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三九.脱出

 出撃した2機のKF-16は翼の下に4基ずつ19連装のロケット弾ポッドを装備していた。装填されているのはハイドラ70ロケット弾。直径70ミリの小型ロケット兵器で、元は対空兵器として開発され、今では対地対水上戦で使用されヘリコプターから戦闘機まで様々な航空機に搭載可能な万能兵器である。

 いよいよ油山上空に達した2機は急降下すると数発のロケット弾を山中に撃ちこんだ。そして山を通り過ぎると急旋回して再び攻撃に向かった。




 野々宮は新田原からの指示に従い飛行を続けていた。敵はE-737AEWが対馬上空で監視の目を光らせているが、彼らはあえて高度を保ってE-737のレーダーに探知されるように飛んだ。ようは敵を追払えばよいのだからこちらの姿を晒して敵が逃げてしまえばそれでも良いのである。だが敵は逃げなかった。


<敵が新たな編隊を壱岐から発進させた。奴らは正面から戦いを挑むつもりのようだ>


 おそらくその2機が我々を引き受けて最初の2機は攻撃に専念するということであろう。どのように立ち向かうべきか?野々宮は漆黒の闇の向こうにいるであろう敵機の姿を思い浮かべていた。




 韓国空軍のE-737ウェッジテイルAEWは対馬海峡の上空を飛んで一帯の制空権を守るべく活動をしている。韓国空軍が航空自衛隊のE-767に対抗して導入したのはボーイング737型旅客機を改造した機体で、機体の上には空自のE-767のような回転式レドームでは無く板状のフェイズド・アレイ・レーダーを載せている。

 その機内でコンソールの前に座りレーダー画面と睨めっこをしているオペレーターは新田原基地上空が戦闘機2機が友軍機に向かっているのを追っていた。おそらくF-15Jだろう。さらに新田原から4機の戦闘機が出撃した。オペレーターは司令官に繋がっている機内通信のスイッチに手を伸ばした。


「自衛隊がさらに戦闘機を発進させています。このままでは大規模な空中戦に発展するかもしれません」

<なにが言いたい?>

「ただちに下がらせるべきです。現状ではまだこちら側の防空態勢は整っておりません。無用な損害を出す前に手を引きましょう。それほど重要な目標ではないでしょう」

<そう言われてもな。海兵隊の連中が納得してくれそうにない>


 油山への攻撃そのものが海兵隊の強硬な意見によって反対論を押し切られた結果に行なわれているものだ。海兵隊はその一帯を火の海にすることに相当な執着を見せている。


「そうですか」


 オペレーターが画面上の敵機の動きに注意を戻した。


「レッド1。敵機が射程圏内に入った」



 壱岐からスクランブル発進した2機のKF-16は照準用レーダーを作動させて、敵のF-15Jを捉えた。距離はアムラーム空対空ミサイルの射程ぎりぎりだ。ここから発射してもたぶん命中しないであろう。しかし命中させる必要は無い。ようは敵を追払えばそれで良いのである。


「レッド1、フォックス3!」


 2機のKF-16から2発ずつ、アムラームが発射された。



 照準用レーダーが照射され警報音がコクピット内に鳴り響いた。2機のF-15Jは回避するため、別々の方向に分かれて急旋回する。アムラームはミサイル自身のレーダーで敵を追尾するアクティブ・レーダー誘導方式のミサイルであるが、遠距離からの攻撃では大型の戦闘機搭載レーダーに誘導されるので敵のKF-16の照準レーダーから逃れなくてはならない。

 野々宮は西に機種を向けて有明海に急降下した。筑紫山地の山々が壁になりKF-16の照準レーダーは勿論のこと、対馬海峡上のE-737の索敵レーダーからも逃れることができたようだ。尾翼に備え付けられた逆探知用のESMアンテナはなにも捉えていない。


「マイホーム、こちらアーニー。敵の死角に入った。指示を」

<アーニー。そのまま北上しろ。だが油山上空のKF-16のレーダーには捉えられるかもしれないぞ>


 後方のE-2Cホークアイからデータリンクを通じて地上の管制隊は敵機の全てを監視していた。油山上空で対地攻撃を行なっている2機のKF-16は自分達の任務はあくまで対地攻撃と割り切っているのか、逆探知を避けているのか対空レーダーを使用していなかった。


「マイホーム、こちらアーニー。使ってくれたなら索敵の手間が省けるってもんです」


 野々宮はアフターバーナーを点火してイーグルを急加速させて北上していた。



 対馬海峡上のE-737ウェッジテイルの機内でも戦場の監視が行なわれていたが、一部を見落としていた。

 捜索レーダー上には敵機が映し出されている。


「新田原からさらに2機が接近しています。別の2機は基地上空で待機しているようですが」


 オペレーターは新手とともに最初に迎撃に出撃して先ほど散開した編隊にも注目していた。東に逃げた1機は引き続き捕捉しているが、西に逃げた機は失探(ロスト)している。


「機長。敵を1機、見失っています。前進して捜索しましょう。迎撃機にも高度を上げさせて発見を急ぐべきです」

<いや。それでは自衛隊の地対空ミサイルに狙われる危険がある。失探した敵機は回避のために離脱したんじゃないか?>

「ではせめて対地攻撃中の機に警告を」


 そちらの主張は認められた。



 油山上空のKF-16は4度目の攻撃を終えた。彼らは急旋回し海の側から再び突入して5度目の攻撃を行なおうとしている。


<敵機が接近している可能性がある。注意せよ>


 それを聞いたパイロットは不安に駆られた。


<レッドテイル1、こちらレッドテイル2。レーダーを使用し警戒をします。その間に攻撃を>

<レッドテイル2、こちらレッドテイル1。援護を感謝する>


 レッドテイル2は対空レーダーを作動させた。



 ESMアンテナは至近距離からレーダー照射が行なわれたことをはっきりと野々宮に知らせた。敵もその近さに驚くに違いない。AAM-3、90式空対空誘導弾の射程圏内の距離に気づかれることなくまんまと侵入したのであるから。野々宮はESMから得られる敵方位に機種を向けた。

 野々宮は激しく雨によって叩かれるキャノピー越しに敵機の姿を探った。しかし闇夜の中にその姿は認められない。しかもAAM-3は敵機のエンジン発熱などを赤外線として捉えて追尾する短距離空対空ミサイルである。敵の熱さえ捉えればアムラームと同じで母機からの誘導を必要としない撃ちっ放し型ミサイルであるが、熱を追尾するというシステムなので雨や雲などを隔てると追尾能力は極度に低下する。今回の場合もミサイルの弾頭に備えられた敵の発する赤外線を捉えるシーカーは敵を発見していなかった。赤外線は雨などを通ると減衰されて遠くまで届かない。しかし野々宮は迷わずに発射ボタンに指を置いた。


「アロー1、フォックス2!フォックス2!」


 左右の翼の下に2発ずつ吊るされているAAM-3のうち左右から1発ずつ、合計2発が発射された。



 KF-16のレーダーは敵から2発のミサイルが放たれたことを捉えた。


「回避!回避!」


 2機のKF-16は先ほどの野々宮たちと同じように左右に分かれて急旋回した。



 野々宮は対空レーダーを作動させた。急旋回をしてAAM-3から逃れようとしている2機のKF-16の動きが画面上に映る。野々宮は近距離に居た1機に狙いを定めた。

 AAM-3は追尾してくる気配もなく、それに続くレーダー照射。相手もこちらの意図に気づいたようだ。急旋回を繰り返しロックオンから逃れようとするが既に遅かった。野々宮は使用兵装にAIM-7スパローを選択して、照準の十字線をヘッドアップディスプレイ上の敵を示すマーカーに重ねた。電子音がコクピット内に響いた。


「アロー1、フォックス1!フォックス1」


 イーグルの胴体側面に搭載されているスパロー空対空ミサイルのうちの2発が機体から切り離された。そして次の瞬間、ロケットモーターが点火され、敵から反射してくるイーグルの照準レーダーを追っていった。

 最初の1発は外れたが、2発目が命中した。近距離での発射だったため、それほど時間はかからず、敵のKF-16が爆発四散する光が一瞬見えた。

 しかし勝利の美酒に酔っている暇はない。近くにはもう1機の敵機がいる。


「マイホーム。敵機1を撃墜」

<こちらでも確認した。もう1機の方は逃げたよ。お前の勝利だ>


 対地攻撃を担当していたもう1機のKF-16は逃げ、空自迎撃に上がっていた別の2機もそれを援護しながら帰投した。自衛隊は空中戦で再び勝利したのである。




油山山中

 桜井と黒部は窪みの中に隠れて空の様子を探っていた。その周りでは木々が倒れたり折れたりしている。高麗空軍のロケット弾攻撃の仕業だ。


「雨で良かったな」


 黒部が漏らした。冷たく体力を奪う雨を嫌がっていた彼らであったが、ロケット弾攻撃が始まってから考えが変わった。


「山火事にでもなっていたらと思うとゾっとしますね」


 桜井は少し焦げて倒れている木を見つめていた。この雨のためにロケットの爆発はその直接の衝撃以上の被害を出さなかったのである。

 すると空から再びなにかが落ちてくるような音が聞こえてきた。それも真上だ。


「攻撃を再開したのか!逃げるぞ!」


 黒部に促されて桜井が窪みを飛び出した。黒部も続く。しばらく走って後ろを振り向くと、空から何かが降ってきて轟音とともに今さっきまで2人が隠れていた窪みのうえに落ちた。メラメラ燃えているそれは、明らかに戦闘機の胴体の一部であった。それに続く主翼らしき巨大な板も近くに落下した。それには太極旗をモチーフとした高麗空軍の識別マークが描かれていた。




 朝を迎え雨は止んでいた。空は曇っていて、またすぐにでも雨が降り出すかもしれないが、今は止んでいた。

 桜井と黒部は荻原たちが救出されたあの那珂川町西村の交差点まで来ていた。さらに味方がいるであろう戦線を目指して道を進んでいると、前方から車の駆動音が聞こえた。咄嗟に道の脇に隠れて応戦の用意をした2人だったが、現われたのは自衛隊の73式小型トラックであった。2人が姿を現すと停車した。

 その73式小型トラックは幌が取り外され、5.56ミリ機関銃ミニミが取り付けられていた。運転席と助手席に陸士がそれぞれ座り、指揮官らしい2曹が荷台に立ってミニミをいつでも撃てる状態にしていた。


「黒部1曹と桜井3曹ですか?」


 2曹が訪ねてきた。


「そうだよ」


 黒部が答えた。それを聞いた2曹の顔が緩んだ。


「自分は西普連本部付中隊の情報小隊に所属する羽柴2曹であります。黒部1曹、桜井3曹、探しておりました。もう戻るところだったんですよ」


 そう言って2曹は73式小型トラックの荷台に乗るように促した。2人は2曹の手を借りて荷台に飛び乗った。

・延べ読者数、ユニークアクセスで4万を突破。読者のみなさま、ありがとうございます。

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