四三.戦い未だ終わらず
6月25日午前7時 筑紫野市内の中学校校庭 西部方面総監部前線統制所
自衛隊の防衛線の背後にあるこの学校では行き場を失った避難民や本隊から離れ離れになった自衛隊員により混雑していた。
荻原たちは行く当てもなく、ここで一夜を過ごしていた。そして昼頃に青野が宮崎の実家と連絡をとることに成功したので、そこのお世話になることになった。
荻原はそれを片平に知らせるべく、その姿を探していた。そして見つけた。
「片平先輩!」
片平は校庭の一角から外を取り囲んでいるデモ隊の姿を眺めていた。
<学校を戦争に使うな!>
<平和を返せ!>
<戦争反対!>
そんなシュプレヒコールを叫びながら中学校を囲む平和団体の姿だ。
「参加するつもりなんですか?」
荻原の言葉に対して片平は首を横に振った。それを見て荻原は怪訝な顔をした。いつもの彼女なら真っ先に参加すると思っていたからである。
「知っている人が居たのよ」
「じゃあ、なおさら」
「彼女は一昨日に福岡駐屯地のデモに参加していた筈なのよ」
荻原の指す女は手に<市民を見捨てた自衛隊を許すな>というプラカードが握られている。現況を反映したプラカードは一昨日以前に用意したものではないだろう。
「デモの時に高麗軍上陸の話を聞きつけて、とっとと逃げてきたのよ」
そうでなくてはあんな立派なプラカードなど用意できるわけがないのだ。女は自らは真っ先に逃げ出してきたくせに、市民を見捨てたと自衛隊を批判しているのだ。自衛隊に助けられ地獄を生きのびてここまで辿り着いた片平にとってはおもしろくない話であった。
しかし、片平の心はそのまま冷めていった。
「自分だって同じ穴の狢じゃない」
そこに行き着くと片平はその場に座り込んでしまった。
桜井と黒部は西普連とともに前線の塹壕で夜を過ごして、ようやくこの中学校まで辿り着いた。統制所に出頭すると2人は分かれてそれぞれの指示を受けた。そして校庭で合流した。
「桜井3曹、このまま原隊復帰か?」
「はい。そちらは?」
それを聞くと黒部はニヤリと笑った。
「ここだけの話だが、なにやらの特殊作戦のために沖縄に飛ばなくちゃならないんだ」
そこで桜井は黒部と分かれた。その後で知った顔を見つけた。
「青野さん!」
青野と付き添う女性2人が振り向いた。
「あぁ。里美の!いやぁ、お陰で助かったよ」
隣の斉藤美緒が続いた。
「まったく。どこぞの誰かと大違いよね」
そう言って青野を肘で突付いた。
「本当に助けてくれてありがとう。ほら。知世も」
斉藤に促された知世は無言で頭を下げて感謝を表した。
片平と荻原は一緒に歩いて青野たちの待っている場所に向かっていた。すると片平がなぜか立ち止まった。
「ご免。一緒に行けないよ」
突然の片平の言葉に荻原は立ち止まり振り向いて目を丸くした。
「で、でも。大丈夫なの?」
「分からないけど。これを期に自分なりにいろいろと整理したいの。だから1人にさせて」
そう言って立ち去る片平の背中を見送るしか荻原には出来なかった。
1人で青野らの元に戻った荻原が見たのは桜井の無事な姿であった。
「雄一!」
荻原は桜井に飛びついた。
「無事だったのね!」
桜井は突然の事に圧倒され何も言えなかった。
1分ほど立ってようやく落ち着いた。
「それで皆はどうするんだ?」
桜井が尋ねた。
「俺の実家に皆に行く事になりました」
青野が答えた。そこに荻原が割り込んだ。
「雄一はどうするの?一緒に行かない?」
突然の言葉に桜井はその真意を測りかねた。
「俺は自衛隊だから、逃げるわけには…」
「もう十分戦ったじゃない!だから、もういいじゃない!」
荻原はかなり真剣に言っている。桜井は空気がだんだんと悪くなるのを感じていた。周りの人間の視線も痛い。仕事だ、任務だ、と無理に引き剥がすことも出来たが、そういう気分にはなれなかった。
「俺だって、戻りたいわけじゃない。これはは辛い任務だよ。だけど、皆がまだ戦っている。仲間がまだ戦っている。だから俺だけ逃げるわけにはいかないんだ」
「私と、どっちが大切なの」
どこぞでお馴染の台詞であるが、桜井は自分に言われるとは思っていなかった。
「決められないよ。俺は仲間たちを信頼している。だからこれまでの辛い戦いも戦う抜くことができたんだ。彼らは俺の応えてくれるから。そして仲間たちは俺を信頼してくれている。だから俺も仲間たちの信頼に応えたい。だから里美、君も俺を信頼してくれ。そうすれば必ず応える。必ず戻ってくる」
桜井は荻原を背にして戦場に向かって歩き出した。するとそこへ1台の73式小型トラックが近づいてきた。幌を外された荷台には黒部の姿があった。そして桜井の横で止まった。その様子を見て桜井が戸惑っていると黒部が手を差し出した。乗れと目で行っていた。
桜井は頷くと、その手を握り締めた。彼が73式小型トラックの荷台に収まると車はまた走り出した。戦場に向かって。
その光景を見て知世は不思議な気分になった。これから地獄の戦場に戻るというのにどうしてあんなに自信に満ちた表情なのであろうか。なぜ何の後悔もしていないという表情なのであろうか。
日韓大戦 第一部 完
(改訂 2012/3/23)
内容を一部訂正