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四〇.待ち伏せ

6月24日 午前6時

春日市 陸上自衛隊福岡駐屯地

 かつて九州北部一帯の防衛を担う第4師団の司令部をはじめとする中枢が配置されていた福岡駐屯地であるが、今は西部方面普通科連隊の警戒部隊が残るのみとなった。

 桜井と黒部を乗せた73式小型トラックは南の門から駐屯地内に入ると運動場へ向かった。運動場には西普連の車輌が擬装を施された状態で分散して停められていた。小型トラックが停まり、2人は荷台から降りた。彼らを待っていたのは3佐の階級章をつけた男であった。


「西部方面普通科連隊第2中隊指揮官の岡本3佐だ。君たちの話は聞いている。ご苦労だったな」


 彼は自分の中隊が殿としてここを守っていると説明をした。彼の指差した先には小型の模型飛行機のようなものを手に持った隊員が立っていた。それは台形の大きな翼を持ち、翼端が曲がって上を向いていて垂直尾翼の役割を果たしているようである。そして小さなプロペラが2つ付いていた。


「これから空中偵察を行なうんだよ」


 岡本が説明する。

 するとその隊員は手に持った物体をまるで紙飛行機を飛ばす様に空へ投げた。プロペラが回転し、曇空の中を上昇していった。


「携帯飛行体ですか」


 黒部が言った。防衛技術研究所が開発を進めていた手で持ち運べる携帯型の小型無人偵察機。近距離偵察用で遠隔操作式。最近、正式採用されたもので黒部も訓練で使用した経験があった。

 携帯飛行体を空中に投げた隊員の隣で別の隊員が迷彩柄のノートパソコンに向かっていて、手はパソコンから伸びたコードに繋がれているジョイスティックを握っていた。


「それで操作しているんですか?」


 桜井の質問に操作に集中しているらしい隊員は無言で頷いて肯定の意を示した。

 あたりに居た隊員たちがパソコンの周りに集まった。隊員たちの目はパソコンの画面上に映る携帯飛行体のカメラ映像に注がれている。


「この画像は連隊本部と方面総監部にも配信されているんだ」


 岡本が説明した。

 携帯飛行体は福岡都市高速の上に沿って飛んでいて、まもなく福岡国際空港がカメラの視界の中に入った。


「敵の装甲部隊だ!」


 カメラには10輌以上のK1A1戦車とその倍ちかくあるK200装甲車を捉えていた。福岡空港の敷地内に分散して停まっている。映像には対空自走砲や対空ミサイルシステムも映されていた。


「福岡空港を利用するつもりなんだろうな」


 携帯飛行体はさらに針路を変えた。そして福岡駐屯地へ向かう道路上に別の高麗部隊を発見した。


「こちらに来るぞ!」


 それはジープ型の四輪駆動車に何輌かのK200装甲車と2輌のK1A1戦車の縦隊であった。先ほど空港を占領していた部隊に比べるとずっと小規模である。


「偵察部隊だな。迎撃準備!」


 岡本は自らも銃を手にとった。


「敵はどこに出てくる?」


 飛行体を操作していた隊員が福岡の地図を手にした。


「このまま進めば雑餉隈ざっしょのくま駅横の陸橋を通って、駐屯地の北に出てきます」


 周りの皆が地図上の雑餉隈駅周辺に注目した。


「狙うは線路を渡る時だ。わざわざ陸橋を渡るなんて危ないマネはしないだろう。1個小隊を以って敵を阻止する」


 そう部下に指示を出す岡本を前に桜井と黒部は立ち尽くしていた。


「これからどうする?」


 黒部が桜井に聞いてきた。




福岡市博多区

 高麗陸軍の偵察部隊は2輌のK1A1を先頭に道路を進んでいた。高麗軍は自衛隊の防御態勢を調べるためにコマンド部隊から成る隠密偵察部隊からこのような強硬偵察部隊まで様々な戦力を投入して偵察活動を行っていた。

 この強行偵察部隊は小隊規模の部隊で、4車線道路を南に進んでいた。やがて橋が見えてきた。だがそれを渡るつもりは無い。橋の上は逃げ場がない。

 小隊は側道へと進んだ。側道は私鉄の線路を前にしてT字路になっている。歩兵が周りに目を配らせる中、1輌のK1A1戦車が線路と道路を隔てるフェンスと木を押し倒して線路上に入った。それを狙う者がいるとも知らずに。



 K1A1が突破しようとしている地点から50mほど西に線路の影に2人の自衛隊員が隠れていた。01式携帯対戦車誘導弾を構えて。目標はK1A1の砲塔側面である。できれば装甲の薄い上部を狙いたいが、上を通る陸橋が邪魔になっているので弾道飛行ができない。


「目標をロック!」

「後方安全確認」

「クリア」

「撃て!」


 発射機から1発のミサイルが発射された。01式対戦車誘導弾は目標の発する熱を追うミサイルなので、発射後に誘導を行なう必要がない。だから攻撃を行なった自衛隊員はすぐさま逃げることができた。

 一方、戦車の方に逃げる暇は無かった。


「ミサイルだ」


 だが発射点はわずか50メートル先である。K1A1の乗組員に出来ることはなにも無かった。ミサイルが砲塔側面で炸裂し、装甲を破壊した。操縦手は無事だったようで、砲塔から煙を吐きながら戦車は元来た道を戻っていった。

 一方、随伴歩兵たちは戦車が壊したフェンスの穴から線路上に飛び出した。フェンス越し警戒・支援をする友軍を背後にその場に伏せて敵の姿を探した。しかし彼らは新たな敵に遭遇した。兵士たちが次々と頭を撃ち抜かれていったのである。


「狙撃手だ!」



 狙撃手は線路を挟んだ向かい側にそびえる博多南図書館の屋上に陣取っていた。


「木と木の間にミニミを構えている奴がいるだろう?フェンス越しに援護射撃をしている。距離は72メートルだ」


 黒部が双眼鏡を持って観測手を務めていた。そしてその隣で桜井が64式改狙撃銃を構えて敵を狙い撃ちしていた。黒部はフェンスの向こうの高麗機関銃手が眉間を撃ちぬかれて倒れる様子を目に焼き付けた。


「よくやったぞ」


 桜井がさらに目に付いた目標に次々に銃弾を撃ちこんでいる横で黒部は桜井が見過ごしている目標が無いか探した。そしてそれを見た。


「やばいな。撤収だ」


 黒部は桜井の肩を叩いて危険を知らせた。桜井もそれに気づいたらしく素直に応じて、その場を離れた。2人が離れた次の瞬間、狙撃地点で爆発が起こり、2人は爆風で倒された。


「畜生。本は大切に扱え!」


 黒部の抗議の声は相手に届きそうに無い。



 線路上ではもう1輌のK1A1が出てきていて、主砲を図書館屋上に向けていた。


「敵狙撃手を排除した。突破しろ」


 高麗歩兵たちが次々と飛び出して前進した。戦車の方は線路の反対側まで渡りきり、そのまま木々とフェンスをなぎ倒した。それにK200装甲車が続く。偵察部隊はそのまま前進して大通りに戻ったのであった。

 そのまま南に進めば県道49号線との交差点にぶつかる。これを右にまわって進めば福岡駐屯地の前に出ることができる。

 そして先頭を行く戦車が交差点に達した。その瞬間を狙う者が居た。



「距離200m」

「目標をロック」

「後方安全確認」

「クリア」

「撃て!」



 県道49号線の道路上、偵察部隊の侵攻方向にJR線の踏切を背後にして自衛隊の最終防衛陣地が築かれていた。と言っても放置車輌を盾代わりに並べただけであるが。

 その陣地から放たれた01式対戦車誘導弾はまっすぐK1A1戦車に向かっていった。この時、対戦車隊員は01式を弾道飛行で敵戦車上部を攻撃するダイブモードに設定し忘れるという致命的ではないが重要なミスを犯してしまった。

 旋回途中のK1A1の乗員は接近する誘導弾を発見すると咄嗟に砲塔を動かした。先ほどと違い着弾まで幾らか時間的余裕―数秒程度だが―があったのが幸いした。K1A1の砲塔正面がミサイルの突っ込んでくる方向に向くと同時に着弾した。正面装甲は大きな被害を受けたが貫通までは許さなかった。K1A1はすぐさま主砲を撃ちかえした。


「手前に落ちた。外した」


 K1A1の砲塔内で車長が言った。


「FCSと砲架が損傷して使い物になりません。精密射撃は不可能です」


 砲手が報告をした。正面装甲は貫通されなかったが、着弾の衝撃そのものは小さくないようだ。


「本国に送り返す必要はあるか?」

「そこまで酷くはありませんが。しかし一度、撤退した方がいいです」


 車長は考えた。敵の防衛線にぶつかったが、応急陣地と軽歩兵だけで戦車の姿が見えない。となれば敵の主防衛線はさらに奥にある。これだけ分かっただけでも十分な成果だと車長は思った。


「よし。偵察部隊を撤退させる」


 戦車と装甲車がもと来た道を戻っていった。



 踏切前の陣地を守っていた部隊の指揮官は戦車の様子を見て言った。


「ありゃ修理可能だ。もしかしたらまた戦線復帰するかもしれんな」


 隣では01式対戦車誘導弾の発射機を持った隊員が立っていた。


「君はダイブモードで使うべきだったな。上面装甲なら貫けただろうから、大きな損傷を与えることができただろうに」



 図書館の入り口の前に桜井と黒部が座っていた。辺りに敵が潜んでいないか探っていた西普連の隊員がそれを見つけた。


「大丈夫か?」


 それに黒部が応えた。


「大丈夫なもんか。大事な本の一部が吹っ飛ばされちまった」


 2人はかすり傷程度しか負っていなかった。

 桜井と黒部は西普連とともに、その日の夕方まで駐屯地周辺を守っていた。

・久々の更新です。

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