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三八.追い詰め追い詰められ

筑紫郡 那珂川町

 すっかり夜も更けてしまった。北九州有事一日目が終わろうとしている。荻ノ原峠を越えて道を南に進むと西畑という小さな集落に出て県道56号線と交わる交差点に出ることができる。そこには西部方面普通科連隊から一個小隊が偵察と避難誘導の支援のために派遣されていた。福岡市街から避難する時に経路としては相応しくない県道56号線は特に渋滞することなく集落の避難もすでに終わっていた。


「凄い轟音ですね。山の中で戦闘が行なわれているのでしょうか?」


 小隊長付の陸曹が油山を眺めながら言った。彼の部下が今、偵察のためにそこへ言っている。

「かもしれんな。友軍なら接触できるといいのだが」


 すると山へ派遣した斥候隊に加わっていた隊員2名が交差点に設置された小隊本部まで駆け戻ってきた。2人だけの帰還に小隊長と陸曹は最悪の事態を思い描いた。


「どうしたんだ?他の隊員は?」


 小隊長は“まさか全滅したのか”という言葉を口から出そうになるのをなんとか押さえた。するとその隊員の1人が意外な言葉を口にした。


「民間人を保護しました。残りの隊員はその護衛をしています」


 やがて彼の言葉通り、斥候隊の残りが民間人と負傷した自衛隊員を連れて現われた。


「これで全員か?」


 小隊長の問いに斥候隊の1人が答えた。


「どうやら2人、まだ戦っているらしいのですよ」


 確かに銃声と爆音がまだ聞こえてくる。


「敵は最低でも中隊以上。どうしますか?」


 別の斥候隊の隊員が報告した。言外にこう言っている。“助けに行きますか?”

 こちら側にあるのは軽武装の1個歩兵小隊。相手は最低でも1個中隊以上で、おそらく迫撃砲などの重火器の援護もあるだろう。いくら自衛隊有数の精兵が揃う西普連とは言え、真っ向から立ち向かえる相手では無い。それに民間人は保護している。彼らを安全地帯まで連れて行かなくてはいかない。それを達成すれば2人を犠牲にした対価としては十分ではないか?


「いったん中隊長と連絡をとる。撤収の準備をしておくんだ」



 桜井と黒部は互いに援護しながら後退を続けていた。1人が高麗兵に銃弾を浴びせ、もう1人がその間に後方へ駆ける。それで一定の距離を走ったら止まって後ろを向いて敵に銃弾を浴びせ、もう1人の後退を援護する。2人とも訓練を受けたレンジャーらしく、フルオート射撃を繰り返すような真似はせず最低限の射撃で確実に敵の数を減らしていく。

 黒部が木の陰に立ち正面から向かってくる高麗兵に銃撃を浴びせて後退する桜井を援護する。すると横から回りこんできた高麗兵2人が襲ってきた。黒部は即座に銃口の向きを変えて2人の高麗兵を倒した。黒部はその2人の亡骸から予備弾倉(マガジン)を持ち去るのを忘れなかった。



 オ・ギョンピョル少佐は怒りが爆発しかけていた。1個中隊の兵力を投入したにも係わらず敵を制圧するどころか自軍の犠牲が増える一方だからだ。


「前線部隊から更なる報告です。“敵を確実に追い詰めつつあるが、当方の被害甚大。増援を送られたし”」


 部下の報告についに怒った。


「いい加減にしろ!精鋭海兵隊とあろうものが、たかが数名の敵にどれだけの血を流すつもりなんだ?もういい。兵を下がらせろ。重迫撃砲の射撃で一帯を吹き飛ばす」



 桜井と黒部は突然、一帯が静かになったのに気がついた。敵の姿が消えたのである。そして機の陰から様子を伺っていると、ヒュルヒュルという音が聞こえてきた。


「ヤバイ!」


 2人とも駆け出した。次の瞬間、2人がさっきまで隠れていた木が爆発して吹き飛んだ。それが引き金となり森の中で次々と爆発が起こる。高麗軍の迫撃砲攻撃である。迫撃砲弾は大きく外れるものもあれば、至近距離に落ちて2人はしばしば衝撃でその場に倒れこんでしまう。しかしすぐに立ち上がってまた逃げる。


「あそこに飛び込め!」


 黒部が指した方向には小さな窪みがあった。2人が隠れるには十分だ。2人はそこに飛び込んで、その場に伏せた。至近弾が落ちたのか、木々の破片が上から降ってくる。だが衝撃はない。爆発力は特に上方向や横方向に作用するので溝の中に潜ってしまえば、直撃弾でも受けない限りはその衝撃から逃れることができるのだ。

 迫撃砲による高麗軍の攻撃はしばらく続いた。



「よし。これより撤収する」


 西普連の小隊長は荻原たちにとっては衝撃的なものであった。


「どういうことなの?」


 荻原が小隊長に詰め寄る。


「まだ雄一は戦っているのに!見捨てるっていうの!」


 小隊長はなにも応えることができなかった。


「これが現実よ。なにかと理由をつけて国民を見殺しにする。それが軍隊の正体。人々を守るとか言うけど、実際に守るのは体制だけ。そのためなら何人だって犠牲しても構わないと思っているのよ」


 片平がここぞとばかりに小隊長を怒鳴りつける。後ろの青野、斉藤、知世も厳しい視線を小隊長に向ける。この圧迫はあくまでも冷徹な指揮官でいようとする小隊長の決心を挫かせた。


「我々だってやりたくてやってるんじゃないんだよ」


 突然の叫びに彼の部下も含めまわりに居た全員が驚いた。


「仲間が戦っているのに見捨てるようなマネはしたくない。だが、そうするしかない。我々には戦力が無いんだ。だから誰かが時間稼ぎをするしかないんだ」


 その勢いに周囲の人々は黙り込んでしまった。


「私には部下と君たちを守る義務がある。無謀な戦いに赴くことはできない」



 迫撃砲の攻撃が終わり森の中には静寂が戻った。木々が折れ大地が掻き乱されて周りは酷い惨状であったが、幸い桜井と黒部が隠れていた窪みの中には一発も落ちなかった。すると何者かが近づいてくる気配がした。

 近づいてきたのは高麗海兵隊が戦果を確認すべく派遣した偵察隊であった。彼らは一直線に並んで横隊で進んでいた。

 桜井と黒部は窪みから顔を出すと、近くにいた2、3人を撃ってから手榴弾を投げ込んだ。高麗偵察隊が怯んだ隙に2人は窪みを飛び出して逃げた。



 オ・ギョンピョルの怒りは頂点に達していた。


「いったいどうなっているんだ?!たかが数名の敵をなんで制圧できないんだ!」


 部下たちは言葉が出てこず黙り込んでいた。


「こうなったら森ごと焼き払ってやる。空軍に近接航空支援を要請するんだ!」


 部下たちはなんの異論も挟まず、早速手配をはじめた。




新田原

 新田原には航空自衛隊西部航空方面隊の全てが集結していると言っても過言ではなかった。高麗軍が接近しつつある春日基地から司令部も移転し、今や3つの飛行隊が揃ってしまっているのだから。かつては2個飛行隊が配備され90年代に1個飛行隊に削減された経緯があるので基地のスペースには幾分余裕があったが、それにも限界がある。また部隊が一ヶ所に集中すると敵の一撃で部隊が全滅するような事態になりかねない。そこで航空自衛隊は鹿屋や大村など海上自衛隊の飛行場や民間空港への部隊の分散を計画していた。

 さて臨時の方面隊司令部は空中の早期警戒機と密接な連携を保って高麗空軍の攻撃に備えている。常時空中には早期警戒機と迎撃機2機が飛び警戒を続けている。


「高麗空軍に新たな動き?陸上自衛隊への攻撃か?」


 それは上空で警戒中のE-2Cホークアイからの報告であった。アメリカ海軍が艦載の早期警戒機として開発したE-2は機体設計が古く小型であるために指揮管制能力まであるE-767に比べると能力が劣るが、搭載するコンピューターやレーダーシステムには順次改良が加えられており導入から30年ちかく経つ今日でも十分に現役機として通用し、今も防空の中核となっている。それからの報告に司令部は機敏に対応した。


「よし。陸上自衛隊に通告しろ。それと上空の機体に迎撃の用意をさせるんだ。ただし不用意な交戦は避けろ」


 高麗の奇襲で打撃を受けた航空自衛隊は、今は戦力の建て直しに尽力していて高麗軍への積極的攻撃を控えていた。


「司令。目標は防衛線には向かっていないようです。今の針路ですと福岡南西部、油山上空を掠めます」

「まだ市内に友軍がいるのだろうか?」


 それも含めて連絡官が陸上自衛隊に連絡をすると驚くべき答えが返ってきた。


「なに!たった2人で!」


 油山で戦う桜井と黒部の話は航空自衛隊の指揮官の心を動かした。


「上空の戦闘機をただちに向かわせろ」



 空中待機をしていたのは野々宮とそのウイングマンであった。

<目標をただちに迎撃せよ>

 2機のイーグルはその命令を受けるとアフターバーナーを点火して急加速し戦場に向かった。

・感想欄のご指摘により一五話を一部訂正

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