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三.出陣

6月22日 高麗ポハン市

 旧韓国東南部の慶尚北道最大の都市は小雨の降る中、朝を迎えた。

 ポハンは鉄鋼業で栄える工業都市であり、街のあちこちに工場が建っており、通勤の時間帯を迎え自分の職場を目指して歩く無数の労働者たちの姿を見ることが出来た。未曾有の経済危機の中にあるとはいえ、この工場の街が停止することは無かった。

 この街の一角に第1海兵師団司令部があった。高麗海兵隊は、韓国海兵隊と北朝鮮の両用戦部隊を統合して誕生した部隊である。かつて韓国海兵隊は韓国へ侵攻してきた部隊の背後への逆上陸作戦を実行する部隊として発展し、ベトナム戦争に派遣されるなど精鋭部隊として知られていて、高麗海兵隊もその伝統を引き継いでいる。

 ここポハンには第1海兵師団が駐留している。3個の歩兵連隊と1個の戦車大隊を基幹とする部隊である。

 師団長室のテーブルを挟んでソファに向き合って座る二人の男、1人は第1海兵師団長の崔民基(チェ・ミンギ)少将、もう片方は高麗軍合同参謀総長、元仁完(ウォン・インワン)大将であった。

千里馬(チョリマ)作戦決行はいよいよですな」

 最初に口を開いたのは、ミンギであった。

「あぁ。これで我が民族の苦難を打破できればいいのだが・・・」

 インワンは千里馬作戦に乗り気ではなかった。

「確かに日本は強大です。だが、日本全土を占領しましょう、と言っているのではありません。重要なのは我々が日本に、たった一つでもいい、楔を打ち込むことです。別に東京を攻め落とさなくたって、平和ボケした日本政府は必ず我々の要求を呑むでしょう。そうすれば我々は苦難を乗り越えることができるのです」

 ミンギは力説した。だが、インワンはまだ納得できないようだ。

「だといいのだが。そうだ。指揮官が決定したよ。海上部隊は金周永(キム・ジュヨン)提督、第1次上陸部隊は君。そして統合指揮官は崔正熙(チェ・チョンヒ)将軍だ」

 話の流れを変えようとインワンが振った話題に、今度はミンギが顔を青くした。

「キム提督は知っている。アメリカへの留学経験もある見識豊かな優れた指揮官だ。だが、チョンヒはダメだ。あいつは父の威光で今の地位に成り上がった無能者だ。あいつになにができる?」

「安心しろ。優秀な参謀がついている。彼らが千里馬部隊を勝利に導いてくれる」





日本 首相官邸

 執務室の自分の席に座り内閣総理大臣、烏丸(からすま)祐一郎(ゆういちろう)は電話の対応に苦慮していた。相手は自分が所属する政党の大物。社会民生党前党首、天見智子(あまみ さとこ)。以前の選挙での大敗が原因で党首を辞したが、現在でも大きな影響力を持っている。

<いいですか?烏丸さん。我が党としては、竹島攻撃を許す事はできません。あくまでも平和的解決に拘るべきです。今ならまだ間に合います。止めてください>

「そう言われても、天見さん。もう頑固に平和だけじゃやっていけないんですよ。自由民権党やアメリカなど国外からも突付いてきますからね。国民だって多くがこれを支持しているんですよ?」

<そうやって右翼やネオコンに言い負かされてどうするんですか? >

 社会民生党は21世紀はじめには議席を大きく減らしていた。それは主に北朝鮮への対応の失敗が原因であり、党存続の危機でもあったが、北朝鮮が崩壊して国民の目は外交から内政へと向けられるようになると、再び議席を伸ばした。

 2012年の総選挙で最大野党が僅差で勝利を得ると、与党である自由民権党は社会民生党に連立を持ちかけた。こうして誕生したのが烏丸政権である。

 こうして念願の総理の椅子を手に入れた烏丸であったが、その道は苦難の連続であった。就任とほぼ同時に高麗の核及び弾道弾の開発継続が発覚したからである。これによって最大公約であった自衛隊の縮小、防衛費の削減は立ち消えとなり、また国際社会からの要請もあって高麗に対しては党是に反する強硬姿勢で臨まざるえなくなった。

「とにかくですね。もうやると言った以上無理ですよ」

 烏丸はそう言って電話を切った。

「平穏無事に済めばいいのだがね」






対馬海峡 高麗某社所属 貨物船【清津(チョンジン)32号】

 高麗が国際社会で孤立化しているとはいえ、全ての関係が断たれているわけではない。細々ながら定期船も運航しており中規模貨物船【清津32号】も北九州港を目指していた。

 問題はこの船を所有する会社が、旧北朝鮮の特殊工作機関が隠れ蓑として使っていた会社が合併・吸収を経て誕生した会社だということだが、その点に注目していたのはごく一部の人間で、彼らの声が上層部に達した頃にはすでに手遅れになっていた。





福岡駐屯地

 福岡駐屯地は九州北部の防備を担当する陸上自衛隊第4師団の中枢が集まる駐屯地である。第4師団は4つの普通科―歩兵部隊を意味する自衛隊用語である―連隊とその支援部隊から成り、その1つ第19普通科連隊も福岡に駐屯している。

 T作戦に備えて待機中の第19普通科連隊の中に雄一の姿があった。今は彼の中隊が即応状態にあり、なにかがあれば先遣中隊として飛び出すことになる。雄一は訓練も免除され、兵舎の中で自分の装備品を点検して時間を潰していた。彼の銃は旧式の64式自動小銃を狙撃銃に改造したものである。自衛隊には専用の対人狙撃銃としてM24ボルトアクション式ライフルを配備している。そちらの方が精度は優れるが連射が出来ないという欠点があり、野戦での長距離狙撃ならともかくとして市街地戦なら距離は限定されたものになるから精度より連射性・即応性が重要になってくるので64式改でも十分に活躍の機会がある。それにアメリカに留学して狙撃術を学んだ雄一は、多少の精度の悪さなら腕で補える自信があった。

 座って64式改を点検する雄一の横に男が座った。その男は雄一と同じく迷彩服を着込んでいて、腰を降ろすと、雄一の肩を軽く叩いた。

「調子はどうだ?」

 64式改に集中していて隣の人物の存在にまったく気づかなかった様子の雄一は、声の主の方にすぐさま振り向いたが、その顔には驚愕の表情が見て取れた。

「どうした?3曹。その調子じゃ、高麗のゲリゴマに後ろからやられるぞ」

「すみませんでした。古谷(ふるや)3尉」

 雄一を8つほど歳が離れた3尉は部内選抜幹部で、雄一の所属する小隊の指揮官である。

「いよいよだな。聞いたか。特戦群の連中が来たらしい」

「特戦群ですって!」

 特戦群―特殊作戦群―は陸上自衛隊が唯一保有する本格的な特殊部隊であった。彼らはテロ対策部隊として生まれ、現在では自衛隊最強の部隊として見られている。幸か不幸かその能力を実戦で試す機会には恵まれなかったが、イラクなどにも派遣され高い評価を得ていた。

「高麗コマンドの浸透が考えられると?」

「上層部はそう見てる。だが、俺はそうは思わない」

「連中は来ないと?自分もそう思います」

「違う。もっとすげぇ形で来ると思うんだ。本格的な着上陸侵攻とかよ」

 なにかの冗談と思って、何か言い返すべきだろうかと考えた雄一だったが、古谷の目を見た瞬間、その考えは消えた。古谷は笑っていたが、その目は真剣そのものだったからだ。





ポハン港

 梅雨は日本特有の現象ではない。高麗や中国にも同様の現象は存在し、高麗では長霖(チャンマ)と呼ばれる。その真っ只中のポハンは数日前から雨が降り続いている。半島南部は雨雲に覆われ、その結果、画像偵察衛星による観測から地上の動きが隠される事になった。レーダー偵察衛星はごまかすことはできないが、そちらは不鮮明な映像にならざるえないので、アメリカなり日本なりがこの一帯を撮影していたとしても分析を終える頃には既に後の祭りである。

 ポハン港に2隻の大型艦が入港し、部隊の積み込みが始まった。艦の名前は【独島(ドクト)】と【馬羅島(マラト)】。高麗海軍が誇る強襲揚陸艦であった。700名の兵員と10機のヘリ、それに10両の戦車を輸送可能で、極東アジア最大の揚陸艦として君臨している。

 そこへ第1海兵師団の兵員や車両が次々の積み込まれてゆく。その様子をミンギ少将は上空を飛ぶヘリから眺めていた。高麗海軍が独島艦載機として運用しているKa-32輸送ヘリである。

 すでに兵員を積み終えた戦車揚陸艦【高峻峯(コージュンボン)】級4隻は出港した。こちらの方が速力は速いから洋上で追い抜くことになるだろう。またインチョンでは、陸軍部隊が民間から徴用した貨物船やフェリーに乗り込んでいることだろう。周辺諸国との関係悪化により多くの航路が封鎖され、仕事もなく港に放置状態だった船たちなので、事前に察知される事はおそらく無い。

 そうこう考えているうちに、ヘリが飛行甲板に着陸した。ミンギが甲板に足をつけると艦橋構造物のハッチが開き艦長が現れた。

「ミンギ少将。いよいよですね」

「あぁ、我々が祖国の礎となるのだ」

 ミンギは空を見上げた。厚い雲が雨を降らしているが、もし晴れていたならば真南からこちらを照らす太陽を拝む事ができる筈だ。高麗時間正午、船団は港を出発した。




 

太平洋 アメリカ海軍空母【ジョージ・ワシントン】

 アメリカ海軍第7艦隊所属の航空母艦【ジョージ・ワシントン】は【ニミッツ】級空母の第6番艦で、【キティホーク】に替わって横須賀に配備された。この満載排水量が10万トンを超える巨艦は太平洋上での演習を急遽中止して、護衛艦を率いて東を目指していた。理由は中国である。台湾海峡に人民解放軍の艦艇が次々と進出し、台湾を恐喝している。そこで急遽、【ジョージ・ワシントン】が台湾海峡に派遣されることになったのだ。

 【ジョージ・ワシントン】艦長のアダムス大佐は甲板の状況を嘆いていた。彼が合衆国海軍に入隊したのは27年前で、映画トップガンの影響でパイロットを目指した青年だった。彼はF-14のパイロットとなり夢を果たし、その後に航空団指揮官を経て戦闘機から降り、今は艦長の役職に就いている。だが彼が指揮する部隊は彼がかつて憧れた世界最強の海上部隊の姿では無かった。彼が愛機としていたF-14は姿を消し、代わりに薄っぺらいF/A-18で飛行甲板が埋まった。F-14の迎撃任務はもとより、S-3多用途機が実施していた様々な任務まで奪い空母航空団をたった1つの機種が支配している。最近になってようやく新機種が配備され少しは見栄えも良くなると思ったが、無表情無個性のF-35はむしろ逆効果にしかならなかった。もちろん、これらの機体が様々なハイテクシステムを備え、世界中のあらゆる地域で圧倒的な戦闘能力を発揮することができることは理解しているが、それでもかっこよさに憧れて入隊したアダムスは許せないのだ。





海上自衛隊第二護衛隊群旗艦DDH146【いせ】

 その艦は、一応は<護衛艦>と呼ばれているが、他の自衛隊の艦艇とは明らかに異質だった。基準排水量1万3500t。かつて護衛艦中最大を誇っていたイージス艦【あたご】型ですら基準排水量は7700tに過ぎない事を考えれば、【いせ】がいかに巨大であるかを理解できるだろうか?

 全通甲板を備えたそのシルエットはまさしく空母であり、実際に普段の艦載機数は3から4機に過ぎないが非常時には11機のヘリコプターを搭載する事ができる。また指揮管制能力にも優れており洋上司令部として機能することもできた。

「すでに高麗軍が大々的に行動を開始している。」

 【いせ】CICで熱弁を振るうのは、第2護衛隊群を指揮する二ノ宮(にのみや)海将補である。現実にリンク16を通して次々と送られてくる情報は、高麗軍の激しい動きを警告していた。

「詳細は不明であるが、ここ数日、高麗軍の通信量が増加したのをはじめ、本格的な軍事侵攻を示す兆候を様々な形で示している。どうやら、虎の子イージス艦まで動き出したらしい」

「それで、我が国はどのような行動を行なうのでしょうか?」

 【いせ】艦長である佐川(さがわ)1佐だ。

「政府は本気にしていない。まさか高麗軍が攻めてくるとは夢にも思っていない。いや、政府だけじゃない、防衛省や隊内でも高麗軍の行動をあくまでも脅しだと考えている者がかなり居る。もちろん最低限の対応はするよ。自衛隊の権限の中でな」

 政府が本気にしていないとなれば、実際に攻め込んできた時の対応がそうとう遅れることになるだろう。ただ自衛隊が独自に対策を進めているなら、敵の第1撃に耐える事ができる。

「まぁ、杞憂だと思いますが」

 佐川が最後にそう付け加えた。

(改訂 2012/3/23)

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