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三六.山中の逃亡

福岡市南西部

 遂に雨が降り出した。桜井たちは右手に油山、左手に片縄山を眺める道を進み荻ノ原峠を目指していた。

 桜井と黒部はまず負傷した隊員の中から動かせる者を選別した。比較的傷の浅い者には銃を持たせた。それに民間人の中から同行を希望した者も加わる。何人かは銃を携帯させてもらえるように黒部に求めた者もいたが拒絶された。荻原たちも加わった。片平は反対したが荻原、青野、美緒に説得されて渋々ついて来ることになった。動かない負傷者は応急処置をして、後は高麗軍の良心に賭けることにした。

 さらに黒部は死亡した高麗兵の持っていたスコープ付K2小銃を取り上げると桜井に手渡した。桜井は64式改狙撃銃を持っているが、一応狙撃銃であるので連射を繰り返して銃身が磨耗して精度が悪化することを心配してのことである。それに補給が途絶えた孤立した状況なのであるから敵から弾薬を奪って使用できるというのは都合が良かった。

 さらに都合が良いことに高麗軍の前身である韓国軍は西側の軍隊である。であるから西側共通の5.56ミリNATO弾を使っていて、K2小銃の弾倉もアメリカ軍が使うM16のもとと同一、つまり黒部の使うM16の縮小版であるM4カービンとも同一なのである。しかもM16の弾倉は自衛隊の主力小銃である89式小銃のものと互換性がある。

 かくして30名ほどの集団が自衛隊の守る地域を目指して南下をしているのである。


 出発から2時間ほど経ったが、敵中の強行軍ゆえに慎重に進んでのでペースはどうしても遅くなる。まず黒部が先へ進み安全を確認した後、比較的傷の浅い自衛隊員の護衛の下で荻原ら民間人が負傷者を抱えて進み、最後に桜井が殿として後方を警戒しながら進む。その繰り返しだ。


「敵だ!」


 桜井が叫んだ。それを聞いた黒部が道の側面に広がる林の中に隠れるように指示を出した。皆が隠れたところに高麗軍のK121四輪駆動車が1台、道を走り去った。


「ここも敵の通り道ってことか。やむをえない。山の中を進もう」


 誰も反対はしなかった。たぶん異存のある者はいたのだろうが文句を言う気力が無かったのであろう。



 それから30分後、暗くなりつつある先ほどの道にテヒョンが指揮するコマンド小隊の縦隊がやって来た。先頭を進んでいた兵士がなにかを見つけた。それを見たテヒョンは縦隊を停めると、その兵士のもとに駆け寄った。


「なにを見つけた?」

「見てください。足跡です」


 兵士が懐中電灯で照らした先には新しい足跡の群れが山の中に向かって伸びていた。


「ここから山に入ったな。足跡を辿って進むぞ」


 コマンド隊は山の中へ進んでいった。

 しかし雨天のために足跡は次第に消えてゆく。しかたなくコマンド隊は少数ずつに分散して逃亡した敵を捜索することになった。



 桜井たちは山の中腹に設けられたキャンプ場を横切っていた。利便性のためか日光が当るようにするためか、木々が切られ草地になっていて、森と森の間の中間点には道が作られていた。まず黒部が先を進み、その後に民間人と負傷者、そして殿として桜井が進む。

 それを監視する者がいた。高麗兵のコマンドである。彼らは2人ずつに別れて捜索を行なっていたが、そのグループの1つが遂に桜井たちを捉えたのである。相手は30名で、こちらは2人。劣勢なのであるから、まず無線でテヒョンに報告して追跡を続けつつ友軍の援護を待つべきであった。しかし彼らはそれを無視した。数で劣勢とは言え、相手側のほとんどが武器を持たない民間人か負傷者で実質的な戦力は数名程度である―さすがにまともに戦えるのが自分達と同じ2人だけとは思わなかった。さらに現状は見通しが効く場所であるし、夜が近づき暗くなっている森の中に逃げられたら見失う恐れもある。それに相手も自分達と同じように物陰に隠れて開けた場所を渡る者がいないか見張っているかもしれない。それで追跡のために出ていって掃射を浴びるのは御免である。彼らはここで桜井らを銃撃する道を選んだ。


 桜井は道の脇にあるベンチの傍に立って進行方向とは反対側の森を睨んでいた。何かが居る気配がするのだ。敵であろうか?桜井が民間人たちの様子を見ようと振り向くと、民間人たちの一群が森と草地の境に達しようとしていた。そこには黒部が立って警戒をしていて、こちらを見て“何かあったか?”と目で言っている。桜井が“分からない”と首を振って答えたその時に銃声が轟いた。何発かが桜井の傍のベンチに当り、桜井は咄嗟にその後ろに隠れた。そしてすぐさまK2小銃を構えて撃ち返した。


「早くこっちに来るんだ!」


 黒部が民間人たちに向かって叫んでいる。彼らはその場にうずくまって動けなくなってしまっている。M4カービン銃を反対の森に向けつつ、先頭に居た1人の民間人の腕を掴むと、そのまま森の中に押し込んだ。他の人々もそれに続こうとしたが、荻原は1人後ろを向いていた。


「雄一!」


 だが、呼ばれた桜井はその声を意に介せず敵の銃撃を浴びながら64式改狙撃銃に持ち替えて反撃を続けていた。敵兵1人が倒れた。

 黒部は荻原の手を掴むとそのまま引きずって森の中に押し込んだ。そして桜井を援護すべく反対の森に銃撃を浴びせた。軽傷の自衛隊員2人がそれに加わる。さすがにそれに耐えかねたのか残りの高麗兵1人が撤退しようとして遮蔽物として利用していた木の陰から飛び出した。桜井はその瞬間を見逃さなかった。引き金を一回引くと、逃げようとした高麗兵が次の瞬間に倒れた。

 それと見届けると桜井はベンチの陰から飛び出して、倒した敵兵2名の遺体を確認し小銃の予備弾倉を奪うと、黒部らのもとへ急いだ。


「敵に感づかれましたね。急ぎましょう」


 集団はまた黒部を先頭にして進みだした。



 十数分後、別の1隊が戦友の亡骸を発見し、テヒョンら主力がそれから10分後に追いついた。彼らは仲間の死を悼みつつも敵を確実に追い詰めている感触を得た。そして復讐を誓い、森の中へ進んでいった。



 それからさらに30分ほど経った頃、桜井たちの一群はすっかり暗くなった森の中で小休止をとっていた。黒部にしろ桜井にしろ休息せずに突破したかったが、民間人や負傷者にそれを求めるのが酷だった。みんな疲れきっているのか、ほとんどなにも喋らないので、辺りには雨音だけが不気味に響いていた。

 桜井が一群の端に座って敵を警戒していると、そこへ荻原がやってきた。


「隣、いい?」


 桜井はなにも言わなかったので、肯定と捉えて荻原は桜井の隣に腰を下ろした。


「雄一、変わっちゃったね」


 その一言にはさすがに驚いたのか、ゆっくりと荻原の方を向いた。


「どういうこと?」

「さっきね。戦っているときの雄一を見てさ、普段とは全然違う顔をしているなぁと思ってさ。片平さんじゃないけど、その人殺しの顔なのかなって」


 それを聞いた桜井は何も言わず黙りこんでしまった。荻原はそれを見て、さすがに拙いことを言ってしまったようだと思った。


「その、ごめん。別に雄一を責めているわけじゃないよ?その、なんというか…ごめんなさい」

「いいよ、別に。その通りかもしれない」


 それだけ言うと桜井はまた黙り込んでしまった。やはり自分の言葉が雄一の心を傷つけてしまったのかと、荻原が声をかけようとしたが桜井の手で遮られた。

 桜井は銃を構えて森の中に向けると、手で荻原に他の者のところに戻るように指示した。荻原がそれに従って離れていくと、状況の変化を察したらしい入れ替わるように黒部がやってきた。


「敵か?」

「おそらく」


 2人とも森の中に何者かの気配を感じていた。しかし、その敵はなぜか襲ってこない。しかもやがて退いていった。


「なぜ攻めてこない?」

「どうしたんでしょう?動物かなにを勘違いしていてのか・・・」


 桜井の推測に黒部は首を横に振った。


「いや。あの殺気は俺達を殺そうとしてたぞ。敵のはずだ…」

「とにかく、すぐに出発しないと」



 桜井らが高麗コマンドと謎の接触をした時から少し時間を遡る。テヒョンは無線手が持つ大型無線機に向かって怒鳴っていた。


「納得できない!なぜ撤退しなければならないのか!」


 相手はコマンド部隊の総司令官であった。


<司令部が撤退する自衛隊部隊の観測のために油山一体の山々を占領することを決めた。そのために海兵隊1個大隊を投入するそうだ。君らのような少数のコマンドが居ては海兵隊の邪魔になる。友軍相撃の危険もあるしな>

「司令!我々は今、敵を確実に追い詰めているのです。あと僅かな時間があれば確実に制圧することができるのです」

<敵は負傷兵と民間人の集まりだそうじゃないか?海兵大隊の敵じゃないし、わざわざ君たちが制圧に向かう必要は無い。見逃しても構わない目標じゃないか?>

「敵の中には少数ですが優秀なレンジャーが混じっている。これを見逃せば、後で我々が大きな被害を受けるかもしれない。それにですね。これまでの戦いでボロボロになって海兵隊をぶつけても負傷者が増えるだけだ」


 あくまでも作戦継続を主張するテヒョンに対して司令官も業を煮やしたようだ。


<いいか!これは決定事項なんだ。すぐに撤収したまえ。さもないと君を解任するぞ!>


 そこまで言われてはテヒョンも身を引かざるをえない。


「分かりました。撤収します」


 それだけ言うと受話器を戻して、隊内無線で撤収を命じた。



 コマンド部隊が山を降りて道のところまで来ると、すでに海兵隊を乗せたトラックが到着していた。トラックから降りた兵士たちが次々と山に入っていく光景をテヒョンは意に介さず桜井らが進んでいるであろう油山の森林を見つめていた。


「絶対に死ぬなよ。お前を仕留めるのは俺だ!」


 テヒョンはまだ見ぬ仇に向かって叫んだ。

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