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三五.決断

 黒部は道の真中に倒れているバディに向かって駆け出した。

ハン曹長と観測手の伍長はそれを見逃さなかった。


「仲間思いだな。だが、それが仇になる」


 ハンはドラグノフを構えて黒部を狙い引き金を引く。だが、素早くフェイントをしかけ方向転換をしてジグザクに進む黒部を一撃で仕留めることはできなかった。しかしドラグノフはセミオート式の狙撃銃で、自動的に次弾が装填されるので連続して射撃を行なえる。



 次々と弾丸が黒部を掠め地面に着弾している。彼は囮になっているのだ。桜井はその間に敵狙撃銃の発射炎マズルフラッシュを見つけようと必死になっていた。あたりを見回し顔をなんども左右に何度も往復させて敵を見つけ出そうとしていたのである。そして、あるビルの非常階段の踊り場部分にそれを見つけた。

 桜井は64式改狙撃銃をマズルフラッシュに向けた。外すつもりはなかった。



 観測手はハン曹長が焦りつつあることに気づいていた。相手は巧みにこちらの狙撃を避けている。だが長くは続かない筈である。観測手はハンを落ち着かせようと肩を叩いた。だが次の瞬間、ハンが後ろに飛ばされて倒れたので観測手は驚いた。右目に銃創が空いていた。



「遅いよ」


 黒部がすばやく桜井のところへ戻ってきた。


「すみません。それよりこれからどうしますか?」

「自衛隊、味方の戦線まで行くしかないだろう」


 さも当然のように黒部は言った。桜井は意気消沈している荻原ら3人の姿を見つめた。


「民間人はどうします?」

「どうしようもないさ。ついて来る奴、ついて来ない奴、好きにすればいい」


 そこへ青野と美緒がやってきた。


「あのぉ、味方のところへ行くって、どうやって?」


 辺りには高麗軍の爆撃で破壊された自動車の残骸が散らかっている。


「決まってるだろう?歩くんだよ」

「街中は高麗軍と遭遇する可能性がありますからね。となると」


 桜井は南の方角に目を向けた。その方には標高597mの油山を中心に山々が連なっていた。そこが彼らの行くべき道であった。


「マジで!」


 青野がそれを知って悲鳴をあげた。




首相官邸 閣議室

 首相官邸の閣議室には主要閣僚が集まっていた。目的は統合幕僚長の報告を聞いて、今後の対応について練ることである。

 真田情報本部長が先ほど中央指揮所で説明したように高麗の狙いについて説明し、その後に神谷が自衛隊の戦略について説明した。


「ちょっと待ってくれ!それじゃあ、高麗軍が各地に上陸してゲリラ作戦を行なう可能性がまだあるってことだよな。九州に部隊を集結したら、それじゃあ他の地方の防衛はどうなるんだ?」


 大臣の1人が声を荒げて尋ねた。


「お察しください」


 神谷の返事はその一言であった。それに特別に反応したのは栗田法務大臣であった。


「自衛隊の任務は国民を守ることだろう。福岡や北九州の人々を見捨てて、さらに多くの国民を見捨てて。任務の放棄じゃないか!」

「戦力がないのです。自衛隊は精一杯やっていますが、全てを守るには戦力がまったく足りないのです」


 そのやりとりを聞いて古橋がまるで達観したかのような口調で言った。


「しかたありませんな。つまり自衛隊はまるで役に立たない。こうなったら、やはり党が主張するように外交的解決を目指すのが筋でしょう」


 その言葉を聞いて菅井や中山をはじめとする自由民権党に属する閣僚が一斉に古橋を睨みつけた。これまで散々に自衛隊の足を引っ張っておきながら、まるで役に立たない、と自衛隊を批判するというのか。


「まぁ、それくらいにしたまえ。政府方針だが私は既に決めているんだ。井戸さんとも話した。みんなも知っているように、我が国は憲法で平和主義を標榜している」


 その言葉を聞いて外交解決を主張した面々が笑みを浮かべて何度もうんうんと頷いている。だが彼らは次の一言で冷や水を浴びせられることになった。


「だからこそ、暴力による脅迫に屈するわけにはいかない。私は国民の生命財産を守るために外交努力と並行して自衛隊による実力行使による高麗軍の排除を進めるつもりだ」


 その発言に閣僚の誰もが驚いた。


「この方針を覆すつもりはない。私の方針に不満があるのであれば、すぐにでも辞任していただいて結構」


 これにて政府の方針は決まった。あとはいかに国会を説得するかである。




福岡市内

 福岡はすっかり雲に覆われてしまい、いまにも雨が振りそうであった。


「それは確かなのか?」


 ドン・テヒョンらのコマンド部隊が福岡市内要所の制圧という任務を終えて、後を海兵隊に引き継いだその時のことであった。テヒョンの直属の部下である女性下士官、金英修キム・ヨンス伍長がハン曹長の分隊が全滅したことを伝えた。


「唯一、生き残っていた観測手を収容しました。同志パク軍曹が分隊を率いて確認に行きたいと申しておりますが」

「許可する。私も同行する。来い」


 テヒョンは停められていたジープの高麗軍版であるK121多目的車に乗り込んだ。



 ヨンスが運転する車輌を先頭に何両かのK121が道を進んでいる。やがて先ほど、ハン曹長の部隊と桜井らが交戦したあたりに到着した。車の残骸や死体は放置されたままで、悲惨な状態であった。


「ドン少尉。ハン曹長の遺体を発見しました」


 その声を聞くと、テヒョンはその声の方に駆け出した。ヨンスもそれに続いた。



 ヨンスがテヒョンに追いついた時、彼はハンの死体を前にして目をつぶり胸に手を当てて鎮魂の言葉を唱えていた。


「同志少尉殿?」


 ヨンスが声をかけると、テヒョンは幾秒かの沈黙の後、ハンについて語り始めた。


「同志ハン曹長とは長い付き合いでね。アフリカで一緒に反政府組織に対するゲリラ戦の指導もした。10年前に南と戦争になったときも、内戦のときも、一緒に戦った」

「自分もハン曹長から学びました。私の恩師です」

「敵は自衛隊の狙撃手だったな。これから仇をとりに行くぞ」

「お供いたします」


 テヒョンは大きな無線機を背負った兵士を呼び止めた。


「私の小隊を全員招集するんだ。ここが片付き次第、狩に出かける」


 無線手が小隊の主力を呼び出している間、テヒョンは南の方の山々を見つめていた。


「同志少尉?」

「ヨンス。我々は福岡の要所を制圧すべき市内の各所に展開している。相手もそれを察知している筈だ。となれば逃げ道は山だな」




名古屋市内 あるアパートの一室

 テレビはあいかわらず北九州有事のニュースで一色であった。特にここ数時間のうちに福岡市内で撮影された衝撃的な映像と自衛隊が福岡と九州からの撤退というスクープが舞い込んできたので、報道は過熱していた。


<これまで国民を守るためという名目で増強されてきた自衛隊。しかし実際には守られることはありませんでした>


 テレビの画面には吉田アナウンサーが射殺される瞬間が流されている。


<一般市民を置いて逃げ出した自衛隊。今こそ自衛隊の存在意義が問われる時なのかもしれません>


 真と辰巳は所在ない様子でテレビを眺めていた。


「ねぇ、福岡と北九州って見捨てられちゃったの?」


 辰巳の言葉に真はめんどくさそうに答えた。


「今の自衛隊の戦力を考えれば、どこかを見捨てにゃならんだろうな」

「そんな。政府の怠慢じゃないか。そんなことが許されるんだろうか?」


 それを聞くと真が突然に真剣な顔つきになった。


「本当にそう思うかい?まるで他人事じゃないか」

「え?」

「その政府を選んでいるのは国民だ。この国は民主主義国なんだ。そういう連中を選んだのは国民の責任だよ。この国には自分の責任についてなにも考えず、まるで自分は被害者みたいな顔して政府批判している奴が多すぎやしないか?」

「自業自得だと言いたいのかい?」

「日本という国家が使える資源は有限さ。それで国民がある事への割り当てを優先すべきと考えれば、他の事への割り当てが減らされるのは当然のこと。今まで自衛隊の充実を求めた有権者がどれだけいるだろうかね?

 もし国民が選択を誤ったなら、そのによって誰かが傷つくことになる。それが民主主義ってもんだろ?」


 辰巳はすっかり黙り込んでしまった。

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