこへ20機ほどのヘリコプターが飛来した。うち15機は高麗海軍が輸送ヘリとして使用するロシアのカモフ社製のKa-32であり、残りの5機は高麗陸軍で偵察及び攻撃に使われている500MD小型ヘリであった。これらの機体は【独島】【馬羅島】に載せられ、高麗海兵隊侵攻部隊の第1陣として送り込まれたのである。高麗海兵隊は出入り口が狭い博多湾への侵入を諦め、二見ヶ浦を上陸地点に選んだのである。

 20機のヘリコプターの発する騒音はすさまじいものであり、数分後に北九州の警察が連絡を断ったことでパニック状態の福岡県警に「二見ヶ浦に多数のヘリコプターが飛来し、迷彩服を着た男たちが現われた」という通報が飛び込んだ。





北九州市小倉駐屯地

 小倉には陸上自衛隊第4師団の第40普通科連隊が駐屯している。T作戦に伴い高麗の妨害活動に対抗する為、北九州の警察組織との連絡を密にしていたが、突如、連絡が断たれてしまった。


「上からまだ命令はありません」


 連隊長の金井1佐に対して通信士が報告した。


「よろしい。命令は無いが、これが尋常ではない事態なのは間違いない。情報小隊を出そう」


 情報小隊とは普通科連隊本部直轄の小規模な偵察部隊である。


「訓練名目で出しましょう。問題は遭遇戦になった場合ですが」


 運用(作戦)担当幕僚が金井に尋ねた。


「命令が無い以上、緊急避難、正当防衛で各隊員が臨機応変に対応するしかあるまい」




 数分後、待機していた情報小隊のオートバイと新73式小型トラック(三菱パジェロの自衛隊版である)が駐屯地の門を出た。

 門の外には市民団体の集団が真夜中にも関わらず待ち受けていて、抗議活動を行っていたが、命を張るつもりは無いらしく、車が出てくると素直に道を空けた。

 73式小型トラックに乗る2人の曹がその様子を見て談笑していた。


「連中は高麗軍の攻撃を知っているのだろうかな?」

「むしろ高麗の指示でやってるんじゃないすか?」


 情報小隊は北九州市立大学の脇を抜けて国道322号線に出て北上し、各方面に分かれていった。そのまま直進していた班はやがて日豊線との交差ポイントに達した。

 先頭を行く2台のオートバイの乗り手は、鉄道の高架の下に4WD乗用車が停まっているのが見えた。日本では珍しいヒュンダイ製の車であった。

 車の影になにかが光るのが見えた。次の瞬間、オートバイの1台が横転し、乗り手が首を手で押さえて倒れていた。光は銃の発射炎であった。もう1台のバイクの乗り手はその場で停止し、バイクを盾にして89式小銃を4WDに向けた。追走する73式小型トラックもその場に停止して小銃を持った隊員が駆け下りて、応戦の態勢をとった。


「0-2より本管へ。0-2より本管へ。アタックを受けた!指示を請う!オクレ!」





福岡駐屯地

 小倉駐屯地から情報小隊が出動した頃、福岡県警から駐屯地に電話があった。


<この忙しい時に騒ぎを起こして、何のつもりなんですか?海岸で訓練をするなら事前に連絡を>


 電話にでた当直は相手がなにを言っているのかさっぱり理解ができなかった。


「いったいどうしたというのですが?状況が理解できないのですか?」

<えっ!二見ヶ浦で迷彩服を着た男がたくさん居るって通報がありました。お宅の部隊の訓練かなにかではないのですか?>


 その言葉を聞いた瞬間、当直は思わず電話の受話器を床に落としてしまっていた。


「敵だ!」





北九州市 九州自動車道

 ドン・テヒョン少尉は、元々は北朝鮮第八特殊軍団所属のゲリラ兵で、中東や東南アジア、アフリカの戦場にも派遣された戦のプロであり、北朝鮮出身の人間としては割と成功している方に分類される。彼が最初にこの計画を聞いたとき、返事は一言。

「なにを考えてるんですか?」

 戦場のプロである彼は、日本と高麗の国力の差をしっていた。長期戦になれば国力の勝る日本に負けるのは明らかだ。彼の上官たちは「必ず短期間で決着がつく」と言い張ったが、彼はそこまで楽観的にはなれなかった。北九州に貨物船に乗り込み、作戦遂行中の今でも勝てるとは思っていない。




 彼は貨物船に乗せられていたヒュンダイ製の市販の4WDに乗り九州自動車道を関門海峡に向けて走らせていた。

 九州と本州を結ぶルートは5つある。在来線の通る関門鉄道トンネル、新幹線用の関門新トンネル。有料道路が走る関門国道トンネル。高速道路の通る関門橋。そして、人用の関門人道トンネルだ。


「すでに関門新トンネルと鉄道トンネルは封鎖しました。トラックやらバスやらで塞いでやりましたよ。それで無線で本州側にトンネルを封鎖してやった事を知らせてやりました」

「知らせたのか?」

「えぇ。新幹線に突撃されたんじゃぁ、こっちもやってられないので。あとは橋を爆破するだけです。少尉。我々の拠点は、ここ。<めかり>という休憩所があるでしょう」


 下士官が、そう言って地図の一点を指差した。


「そうか。分かった。ところで、Aチームの方は?」


 ドンが聞くと、下士官はすぐさま答えた。


「はい。すでに市役所や警察など制圧済みです」


 車はパーキングエリアに入っていった。





門司 めかりパーキングエリア

 ドンと同様、ヒュンダイ製4WDで展開していた高麗特殊部隊が、テントの組み立てやら機器の設置やらで忙しそうに働いていた。


「あれが本州か・・・」


 車を降りたドン少尉は、関門海峡を挟んで見える対岸の島を眺めていた。


「できれば、あそこも制圧したいですね」

「そうだな。軍曹。高速道路の封鎖状況を確認したいのだが・・・」

「分かりました。案内します」


 二人がやって来たのは、九州自動車道と門司港インターの分岐点だ。

 高麗軍はすでに封鎖を行なっており、一般車を門司港インターへ誘導していた。

 そこへ一台の車が止まり、男が出てきた。


「これは一体、どういう事だ?」


 しかし、封鎖を行なっている高麗軍兵士は答えなかった。


「はっきり言え。」

「私が責任者だ。」


 ドンは、無表情で答えた。その日本語は流暢だが日本人ではありえない訛りがあった。


「お前ら外人だな?中国人か?朝鮮人か?いったい、なんの権利があって。だいたい、お前ら何者だ」


 ドンは、にやりと笑うと、懐からサブマシンガンを取り出して、引き金を引いた。弾丸は男の車のフロントガラスを貫いた。


「高麗陸軍、ドン・テヒョン少尉だ。さぁ、行ってくれ。車はフロントガラスが無くても動くだろ」


 男は、頷くと慌てながら車に戻って行った。

 北九州は、高麗軍の支配下におかれていた。





陸上自衛隊対馬駐屯地

 対馬は九州と朝鮮半島の中間地点にあり古くから戦略的な要所と見られていた。戦前には要塞も建築され、現在でも第4師団から警備隊が派遣されている。

 第4師団対馬警備隊は、1個の普通科中隊とその支援部隊から成り、350人ほどの人員が配置されている。指揮官は一等陸佐という連隊並の扱いとなっており、いかに重要な部隊であるかが分かる。

 そんな、対馬警備隊は今、絶望的な状況の中にあった。


「空自のレーダーサイトが襲撃を受けたみたいです」


 航空自衛隊との連絡を行っていた3尉が叫んだ。


「高麗陸軍のヘリが飛来したそうです」

「西部方面隊総監部は?」


 隊長の小津(おづ)1佐がその3尉に尋ねた。


「待機せよ、と命令が」


 小津は小さく頷いた。


「出動しよう。情報収集が必要だ」




 数分後、対馬駐屯地からオートバイを先頭に対馬警備隊の車両が次々と出動していった。





首相官邸 危機管理ルーム

「総理。防衛省の中央指揮所と回線が繋がります」


 中山は中央指揮所にメンバーが揃ったという連絡を受け取ると、総理に報告した。危機管理ルームの方もようやく烏丸内閣の主要な閣僚たちが揃った。時刻は午前4時を過ぎた頃だった。


「よろしい。繋いでくれ」


 相手は統合幕僚長の神谷(かみや)陸将であった。


<総理。はじめに新たな情報が入ったことを報告します。高麗軍は北九州及び福岡に既に上陸していると思われます。北九州では既に我が自衛隊部隊と交戦しております>

「まて!なんで勝手に戦っているんだ!まだ命令は出してないぞ!」


 烏丸が声を荒げた。


「自衛隊の出動には総理のご命令が必要だ。勝手に戦闘をはじめるなんて、甚だしきシビリアンコントロールの逸脱だ!」


 法務大臣の栗田(くりた)がそれに続く。彼も社会民生党の人間である。神谷はすぐに反論した。


<訓練名目で情報収集に出動した部隊が、高麗軍と思われる敵部隊の銃撃を受けたの正当防衛射撃を行ったのです。自衛隊はあくまで法令枠の範囲内で行動しております>

「とにかく今は情報が必要だ」


 中山が間に入った。


「現状を詳しく報告してほしい」

<T作戦に参加した海上保安庁の巡視船が高麗水上部隊の、援護に出動した海上自衛隊が高麗潜水艦の、攻撃をそれぞれ受けました。巡視船3隻が沈没、2隻が大破。また護衛艦は2隻が沈没、1隻が大破しました。海上自衛隊及び海上保安庁は安全圏に撤退しています。

 その後、対馬上空を警戒中の空自の戦闘機、警戒機が高麗空軍の襲撃を受け、戦闘機が1機撃墜されました。さらに築城基地が高麗軍のミサイル攻撃により現在、使用不能の状態です。

詳細は調査中ですが、これらの攻撃により数十人の死傷者が発生したものと>

「私はどうすればいい?」


 ようやく落ち着いたらしい烏丸が神谷に尋ねた。


<これは明らかな侵略行為であり、明白な武力攻撃事態です。防衛省統合幕僚監部としては、自衛隊の防衛出動を進言します>

「防衛出動なんてトンでもない!」


 神谷の言葉に異を唱えたのは外務大臣の古橋(ふるはし)だ。例にって彼も社会民生党の人間である。


「自衛隊を出せば事態がややこしくなります。まずは高麗の駐日大使を呼んでこの件に関して抗議を行ったうえで、外交的な解決を進めるべきです。今こそ平和立国としての対応が求められているのです」

「既に死者が出てるんだぞ!」


 古橋の言葉に中山が声を荒げた。


「なにが平和立国だ!憲法を守って国民が死んだ、じゃ世話ないさ!」


 その言葉は法務大臣を刺激した。


「貴様!憲法をなんだと思っているんだ!」

「まぁ、待ちたまえ」


 争いを止めたのは、これまでずっと沈黙を保ってきた官房長官の菅井(すがい)だ。自由民権党の長老として知られる彼は政界に大きな影響力を持っている。


「統幕長。我々にはどれだけの猶予があるのかね?」

<陸幕は12時間以内に戦車の援護をつけた部隊を進出させ、敵上陸部隊を蹴散らす必要があると言っています。高麗が橋頭堡を固めたら手遅れです。事態が長期化する可能性が>


 その時、危機管理ルームのドアを叩く音が響いた。ドアが開くと入ってきたのは烏丸の秘書官だった。


「総理。高麗の駐日大使が総理との面会を希望しています」

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