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三七.包囲網

東京 首相官邸

 7時を過ぎると東京の街も暗くなった。九州とは違ってまだ雨雲の襲来を受けていなかったので、屋上に上がり風景を楽しむこともできた。

 ブリーフィングを終えると閣僚たちは様々な表情をしつつ解散していった。神谷統幕長はさらに総理と2人きりで話し合いをしようとしたが、いつのまにやら総理の姿が消えていた。探し回って、やがて秘書官から屋上に上がっていることを知らされた。



 首相官邸の屋上ヘリポートに立って煙草を片手に烏丸は東京の夜景を眺めていた。後ろから神谷が近づいているのにも気づいたらしく、背を向けたまま話し始めた。

「昔はこの国を変えようと必死だったよ」

 烏丸が語りだしたのは、その半生を平和国家の実現に捧げた政治家の来歴であった。

「憲法9条は世界の宝だ。今でもそう思ってる。どうして、その理想を実現できないのか・・・この国の政治の愚かさを嘆いたものだよ。しかし今はその愚かさのために救われているわけか」

 烏丸は自嘲気味に笑った。神谷は口を噤んで、黙って聞いていた。

「結局のところ、人間なんて本質的には愚かで勝手なものさ。だから欲望は決して尽きず、すぐに争い、場合によっては戦争になる。そんな歴史を繰り返してきたんだ。

 私はそんな状況をなんとかしないといけないと考えて、憲法9条に縋った。だけど憲法の平和主義は単なる理想論だ。今、九州で傷ついている人達の助けにはなりやしない。だから私は戦争を繰り返すことに決めたよ。

 だがね。私はただ繰り返してきただけだとは思いたくない。私は傷つく度に人は学んでいくものだと信じたい。1歩進んで、昨日よりはマシな世の中を創っているのだと信じたい。そして学ぶためには今という時を明日に繋げなくてはならないんだ。この国を明日に残していかなくてはならないんだ。

 今になってようやく自衛隊という組織の存在意義を理解したのかもしれない。明日を守るために君たちが必要なのだよ」

「我々の努力が明日の希望となるのなら、すばらしいことです」

 烏丸は神谷に向き直った。その顔は真剣そのもので、神谷も自然と堅くなった。

「幕僚長。君は我が国がいつか自衛隊という武力を放棄できる日がくると思うかね?」

「分かりません。しかし努力は続けるべきだと思います」

 神谷は一息つくと、真剣な表情を崩した。

「ただし、放棄するのは私が退職した後にしてほしいですね」

 2人とも、街中に響きそうな大声で笑い出した。

「最後に聞きたい。自衛隊は高麗軍に勝てるのかな?」

「勝ちますよ。総理が戦えと命じたのですから、必ず勝ってみせます。ではその件について総理と詰めておきたいことがありますので下に降りませんか?」

 烏丸は煙草を携帯用灰皿―皿というより袋だが―に押し込むと、神谷の提案に応じた。




福岡

 高麗海兵隊の歩兵小隊が桜井らを捉えていた。雨が降る暗黒の森の中で、桜井と黒部は暗視装置を身につけて迫ってくる敵を狙い撃ちしていたが、たった2人で撤退しつつ民間人を守りながら大規模な敵と戦うのは困難であった。

 すると高麗小隊は態勢を整えるためだろうか、後退していった。しかし、桜井と黒部はこれで敵から逃れられたとは思わなかった。そして2人はこの短時間でお互いの目を見交わしただけでそれぞれの意志を確認できるまでになっていて、しかも状況を分析してどちらも同じ結論に達していた。

 目を交わしてそれを確かめると、黒部は民間人グループの中にいる自衛隊員の最上位者のもとへ駆け寄った。その男は黒部と同じ1等陸曹で足に怪我を負っていた。

「俺と桜井3曹はここに残って奴らを引き止める。君たちはその間に突破して何とか逃げのびてくれ」

 黒部の突然の提案に自衛隊員たち、それに荻原たちが驚いた。

「どういうこと?雄一、どういうことなの?一緒に行くんだよね」

 詰め寄ってくる荻原を桜井はやさしく抱きしめた。

「ごめん。だけど戦わなくちゃいけないんだ」

 するとその様子を見ていた知世がやって来た。それまでずっと無言であった知世の突然の行動に皆が驚く中で、知世は荻原の手をそっと握った。

「里美さん、信じましょうよ。彼は貴方を守るために言っているのだから」

 荻原の体から急速に力が抜けていった。その様子を見て比較的軽傷な自衛隊員数名が黒部のところへやってきた。

「私もともに戦います」

「私もお供します」

 だが黒部は首を横に振った。

「君たちの気持ちはありがたいが、だが君たちは負傷者だ。軽傷とは言え、レンジャーの戦闘についていくのは無理だ。君たちは民間人たちを守ってやってくれ」

 そう言われた自衛隊員たちは悔しがっていた。黒部らと戦えないことを悔やんでいるのだ。その様子に片平はなにか苛立っていた。その姿はまるでかつての特攻隊のよう。そしてそれを我慢しきれずに遂に叫んだ。

「なんで!なんでなの!」

 突然の叫び声に皆は再び驚かされた。

「なんで、そうやって平気な顔で死地に行こうとするの?!おかしいじゃない。どうしてそんな簡単に命を投げ出せるの?」

 しばしの沈黙の後、それに答えたのは桜井であった。

「それが仕事だから」

 それに黒部が続く。

「あんたが何を想像したのかはだいたい分かるが、だが俺たちはレンジャーだ。あんたの言うところ殺しのプロだよ。勝算はあるさ」

 そう言ってニヤリと笑った黒部の顔は自信に満ちていた。




 高麗海兵隊大隊の指揮官であるオ・ギョンピョル少佐は苛立っていた。実質的には数名の戦闘員によって守られている民間人集団を未だに制圧することができないからだ。

「大隊長。もう放っておきませんか?僅か数名の兵士が逃げ延びたからといって戦局に影響を与えることはありません」

 参謀はそう進言したが、ギョンピョルは聞きいれなかった。

「いや、たかが数名の敵兵の前に精鋭海兵隊が屈するわけにはいかない。それに放置してみろ。日本にとっては絶好の宣伝材料だ。日韓両軍の士気に大きな影響を及ぼすことになりかねん。全力をもって叩き潰す。必要なら迫砲による支援も与える」

 ギョンピョルは意地でも桜井たちを倒すつもりであった。

「分かりました。幸い陣地獲得の方は順調ですから、予備を抜いても1個中隊は投入できます」

「よろしい。ただちに行動を起こしたまえ」




 海兵隊歩兵中隊が森の中を進んでいる。1個分隊が先導として敵の足跡を頼りに前へ行く。彼らは“逃げ隠れている敵”を威圧するためか大声をあげながら進んでいた。圧倒的な優勢が彼らに慢心を抱かせていた。その為、雨天にも係わらず足跡がくっきり残っていることに誰も疑問を抱かなかったし、暗視装置のために視野が狭まっていることを気にも留めなかった。

 先導分隊からの後ろから距離をとって小隊主力、さらにその後方に中隊の主力が進んでいる。そして先頭の歩兵が木と木の間に張られたワイアーに足を引っ掛けた。それが始まりだった。

 爆発音が森の中に轟き、高麗の兵士たちが一斉にその場に伏せた。木の根元に仕掛けられた2つ手榴弾の安全ピンがワイアーに引っ張られて外れて爆発したのである。先導分隊の3分の1がそれに巻き込まれて死に、残りの全員が負傷した。

 さらに爆発が続く。黒部が持っていたL9A1迫撃砲である。それが後続の小隊の上に落下したのだ。黒部はさらに1発の51ミリ弾を小隊に撃ちこむと、今度は目標をさらに後方の中隊主力に移した。そこに1発撃ちこんだだけで弾切れになってしまったので実質的にはそれ程の効果は無かったが、突然の奇襲という要素が加わって高麗海兵隊中隊を混乱させることに成功した。

「見ろ。これが“衝撃力”さ」

 L9A1を設置している小さな窪みから顔を出して逃げ惑う敵兵の様子を眺めて黒部が言った。

「さぁ、敵が立ち直る前に暴れるとするか」

 黒部が窪みから飛び出して、桜井もそれに続く。

 桜井はすぐに木の影に隠れると64式改狙撃銃を構えた。標的は指揮官たちである。暗視装置を通してでも混乱する部隊を必死にまとめようとしている士官は戦場の中では目立って見える。桜井は3発の弾を発射して、その結果として2人の高麗小隊長が戦死して1人が負傷して倒れた。その後は冷静さを取り戻した敵兵を狙うことにした。


 桜井の狙撃の下、黒部は最初に手榴弾攻撃で壊滅した分隊のところへ急いだ。目的は小銃の弾倉だった。

 比較的軽傷の敵兵が小銃を構えて黒部を迎え撃とうとしたが、引き金に指をかける前に黒部に眉間を撃ちぬかれた。敵分隊が倒れているところに着くと武器をM4カービンから9ミリ拳銃に切り替えて死んだ亡骸や負傷して呻き声をあげている敵兵の荷物を探り、実弾が装填されている弾倉を探した。1人の高麗兵が起き上がって反撃しようとしたが、すぐに9ミリ拳銃で射殺された。

 黒部は6つの弾倉を見つけてL9A1の砲弾を入れていた袋に詰めるとその場を離れることにした。行きがけの駄賃として死んだ高麗兵から奪った手榴弾を残して。手榴弾が投げ込まれるのを見て2人の高麗兵が逃げようと立ち上がった。彼らは軽傷であったらしく、立ち去る黒部を後ろから襲おうとして死んだフリをしていたのだが、手榴弾のために逃げ出さざるえなかった。そしてそれを黒部の9ミリ拳銃が狙っていた。2人の兵士は射殺されてその場に倒れた。手榴弾は爆発しなかった。


 自分のところへ戻ってきた黒部の姿を確認すると桜井は訪ねた。

「なんでピンを抜かなかったんですか?」

「武士の情けって奴だね。それより敵が立ち直りかけている。お遊びの時間は終了だ」

 中隊長が混乱する部隊をまとめようとしていた。彼は部隊に左右に展開して敵を包囲するように指示を出している。桜井は中隊長を狙って撃ったが、彼の通信士に当った。桜井と黒部はそれを最後にしてその場から離れた。

 久々の日韓大戦の更新です。

 さて劇中で特殊作戦群の黒部がL9A1小型迫撃砲を駆使しておりますが、はっきり言いますとこれは嘘描写です。めんどくさがりやの私はネットを主な情報源としていまして特殊作戦群の装備はウィキペディアを参考にしました。そこで装備の1つとしてL9A1が挙げられていたのです(過去形)。私はそれを小説に取り入れたわけですが、後に判明したL9A1の詳細情報(英国本国では退役していた、とっくの昔に代替の装備に更新されている)から考えますと自衛隊が装備している可能性は低く、肝心のウィキペディアからもL9A1の記述が削除されていることから考えますと明らかにガセです。しかしながら、現在版の擲弾筒というコンセプトはおもしろいものですし、今さら書き換える気にもならないので劇中の自衛隊はL9A1を装備している、ということで押し通すことにしました。


(2015/1/8)

 内容を一部改訂

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